第24話 キャンプ
父が受付している間、俺と君島は外で待っていた。
道路を挟んで、すぐのところに木々が立ち並ぶキャンプ場への入り口があり、森の暗がり――、下へと続いていた。
車から出て、外気に触れた感想は、未だ寒いな、といった感じだ。
あー、さむい、さむい。
何が良くてこんな寒い日に、それも寒い土地で、寒空の下、キャンプをするのか……? いや、疑問に思ってはいけないのだろう。キャンプ好きはそういう御託を抜きにして、単にキャンプの雰囲気が好きだから、それで完結するのだ。
じゃなければ、態々寒い思いをしてまで、外でじっとしているなんて考えられない。
これも酔狂、趣味の領域。
「寒いなぁ」
「寒いねー」
腕をさすりながら、益にもならない感想を呟く。君島も俺の呟きに続いた。
寒さに耐えて待っていると、父が扉から出てきた。
「終わったよ。さあ、行くか」
父が来たのを合図に車に乗り込んだ。父と君島がまず車に乗って入り口前まで進む。俺は徒歩で入り口まで近づいて、入口を封鎖する形で吊るされている一本のチェーンを取り外して、車が通れるようにした。父の車が通り抜ければチェーンを戻して、俺も車に乗り込む。
というか、今思ったのだが何故に俺と君島は父の帰りを外で待っていたのだろう。車で待っていれば良かった……。
「よし、行くか」
父の呟きと共に車が発進する。下に下に、と下っていきコンクリートの整備された道からむき出しの土道、そして砂利道へと変わって、湖が見えた。
デカい、デカすぎる。
湖――、本栖湖の近くに車を停め、車から出て、千円札にもなった光景を眺望した。
綺麗な湖面の全貌が確認できないほどに広大で奥も視覚することが出来ない。そして、湖を手前に、背景には日本一大きな山――、富士山が見え、みえ……みえ――、見えない……。
灰色の雲に未だ朝日が見えない寒空は富士山の姿を覆い隠していた。
「見えないな、富士山」
何と言うかね、キャンプとか嫌々でしたよ、そりゃあ。けどさ、富士山ぐらいは期待していたというか、日本人なんだからこの目で見たい、そういう一般庶民的な発想だってある訳で……。
まあ、いいけどさ。と言い訳しながら俺は実際には肩を落としていた。
「もう少し時間が経てば見えるだろ」
落ち込む俺の肩に手を置いて父が慰める。
確かに、まだまだ早朝だ。見えるチャンスはあるか。
「うん、そうだね」
俺は顔を上げて苦笑した。それを見て父は頷き「さあ、準備するぞ」と車に向かう。
荷室からテントや折り畳みのテーブル、その他諸々運びだし……。
「よし、ここをキャン地とする!」
と、俺の宣言をもって準備を始める。しかし、君島の反応は無く、ポカーンとした表情とこちらを見ている。もしかして、君島には今の台詞が通じなかったのか? 万国共通、世代の垣根を越えてあの番組は有名だと思ったのだが……、もしかして最近のJKには伝わらないのか? 俺は驚愕とともに、同い年でありながらジェネレーションギャップを感じた。ちなみに父は俺の宣言を無視してテント設営に取り掛かっていた。仕方ない、通じないものは仕方ないのだ。
若干の寂しさを覚えながら俺は父のテント設営を手伝った。
父が持ってきたテントは二つ。一つは二人分寝れるほどのドームテント。もう一つは父がソロキャンするときに愛用している吊り下げ式のソロテント。
今回はドームテントに俺と父が。ソロテントに君島が、という割り当てだ。
ドームテントは父に任せ、俺は君島が今夜寝る予定のソロテントの設営に取り掛かった。君島も俺の設営を手伝ってくれるようだ。
まず初めに本体を広げて、場所を決めておく。そして次にポールを組み立てていく。繋げていき、一本のポールが出来ればクロスさせて、骨格を作っていく。ポールを組んで、最後に立てれば、地面に敷いていたテントをポールに繋いでいく。所々に輪っかがくっついているので、その部分をポールに繋げていくのだ。これが吊り下げ式と言われる所以。
そして組み立てたテントの上から布をかぶせて、その端っこを引っ張りペグを地面に打ち付ける。と言っても金槌なんか持ってきていないので、手ごろな石で打ち込む。
「よーし、完成」
そして完成。慣れれば早いものだが、今回は久しぶりなので少々手間取った。
父の方を見れば、いつの間にか完成しており、その父はといえば……消えていた。
周りを見渡し、人影を探すが見当たらない。まあ、トイレにでも行ったのだろうと、俺たちはそのまま折り畳みの椅子、テーブルを組み立てて、その上にガスバーナー、ステンレス鍋を置いていく。そしてペットボトルに入れた天然水とインスタントのコーヒー粉。
「コーヒーでも飲むか?」
「うん」
君島が頷いたので、早速ガスバーナーの上にステンレス鍋を置いて、その中に天然水をいれる。そして火をつけて沸騰するまで待って、コーヒーの粉を入れたカップにそれぞれお湯を注いだ。
「ほい」
「ありがとー」
君島は手袋を外し、笑顔で受け取った。白い息を吐きながら「ふーふー」とコーヒー冷ます。そして一口。
「うーん、苦い」
「だろうな」
ミルクも砂糖も入れていない。
「苦いのは苦手か?」
「うん、苦手! 舌がグニョグニョする」
「さいで」
俺はスティックシュガーを取り出した君島に差し出した。
「ありがたやありがたや」
君島はふざけながら、それを受け取った。
組み立てた椅子に座りながら俺もコーヒーを飲んだ。
未だ富士山は見えない。しかし広大な湖はそれだけで神秘的で、景色としてはそれだけでも絶景だ。
「今日ってフツーに学校なんだよな」
「そうだね、フツーに学校だよ」
一息つくと、なんだか浮世離れしてるなぁ、と感じてしまう。平日のこの時間に俺たちは何でここに居るんだろうか?
まったくバカだよなぁ、と自分でも思うが、けれど授業をサボって、学校もサボる、それが俺という人間なのだ。それは変わらず、これが俺の青春。
学校に通っているとどうしても思ってしまう。
毎日、同じ道を通って、同じ道を往復する。
自分には学校と家と、この往復する道程しか世界がないのではないだろうか、と。
だから、今、この状況は不思議だった。
俺は今、世界に触れているような、そんな感覚に浸っている。
しばらくコーヒーを飲んでぼーっと本栖湖を眺めていた。
時間が経つにつれ、空が明るくなっていく。
そして、遂に――。
朝日が昇り始めた――。
薄暗く怪しさに満ちていた本栖湖が朝日を浴びて輝きだす。
そして、その奥には荘厳な姿を堂々と見せびらかす、流麗さも感じる、偉大なる山。
富士山が――顔を見せた。
鳥のさえずりが聞こえ始める。
葉が擦れる音が騒がしくなる。
湖面が揺らぎ輝きが波を打った。
そして――。
富士山は言語化できない感動を俺たちに与えた。
「富士山だ」
と、当り前の言葉しか呟けない。君島に至っては声を失って富士山に瞳が吸い寄せられていた。
それほどに富士山とは魅力的であり、不思議な魔力に満ちていた。
日本人の根源に触れるその感動はもしかしたら遺伝子レベルで植え付けられているのかもしれない。
そう解釈しなければ、この感動は――。
説明できなかった。
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