第25話 たき火
朝日を背景に聳える富士山はどこまでも勇ましく、美しかった。
そんな富士山にも感動し終えて、もう一度コーヒーを飲みながら談笑していた俺と君島はふと、いなくなった父を思い出していた。
そういえば、父はどこに行ったのだろうか?
丁度、父の安否について疑問に思っていたところ――。
林の方から父の姿が現れてこちらに戻ってきた。
父に気付いてそちらに視線を向ければ、父の手には薪が両腕いっぱいにあった。
そうか、たき火の薪を拾いに行っていたのか。
ここ、本栖湖のキャンプ場では林に落ちている薪は自由に拾って良いことになっている。まあ、自然の薪なので湿っているものや大きさの異なるものもあり、事前に薪を買ってくる方が手っ取り早いかもしれなかったり。
しかして慣れればその場で薪を調達した方が良いかもしれなかったり……。
結局、どっちでもいいか。自己判断。
父が持ってきた薪は良く乾いたものばかりで、たき火に申し分ない材質だった。
よく見れば、父の手には薪だけでなく、細い木の枝や松ぼっくりもある。用意周到とはこの事か。
薪を抱えた父に駆け寄って、半分ほどを受け取った。
「ごめん。気づかなかった。ありがとう」
「いいや、せっかく友達とキャンプに来たんだ。お前は香代さんとゆっくり楽しめ」
父は首を振った。俺はそんな父の顔を見つめて、微かにに笑ったように感じた。もしかしたら気のせいかもしれないが、――そう見えた。
俺は父にもう一度「ありがとう」と言って会釈する。不愛想だが、やはり尊敬すべき父親だ。まあ、父みたいに仕事漬けだけは勘弁願いたいが。
テントまで薪を運び、地面に置く。
「たき火?」
君島が後ろに手を組みながら、落ちた薪を見る。
「おうとも」
彼女に頷き、細い枝を拾う。
まず初めに細い枝を組み立てていく。そして父が拾ってきた松ぼっくりにマッチで火をつけて、組み立てた枝に松ぼっくりの種火を放る。
パキパキッ、と枝が燃えて火が弾ける。そうして枝が十分に燃えれば、その炎で次は薪を燃やしていく。俺は薪に手を伸ばして……。
「うーん、まだ太いな」
この太さじゃ全体に火が通る前に火が消えてしまう。
車の荷室から鉈を取り出した。刃の部分に革のカバーが、六十センチほどの長さ。カバーを外して刃を見せる。キララン、と刃が光る……。いや、ごめん、光りはしなかった。
薪を立てて、トン、トン、トン、とリズミカルに薪を半分に割った。
「このくらいかな」
独り言ちして額の汗を拭った。
割った薪を早速、炎が燃え上がる枝の中に加えていく。
パキパキッ、薪に炎が移り、順調に燃えていった。
こんなものかな。
煙が目に染みる。肌も乾いて変な感じだ。
たき火はいつまでたっても慣れない。出来ればやりたくないのだが、やっぱりキャンプと言えばたき火だしな。それは無条件に行うべきイベントのようなものだ。
「ほら、出来たぞ」
俺の火おこしを観察していた君島に振り返って、促した。掌をたき火に向けて温まる。
「君島も、どうぞ」
たき火に向かって顎をしゃくる。君島は緊張した面持ちで「うん」と頷く。そして徐々にたき火に近づいて、そぉーと掌を炎に向けた。
「……あったかい」
「そりゃあ、よかった」
微笑を向けて、君島のキラキラした顔を見つめた。君島は嬉しそうにたき火に視線を注いでいる。
さて、たき火が出来た。
そういえば、と父の方を見れば父もたき火を作り上げていた。父の方は石でかまどを作って風の通りを安定させていた。そうか、かまどを作るのを忘れていた……、けど、まあ、いっか。
俺はたき火に薪を加えて、そのまま椅子に座った。
君島も俺に気付いて椅子に座る。
「あったかい……」
先程と同じ感想を呟く君島。優しい笑みを浮かべてたき火を見つめていた。君島はキャンプが初めてだと言っていた。もしかしたら、たき火も初めてなのかもしれない。
君島にとってはこの小さな光景も新鮮で驚きあるものなのだろう。
小さく吐息を漏らし、子どものような無邪気な好奇心を顔に張り付かせている君島を、俺は何とはなしに眺めた。
その表情が面白くて――。
こういう時間がずっと続けば……。
開放感を感じ、自然の静けさを感じ、いや、静けさというほど静かでもないか。
鳥の鳴き声、湖面のさざ波。木々の擦れる音。
そしてたき火がパチパチと弾ける音。
けれど、これもやっぱり静けさなのかもな。
人工的な音はそこには存在しない。
ここは、どこまでも、自由な音が広がっている、
そんな伸び伸びとした音を背景音楽に俺たちはキャンプを続ける。
そんなのんびりとしたキャンプ。
けれど俺は知らなかった。
――このキャンプ場に昔の知り合いが来ていることを。
今日もふたりは授業をサボる 双葉うみ @umi_futaba
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