1-07『元英雄の、日常』3
なんだか残念そうだった熾に、男を見せるくらいの甲斐性は黒須大輝も持っている。
勘違いかもしれない。ただ昨日から見ていて、熾はどこか人恋しそうな素振りを見せることがある気がするのだ。
――だから大輝は、せめて自分が付き合ってあげようと考えているのだが。
「……………………なんか釈然としません」
ぶつぶつと、正面に腰を下ろした熾は不満そうに大輝を見上げる。
今、大輝と熾は、駅前の喫茶店を訪れている。《のどか屋》という名のそこは、大輝が以前からたまに通っていた隠れた名店だ。最近はご無沙汰だが、勧めるならここがいい。
――なぜか、この店に入るときに熾が絶句していたのが、気になると言えばなるが。
今はそれ以上に、
「どうしてそんなに普段通りですか……むぅ。私は緊張したのに……」
熾ってときどき丁寧語になるなあ、なんて関係ないことを考えながら、大輝は答える。
「なんで睨まれてるの、オレ?」
「その態度ですっ! ……大輝って、実は結構な遊び人なの? モテるお方なの?」
「お方って……生憎と、生まれてこの方、彼女のひとりもできたことないよ」
「異世界でも?」
「異世界でも」
「気になる子とかもいなかったの?」
「……、黙秘」
「いたんだ! いたんだ、やっぱり! ほらぁ! だから余裕なんだあ!」
何が『ほらぁ!』なのかはわからなかったが、熾は大輝を恨みがましく睨んでいた。
どうやら、仮にもデートで大輝が普段通り過ぎることが面白くないらしい。
「んー、なんというか。そういうのも、勇者の仕事のひとつだったというかね?」
宥めるように、大輝はかつての思い出のひとつを語り出す。
あまり楽しい記憶ではない、と言うと大袈裟だが、苦労話のひとつだ。
「基本は仲間と旅してただけだし、そういう意味では気楽なもんだったけど。でもたまにやっぱり、大きな街で貴族階級の人たちと交流があったりね、そういうのがちょっと」
「貴族……へぇ。異世界って貴族制だったんだ」
その辺りは興味深いのか、機嫌を持ち直して熾が問う。
というか、もともと別に怒っているわけではなかったのだろう。
「まあご想像の通りだね。でもオレは、そういう偉い人との交流というか交渉というか、その手のことではまったく役に立てなかったから、仲間が免除してくれてね」
「あー……、なんとなくわかる気がするね。それで?」
「うん。だから代わりに『お前は貴族の若いのの相手してろ』って言われて、貴族階級のご子息とかご令嬢とか……まあ、その手の皆様に囲まれてたことはあった。つらかった」
「……どゆこと?」
ピンと来ない熾に、大輝はすっと目を細めて語る。
あれは、なかなか肌に合わない時間だった。
「貴族のご子息たちを相手に、剣術の指南や旅の話を聞かせるのはまだよかった。オレの剣技は人に教えられるようなものじゃなかったし、あえてオレの活躍を派手に語るほうがウケがよかったのは恥ずかしかったけど……まあでも、そっちはまだ楽でさ」
「はあ……?」
「問題は貴族のご令嬢、いいとこのお嬢様に囲まれるときだった。アレはキツい。なんか味のわからないお菓子を囲んで、綺麗な庭園で勇者様まあ勇者様……って囲まれて、そのたびに恋の話とか振られたり、なんなら迫られたり……そのたびに笑顔で躱すんだけど」
「ひぇ」
「とにかくオレは、ひたすら『紳士で人格者な最高の英雄』を演じるってわけで。そんなもんだよ。要は箱入りの娘さんに、安全な火遊びをご提供するわけ。勇者の仕事だね」
「はー……。勇者ってそんなことするんだ、なんか意外だね。もうホストじゃん」
あながち間違っていないと大輝は思う。
自分が決して美形と呼ばれるタイプでないことは知っていたから、気苦労も多かった。
「モテモテじゃん、大輝」
からかうように笑う熾。大輝は苦虫を噛み潰したような顔で、嫌そうに首を振る。
「冗談じゃない。間違っても手出しできないしね、それはそれで問題になる」
「あ、そうなんだ?」
「そういうもんらしいよ。それがわかっていて、オレを玩具にして遊ぶような子のほうがいっそ楽だったけど。わかってない本当の箱入りの子は、……もうこの話やめよう」
「めっちゃ気になるところで止めるじゃん……」
追及したくてうずうずする熾だったが、大輝の顔がなんだか本当に青いのでやめた。
謎は解けたのでよしとしよう。
この店に入る前も、大輝といくつか店を回ったのだが、彼はやたらエスコートに慣れた様子で、いっそ大袈裟と言ってもいいくらいに紳士的だったのだ。
恥ずかしいような面白くないような気持ちにさせられる熾だったが、それらも異世界で培った経験の一環だと知れば納得できる。
なんか笑顔が煌めいていて怖かったけど。
「でも、それならこっちでもモテるんじゃない?」
首を傾げる熾に、大輝はひらひら手を振る。
「ないない。貴族相手の方法じゃ、地球の一般人には通じないって。引かれるだけだよ。事実、オレは引いたね。『お茶のお代わりは如何です、お嬢様』とか抜かす自分に」
「あっはは……」
――自分にはかなり効いたのだが隠しておこう。
熾はそう決心した。私はそんなにチョロい女ではないのだからして。
「そんなことより、オレは熾の話が聞きたい」
話がひと段落したところで、コーヒーを一度啜ってから、大輝はそう言った。
「――、ひゃえ?」
熾の心臓が、不意打ちに跳ねる。
一方の大輝は、それを知らずか言葉を重ねた。
「今回の件の犯人。昨日の話し振りじゃ、ある程度は目星がついてるんだろ?」
「……ああ、そういう意味ですか……」
「ん? 何かほかにあったか?」
「別になんでもないです。私は何も期待していないです。……おほんっ」
何か誤魔化されたな、と勘づく大輝だったが、それはそれとして。
熾は姿勢を正し、一度こくりと頷いて大輝の目を見据えた。
「確かに、大輝には話してもいいかもね。聞いても無茶はしないっていう信用込みで」
「……お願いするよ」
「今回、この街に侵入した魔術師。その名前は、
「名前がわかってるのか?」
驚く大輝に、小さく熾は首を振って返す。
「それくらいしかわかってない、のほうが正確」
名前がわかっていれば、だいぶ個人情報に迫っている気がするのだが。
疑問する大輝だが、熾の説明が続くので質問はしない。必要なら彼女が言うだろう。
「年齢は二十代後半で、身長はおよそ一九〇センチ。かなり背が高くて体格はいいけど、鍛えてるって感じじゃないかな。一応、粗めだけど写真はある。見ておく?」
大輝が頷くと、熾はスマホを取り出して、写真を画面に出し大輝に渡す。
魔術師がスマホを持っている――というのも妙な感覚だ。なんて考えながら写真を覗くと、そこには監視カメラの映像を切り取ったような人混みが撮影されていた。
「その中央にいる、髪の長い男がそう」
「……へえ」
確かに身長が高く、そして髪の長い男だった。割と目立ちそうだ。
熾の言葉の割には体格も健康的だが、なぜか病的で、神経質そうな印象がある。刃物のように鋭い眼光と、目の周りのクマがその印象を強めている。
「血筋としては二代目だね。たまたま親が魔術の才能とそれを育てる環境に恵まれ、そのまま子が継いだ形。その分ほぼ魔術的な情報はなし。――召喚術系、というのが予測」
「……なるほど」
とは言ったが、今の一連の説明には、大輝はあまりピンと来なかった。
召喚術系、などと言われても、具体的にそれで何ができるのか想像できない。
さすがに異世界のものを当て嵌めても、それは意味がないだろうし、むしろ予断を生みそうだ。
「目下、市内に侵入してきた理由は不明。なんらかの魔術的実験が目的だと予想される」
「よくわからないが……、それは普通にあり得ることなのか?」
「その逆で、だいぶ考えにくい。近くに大きな神社もあるし、この市は確かに、魔術的に悪くない土地柄ではあるけれど……日本には、もっと優れた霊地がいくらでもある」
「……ちょっとわからんけど」
首を傾げる大輝に、熾が噛み砕いて説明をする。
「まあ、要は魔術が行使しやすい場所は確かにあって、ここもそのひとつ――と言えないこともない程度ではあるけれど、この土地を根城にしている私みたいなのもいる中、その全員を敵に回して狙うほどいい場所じゃない。てか敵がいるだけ、普通に邪魔でしょ」
「それは確かに。実験なんて自分の家でやればいい気がするし――的外れか?」
「ううん、大正解。その通り。こいつに土地の魔力を利用する実力があるとは考えにくいから。どんな霊地でも、それを必ずしも魔術師が利用できるわけじゃない。どこでも同じなら当然、自分のテリトリーでやればいい。わざわざ領域を侵してくる理由が謎だね」
言って熾は、テーブルに肘を突き、ヘンな顔になる。
「熾?」
「んにゃ……実際マジで謎でさあ。なんでわざわざ埼玉まで来たんだろう、こいつ。その理由が、私にはさっぱりわかんないんだよね……」
「そうだな……ここに、熾みたいなのがいるとは知らなかった、とかじゃないか?」
思いつきを口にした大輝に、熾が細い目を向ける。
だいぶバカなことを言ったのかもしれない。
「……すまん。いや、魔術師なんてオレは初めて知ったから、つい。違うよな」
縮こまりかける大輝に、けれど熾は目を見開いて。
「ううん、――今、割といいコト言った」
「え、あってたのか?」
「ああうん、いや、あってはいないんだけど」
「……あ、そう……」
「でもその視点なかった。から、そうなると問題は――」
熾は、深く考え込むように目線を落とす。
何か引っかかっているらしい。
邪魔しないよう、大輝も口を閉ざしていることにした。
――改めて店内を見回す。
ふと思ったが、熾もこの店を知っていたのかもしれない。なんだかそんな気がする。
微妙に細い路地にあるお店だから、駅前の好立地の割には騒がしくない雰囲気で、その辺りを気に入っている隠れ家的な喫茶店。前はよく来ていた。
足が遠のいた理由は、もちろんひとつは異世界に飛ばされたこと。
そして、それとは別にもうひとつ――
「…………」
なんてことを、考えてしまったせいだろうか。
そう呪いたくなるようなタイミングで、視線の先――店の出入り口が開かれた。
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