最終章 永久就職します!

第46話 事後

「れいくんっ!!」


 何かが聞こえる。誰かの声だ。

 それが僕に向けられたものだと気づくと、徐々に意識が戻っていく。


 うっすらと目を開けると、ぼんやりした闇に少し光が灯る。見慣れた天井に並んだ蛍光灯が、ここが部室だと教えてくれる。


「よかったー。気がついたんだね」

「あれ、僕寝てたの? どうして?」


 僕は体を起こし、思い出そうと意識を集中させた。

 確か、会長をまじえて遊んでいたら、急に意識が飛んでしまって……。


「会長さんを見つめてたら急に倒れたんだよ。覚えてないの?」

「……覚えてない」


 頭の中に薄靄がかかったような感覚がある。意識を集中しようとしても、記憶の欠片は断片へと砕けていく。


 そんな中で、右手の大きな痛みだけがジリジリと何かを訴えていた。僕はその原因を思い出そうとしたが、だめだった。

 けど、何か取り返しのつかないことをした気がする。この手の痛みは一体何なのだろう。


「ようやく目が覚めたのね。全く、あれくらいでだらしないんだから」


 ももかの隣から、いつもの罵声が飛んでくる。声の方へ目を向けると、尖った唇と、ほんの少しそらした吊り目がそこにあった。


「愛樹、目が腫れてるけどどうしたの?」

「べ、別に腫れてなんかないわよっ。これは、その……アイシャドウ塗りすぎちゃっただけなんだから」


 失敗したんなら塗りなおせばいいのに。まぁ、もしかしたら塗りなおしが利かないのかもしれないから、変に口出しするのはやめよう。女の子はいろいろ大変なんだ。

 ももかもくすくす笑ってるのし、きっと化粧あるあるなんだ。


「お、もう目が覚めたのか。寝てる間にしたいイタズラがまだあったんだが」


 千聖さんが入ってくるなり、とんでもないことを言う。

 そして手に持ってる注射器はなんですか? どこに挿すつもりなんです?


「喜べ。わが幽霊部は存続することになったぞ」


 謎の持ち物のせいで一瞬呆気にとられていたが、すぐに部屋に喜びが広がった。


「え、本当?」

「幽霊部としてではなく、悩み相談部としてだがね。もちろん、活動内容はこれまでと全く同じだ。看板を掛けかえるだけだよ」

「会長は何て言ってるんですか?」

「何も言っていない。まるで昨日のことなんてなかったかのようだった。でも、パンツの色は白だった。それだけは間違いない」


 そんなことを確認しないで欲しい。この人は、地球が滅亡する前日にも下着の色を調べるに違いない。


「それと、渡辺さんの事件だが、加害者の方が名乗り出たそうだ。今職員室で話してる。あと、渡辺さんのパンツも白だった」


 もう下着はいいよ。性懲りもない下着魔神に皆があきれる中、ももかだけが優しく手招きする。


「ちぃちゃん。そんなに離れてないで、こっち来ようよ」

「特等席が二つとも取られているからな。第三夫人の座に甘んじるのは私のプライドが許さない」


 なんだそりゃ、と思っていると、愛樹とももかは真っ赤になって俯いている。

 風邪でも引いたのかな。目が少し震えて、潤んでいるように見える。

 しばらくして、愛樹は少しの硬直の後、意を決したかのように口を開いた。


「あ……ありがとね。ももかの部活、守ってくれて。最初アンタが来た時『また変なのに騙されてたんだ』と思ったんだけど……まぁ変なのは本当だったけどね。

 あの日からももかに危ないことも増えたけど……まぁ総合的に言えば、笑うことが多くなった気がするわ。アンタのおかげよ」


 言い終わるや否やそっぽを向いてしまう。

 早口で最後の方はうまく聞き取れなかったが、何か悪口を言っていたのかもしれない。愛樹が褒めるだけで終わるなんてありえないからな。


「そういえば、私もお礼言ってなかったね。れいくんありがとう。これからもよろしくね」


 愛樹と違い、ももかは最後まで僕の方を見て言った。それを聞いて、僕は胸の奥が少しくすぐったくなる……ってちょっと待て、「これからもよろしく」だって? 僕はまだ幽霊探索をしないといけないのか?

 どうやら僕に平穏な生活は訪れないらしい。勉強時間とか大丈夫かな。


 そんな心配をしながら辺りを見回すと、壁際でガッツポーズをしているユキを見つけた。

 あいつ、他人事だと思って……。

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