第41話 恥ずかしい秘密
ええと、恥ずかしい秘密ってなんだろ? 先生をお母さんと呼んだとか、猫だと思ってこっそり近づいたらビニール袋だったとかかな。
「……ま、負けちゃった」
などと悩んでいるうちに愛樹が負けた。早いな。
「さて、忍びないがこれも定め。秘密を露わにし、恥ずかしさに悶えるといい」
「いや、定めたのは千聖さんでしょ」
愛樹は残ったカードを一纏めにし、誰にも見せないかのように両手で覆い、目を伏せて唸っている。
「うぅ……秘密……あれも言いたくないし、これも言いたくないし……」
「大丈夫さ。誰だって、授業中におもらしくらいしてる」
「私はしてない!」
そんな二人のやりとりを眺めていると、僕の視線を察したのか、いつものごとく愛樹に睨まれる。わかっていても何故か怖い。けど、わかっていてもなぜか見ちゃう。
不思議だ。世の中には説明できないことがたくさんある。
「アンタは聞くな! 聞いたら鼓膜破くわよ!」
千聖さん、「鼓膜やぶったら私の命令が聞けなくなるだろ」はフォローじゃないですよ?
愛樹の大声の後、沈黙がやってきて、ますます注目が集まってしまう。そんな沈黙を、愛樹はきちんと受け止めつつも、しどろもどろにカミングアウトを始めた。
「じ、実は私……たけのこの里よりきのこの山が好きなの」
「いや、それは恥ずかしいことじゃないから」
「恥ずかしいわよっ! きのこの山が好きだなんて言ったら、もう外を歩けないじゃない!」
いつの間にきのこの山は隠れキリシタンみたいな存在になったんだ。確かにたけのこの里の方がおいしいけど、きのこの山を馬鹿にする理由にはならないよ。
さて、なぜかさっきのカミングアウトは認められたらしく、次のゲームが始まる。
千聖さんがスマホでメモしていたところを見ると、面白いことを言えば問題ないらしい。面白いことと恥ずかしいこと、どっちが楽なのだろう。決まっている。負けないのが一番楽だ。
勝つ方法を考えていた僕は、恐ろしいことに気づいた。
大富豪で負けた人は、勝った人に強いカードを渡すため、延々と負け続けてしまうのだ。
さすが、千聖さんの考えるゲームだけある。鬼だ。
案の定、次のゲームも愛樹が負けた。
「さ、今度こそ恥ずかしい秘密を言ってもらうぞ」
千聖さんがゆっくりした口調で念押しする。今度は面白いこと言っても見逃してくれないらしい。ただならぬ緊張感が漂う中、ついに愛樹が重い口を開いた。
「ええと、小学校の頃の話なんだけど……。放課後、私の縦笛をこっそり舐めてた男子がいたの」
少しディープな話に、部室内が微妙な空気になる。
「それで私、自分のが舐められるのが耐えられなくて、クラスで一番カッコイイ男子の縦笛と私の縦笛を取り換えたの。で、それで……家に帰りながら『あぁ……あの男子は今頃私の縦笛だと思って、カッコイイ男子の縦笛を舐めてるのね。
ということは、○○くん×○○くんであんなことやこんなことをやってるのと同じよね。あっ――だめ〇〇くん! そんなとこまで舐めちゃ……』って妄想してたのよ! 悪い?!」
予想以上にディープな体験を聞かされ、全員が後ずさりしてしまう。普段は余裕ぶっていた千聖さんも、表情が固まっている。
「だ、大丈夫だよ愛樹ちゃん。みんなやってるから」
「こんな気持ち悪いことやるわけないでしょっ」
ももかがフォローするも、よほど混乱しているのかフォロー潰しをしてしまう。そして、誰も収拾することができない空気をそのままに、次の対戦になった。
「こ、今度は負けないんだからぁ……」
いつもの攻撃的な言葉を向けてくる。少しうわずっているのがかわいい。カードを射抜いてしまいそうなほどの真剣な目線だ。
少し気まずい空気を察したのか、千聖さんが口を開いた。
「どうやら玲は恥ずかしいことが思い浮かばないようだな。なら、私達の中で誰が一番好きか告白するのはどうだ」
「ええっ、そんなの嫌ですよ」
そんな恥ずかしいこと、言えるわけない。絶対に止めさせないと。僕は頭を回転させて、なんとか理屈を考えていると――
「あ、それ私も気になる」
「わたしも聞きたい」
「私も私も」
愛樹とももか、ついでにユキも賛同してきた。おいおい、なんでみんなして僕を追い詰めようとするの? グルなの? このまま廃部にしてやろうか。
とんでもない状況になったなとたじろぐも、一旦仕切りなおす。要は負けなければいいんだ。幸い僕は富豪だから、貧民から強いカードを一枚貰える。戦況は有利……なはずだった。
「千聖さん、わざと弱いカード出してません?」
「ムッ……私は真剣だ。なんせ負けたら玲にとんでもなく恥ずかしいことを言わなきゃいけないからな。スリーサイズはもう言わされたから、次は何を」
「いやいや、言わせてないですから」
……負けた。千聖さんのアシストで、ももかと愛樹は序盤に弱いカードを処分しまくっていた。最後に一対一になったときは、なんかもう出来レースみたいに綺麗に負けてしまった。
なんか釈然としない負け方に不満を覚える僕に対し、千聖さんが詰め寄ってくる。
「さあ、誰が好きなのか白状しろ」
千聖さんが最も困る質問を再び突きつけてくる。答えにつまる僕に反比例して、3人の期待度は大きくなっているのがわかる。
ももか、頼むからそんな息を殺すほど僕を見ないでくれないか?
「レイくん、今なら女の子選びたい放題よ」
ユキがトチ狂ったアドバイスをしてくる。いやいや、僕が選んだ後、向こうにも選ぶ権利があるだろうよ。
それに、好きと言われて断られたら怖いじゃないか。次の日から気まずいぞ。
「ええと……そんな一番なんて決められないよ。みんなかわいいから」
「なるほど。玲はプレイボーイなのだな。大方、二人きりになったら『君が一番さ』と耳元で囁く気なんだろう。今までの女はそれでうまくいったかもしれないが、私はそう簡単に騙されないぞ」
「なんで千聖さんを誑かす流れになってるんですか」
「それより早く言うんだ。愛樹なんか気になりすぎて、さっきから表情が固まってるぞ」
指名された愛樹の方に皆の視線が集まる。
愛樹は前のめりになっていた体を素早く引いてどなった。
「べ、べつにアンタの好きな人なんて気になってないからねっ」
いや、さっき気になるって言ったじゃんか。
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