第47話 霊の重さ

「ところで、霊魂の重さを量る方法を知ってるか?」


 唐突に千聖さんが言った。


「霊の重さを量るには、死ぬ瞬間に人間の体重を量るんだ。人間は死ぬ瞬間、体重がわずかに減る。死ぬ前と死んだ後で、体の構成物質は変化せずに」

「……その差分が霊魂ってことですか?」

「かもな。じゃあ次、DNAを採取する方法を知ってるか?」


 さらに千聖さんが言った。


「ええと、理科の授業でやったような気が……すみません覚えてないです」


 幽霊とDNAって何の関係があるんだろう……?


「例えばブロッコリーの場合、エタノールを混ぜてすりつぶしたものを水で濾して、濾液に塩とエタノールを混ぜる。DNAは水素結合によって二重螺旋構造を形成しているから、塩水と混ざる。

 一方、細胞膜は脂肪で構成されてるから、エタノールと混ざる。結果、上の層に細胞膜、下の層にDNAが集まる。これは相溶性の原則と言って、内部エネルギー密度が近いもの同士は混ざりやすいんだ」


 うーん……やったような気は……する、な。

「ゼミでやったのと同じ問題だ」となればいいが、残念ながらゼミはやってなかった。


「もし霊魂と肉体の内部エネルギー密度が異なるのなら、霊魂の内部エネルギー密度に近いものと、肉体の内部エネルギー密度に近いものをまぜて容器に入れ、人間を入れれば幽体離脱ができる」

「へぇ……それで、霊魂に近いものって何ですか?」

「それはわからない。現状、霊そのものじゃないとダメだろう。だが、霊そのものとは何であるか、決めるのは難しい。結局正体は掴めないんだ」


 霊の正体。僕にもよくわからない。

 けど、きちんと向き合えば、答えは見えてくる気がする。


「それにしても、どうしてこんな話を始めたんですか?」

「霊が生まれる理由さ。もしかしたら、この世界とは別の場所に、自分の精神に近い世界があるせいなのかもな、と思ったんだよ」


 千聖さんは窓の外を見ながら言った。その目は、少し力なさげに動いていた。


 僕たちもつられて窓の外を見る。下には色とりどりの花壇が並んだ裏庭、上には曇天の中にわずかな切れ目があり、夏の光が差し込んでいた。

 どこか別の世界からきた光のようだった。

 その光は複雑に屈折や反射をし、どこかへ弾けていくように見える。


 僕は夢の光景を思い出す。

 僕の影だと言っていたあの声。あれは本当に、別の世界にいる僕自身なのかもしれない。


「それに、玲がもし全員を好きになったとき、霊魂を分離できれば全員と同時に付き合えるだろう? ももかに肉体の上半分、愛樹に下半分をあげて、私は精神だけを頂こうかな」

「怖いこと考えないでください」

「じょ……上半身っ?!」

「下半身だなんて、そんなの……」


 怖がってる僕をよそに、二人はなんだか楽しそうにしてる。ももかはノートで顔を隠している。


「あ……そのノート」

「これ? 昔の部のノートのなの。見て見てっ、消えてた記事が戻ってるの」


 ももかが広げたページを見る。いつか千聖さんに見せてもらったページだ。

 あの時は、漁港の堤防みたいな形の空白があった。今はしっかりと記事で埋まっている。


 記事が戻り、廃部も取り消された。平衡思念が去ったせいだろうか。


 千聖さんは会長を引寄せた。その結果、思念は僕へと移り、どこかへ消えていった。

 思念はまた、この学校に戻ることがあるかもしれない。

 けど、僕はそのことに対して特に不安を感じなかった。来ても対処できる気がした。


 会長に手を上げようとした時のように、思念の存在の不都合な部分だけを本質だと決めつけてはいけない。

 全てを認めることが大事だ。全てはそこから始まる。

 哲学が現象論から言語ゲームへ変化したのと同じだ。一部ではなく全てを見るんだ。

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