ロード・オブ・ロード 星を砕く者たち 

九崎 要

前触れ

 ロード。それは十数年前から広く普及され始めた15m級の人型汎用機械。民間軍事会社(PMSC)の需要増加とともに身近になりつつあるそれは、現在では様々な産業で活躍しつつある。

 中でも軍事用ロードの進化は目覚ましくつい先日世界初の第2世代ロード、カッシーニが大々的に売り出された。その性能は素晴らしくカッシーニは加速度的に普及しているが、それでもまだ第1.5世代のヘリオス、第一世代のイヴが多くの軍またはPMSCで現役だ。重装甲かつ損なわれていない機動性を持つヘリオス、耐久性に難はあるものの身軽で市街地戦など遮蔽物の多い地域で活躍するイヴ。この2機の人気は根強い。一方で第2世代機たるカッシーニはロードとしての性能を全体的に底上げされた機体で、性能では前述の2機をはるかに上回る。しかしそれだけ優れていても乗り換えに時間がかかるのは操縦性の問題だ。

 カッシーニはコックピット周りを一新し多少なりとも空間があると感じさせる設計になっていた。それと比べイヴやヘリオスは完全に体が保護外装に固定され、動かせるのは操縦にかかわってくる腕や足程度だ。しかしカッシーニのコックピットは例えるなら自動車の運転席程度の余裕があるわけだ。それでいて操縦方法も違う。それだけ違えば慣熟訓練にも時間がかかるし、パイロットたちも急な転換を嫌がる。


『この事態に対し、国連軍は第一次破砕作戦を決行する予定で――』


「っ、あー!疲れんなぁ、新しいこと覚えなきゃだとよ」


 どこにでもあるような若い青年が一人で暮らすにしては少し広いワンルームで一人の男が寝そべりながら喚いた。彼の名は倉守進士くらもりしんじ。彼は大きく伸びをして無防備に仰向けになると、もう一人の方を見る。


「私は今日でだいぶ慣らせたぞ」


 もう一人の青年、鮫島恭介さめしまきょうすけは涼し気な顔で返す。彼らはフリーの傭兵で先日ヘリオスからカッシーニへと乗り換えたばかりだ。そのため慣熟訓練がてら普段は受けない雑用のような仕事をしていたのだが。


「ほんと、おまえは覚えが早くてうらやましいわ」


「簡単なことだよ、倉守くん」


 倉守は疲れているのに対して鮫島は何事もなかったかのようだ。ソファに座り、地べたを這いつくばっている倉守の脇腹を足でつついている。鮫島は倉守よりすこし年上でパイロットとしての経験も長い。すでに数度の機種変更を経験している。それ以外にも彼に才があることが大きいが。


「お、そろそろ中継始まるでよ。見ましょうか」


「人類初の宇宙空間での大規模作戦、か」


 彼らの視線の先には大型液晶画面に映し出されたある映像があった。それには国連軍の輸送船、ロード、大型兵器が肩を並べ大きな岩塊に対峙している姿があった。機体や艦に描かれたエンブレムや所属を表す文字が多岐にわたることから、様々な国家が集まっていることが見て取れる。


「ストレイダ・スマッシャーなんて大仰な名前だけど本当にやれるのかねぇ?」


 この映像に映し出されている機体たちは地球に接近している資源衛星の破砕作業のために集められた。ロード数機分もある大型兵器のようなものも、火星や月の地層調査で使用予定だった装置を急ピッチで改造した機械だそうだ。


 事の始まりは数か月前、ある天文学者が、発見されたものの今は使われていない資源衛星の一つがゆっくりとではあるが軌道を変え、地球へ接近していることを見つけたことによる。

 軌道計算の結果直撃コースであることが発覚して以来、各国は準備を進めて来た。そして今日。破砕作戦の第一陣。


「動いた」


 倉守の呟きとほぼ同時に映像に動きがあった。各艦、各機が衛星のある部分に集中砲火を開始したのだ。艦は主砲による射撃、ロードは携行武装の中でも大型のミサイルやランチャーなど爆発物による攻撃を行う。その攻撃は数十秒にわたって行われ、着弾と同時に破壊された衛星の表層が破片となって飛び散っていった。そしてその攻撃がやむ。すると、土煙で確認しづらかった目標へのダメージが徐々に明らかになった。


「だいぶ抉れたが、こんなものじゃ時間稼ぎにもならないぞ」


 鮫島が今の攻撃をそう評価する。確かに表層は大分抉れるようにして破壊されたが、それでも"表層"だ。大きな岩塊を破壊するには程遠い。

 しかし、そんなことなど問題にしていない様子で部隊は次の行動に移る。ストレイダ・スマッシャーを運用する複数の部隊が破壊された表層へ取り付き、そして装置を設置していく。そしてそこからしばらく経つと装置から杭のようなものが地中へと叩き込まれ、そして見る見るうちにさらに深くへと進んでいく。

 そしていくらか時間が経った後、地表が揺れた。それと同時に地表に複数の亀裂が走り、資源衛星がその形を崩し始めた。


「おお!」


「いや、破壊力が足りてない」


 衛星は崩壊を始めたもののそれは表面的なものにとどまり、その大部分はまだ1つの塊となっているままだ。どのような仕組みの装置を使って破壊しようとしたかは不明だが、結果的に破壊力が足りていないようであった。岩塊はその姿を幾つかの破片へと変え、そしてそれでもなお地表への激突の脅威となる大きさを保っていた。



***



 各国が総力を挙げ、発動された作戦は失敗に終わった。資源衛星のおよそ半分が砕けたものの、いまだに地上を焦土と化すだけの質量が地球へと迫りつつある。今や地上は大騒ぎだ。宇宙空間での活動が可能な装備を有するPMSCをはじめ、それなりに腕の立つと判断されたパイロット、技術師たちへ声がかかり第二次破砕作戦が立案、その準備が進み始めたのだ。

 

「で、俺たちにも召集がかかったと」


 鮫島が面倒くさそうな声でつぶやく。彼は今倉守と共に狭い会議室の席に座っていた。彼らの正面にはある男が座っている。鮫島たちと同年代でありながら新進気鋭のPMSC、五菱の社長である滝沢だ。


「そういうこと。金額的には申し分のない仕事なんだけど、何分内容がわからない。俺の一存は決められないからね」


 滝沢はそうは言うがそれだけではない。これまで常に最前線で戦い続けて来た五菱はそれなりの評価をされている。しかしそれだけでは足りないのだ。今回の仕事を受け、功績をあげれば五菱の名はより確固たるものとなる。それは社長である滝沢にとって非常に魅力的なものだ。


「だがよ、俺にも声がかかったってのは意外だったな」


 滝沢の右側にどっしりと座る体格の良い男が口を開いた。機体整備を担当する城崎だ。


「最前線で危険にさらされながらも冷静に機体の整備や補給ができる人材っていうのは軍人を除けばレアだからだろ?それに整備の腕前もある」


 倉守が会議机に足を乗せて退屈そうにしながら城崎の疑問に答える。彼の言葉通りあらゆる分野で一流のものが求められているのだろう。


「ジークはどうなんだ?」


 鮫島が問う。視線の先には立てかけられたタブレットとそれに映る優し気な表情の研究者だった。彼はロード開発において最先端と言われていたアメリカ企業に勤めていたが、最近辞職して別の研究機関へ再就職をした。五菱には非常勤として各種装備や機体のカスタマイズにおける助言をしてくれている。


≪どうも何も僕は今いる研究機関で開発している機体を急ピッチで進めないとだからね。第二次作戦までに間に合わせて投入する予定らしいから≫


「なるほど、君はすでに参加が決定済みか」


「……いいんじゃねえの?社長、参加しようぜ。ジークが参加してるなら俺らも参加しないわけにはいかねえ。五菱は五つの菱形が並び星を象る。5人そろわなくちゃあな」


 五菱はこの場にいる五人で立ち上げた会社だ。それ以来会社の経営に関する細々とした決定以外は全会一致で決定してきた。それならば今回もそうすべきだという倉守の意見だ。


「私も参加には賛成するが……」


「なんだよ?」


 言葉を濁した鮫島に倉守が問う。


「お前の言い方が厨二臭いってよ」


 鮫島ほど他人に気を回す質ではない城崎がズバリ、言う。倉守にはそう言うところが時々あるのだ。本人が無自覚な中二病じみた言い回し。その度に鮫島は苦笑いし、城崎は面白がる。


「それじゃあ、全会一致ってことで。ジークも悪かったね、忙しいところ」


 いつもの光景に滝沢が小さく笑って、その場をまとめる。

 

≪いや、いいんだよ。ああ、それから一つ助言を。出来れば武装は実弾を選んだ方がいい≫


「というのは?」


≪これはオフレコで頼むよ、鮫島。……どうやら粒子の効きが悪かったらしいんだ≫


「粒子の?」


 倉守が身を乗り出してタブレットをわしづかみにする。


≪詳しいことは省くけど、僕の考えでは話を聞く限り件の衛星はリアクターの原材料、つまりセプチウムを多量に含有していると思うんだ≫


 セプチウム。ロードのコアたるリアクターを製造する際に必ず必要になる物質だ。圧力を加えることにより色が変わり、リアクターに組み込まれる際には深い緑色に発光する圧力がかけられる。これはその状態が比較的制御しやすいということと、その色に発光していると、反重力を生成するという特性があるからだ。

 この特性のため、本来機体重量のあるロードであっても素早い挙動が可能となり、また"自立さえできればどんなに重くとも実用に耐えうる"。

 そんな便利な物質であるが、セプチウム同士は干渉しあうという性質もあり、例えば粒子を圧縮して形成された刃同士がぶつかり合えば、磁石の同じ極同士を近づけるがごとく刃同士が接触する前に止まる。


「なるほど。セプチウムを多量に含んでいればセプチウム粒子を利用した兵器の威力は極端に落ちる。そういうわけか」


 ふむ、と鮫島が指で顎のあたりを触る。彼が思案するときの癖だ。


≪さすがだね。でも今となってはセプチウムは希少価値の高まりつつあるもの。変に欲をだして余計なことをする連中を出さないためにも――≫


「皆まで言うなって。分かってるよ。それに、その考えが間違ってるって可能性もあるんだろ?」


 倉守が興味を失ったように掴んでいたタブレットを放り投げる。宙を舞ったそれを滝沢が身を乗り出してキャッチをした。会社の備品を乱暴に扱うなという意を込めて倉守の方を見るが、彼は意に解していないようだ。それに気づいた滝沢は脱線仕掛けた話を元に戻す。


「なんにせよ、決まりだ。みんな準備してくれ。時間はあまりないぞ」


 その1週間あまり後、彼らは宇宙へ上がることとなる。

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