6章 思念の正体

第40話 美少女とパジャマで

 夜の部室。


 壁に掛かった時計が「君たちまだいるの」とでも言いたげにこちらを見ている中、僕達はパーティの準備に勤しんでいた。


 持ち寄ったお菓子とジュースがテーブルの上に並べられていく。僕の目の前には紙コップの束が置かれる。僕は反射的に、みんなに紙コップを配りジュースを注いだ。

 まるでパブロフのようだ。犬がベルを鳴らすと、パブロフが自動的にエサを持ってくるのだ。


「あんまりジロジロ見ないでよ、この変態!!」


 愛樹の分を注ぐ時に目をやった途端、罵声を浴びせられる。偶然見てしまっただけなのに、酷い言われようだ。しかし、偶然でなくとも見てしまいたいほど、彼女のパジャマ姿は魅力的だった。


 ツインテールをおろした長い黒髪は、いつもの暴力的な雰囲気がなく、おしとやかなお嬢様のような見た目と恥らう様子が中々合っている。肩口が大きく開いたドレスみたいなパジャマは、その下から柔らかな肌を覗かせていた。


「えへへ、れいくんどうかなぁ? 変じゃない、よね?」


 ももかは目を向けても悠然とスマイルで迎えてくれる。うんうん、やっぱこうでなきゃ。これなら一生見ていられる。ちょっとV字に切れた胸の部分から、ももかの女の子らしさが零れていて良い。


 あと少しでもシャツが緩めば――そう思うと動揺してしまい、ももかの問いにどう答えていいかわからず、僕は適当に相槌をうってしまう。


「どうして玲はこれを着てくれないんだ」


 千聖さんは若干すね気味だ。僕が千聖さん持参の気ぐるみパジャマを着なかったのがよほど応えたらしい。

 でもね、千聖さん? なんでよりによって犬のパジャマなんですか。僕を犬扱いする気ですか?


「れいくん、着たら可愛いと思うよ」


 ももかが笑顔で勧めてくる。いや、さすがに男が気ぐるみはまずいだろ。絵面的な意味で。

 なにが悲しくて年頃の男子がプリティなパジャマを着なくちゃいけないんだ。そんなのを着たら、変な方向に目覚めてしまいそうだ。


「うぅ、レイくんが私を見てくれないー。どうして私のパジャマがないの?」


 パーティから外れた隅っこで、制服姿で蹲っているユキ。相変わらず幽霊が怖いらしい。

 そんなに怖いなら家にいればいいと思うが、守護霊だから離れられないと言ってきかない。お前時々どっかに遊びに行ってないかと思ったが、深入りすると面倒なのでやめた。


 準備は粗方終わり、あとは事の起こりを待つだけになる。

 僕は敵の姿を探そうとして外を見る。元気の良い夏の太陽もすっかり沈み、夜の帳が下りていた。生暖かい風と虫の音は、パーティというより肝試しのような雰囲気を醸し出していて、僕達のやろうとしてることとの場違いさが引き立つ。


 職員室の明かりはまだ点いていた。一体何をやっているのかは知らないが、あれだけ仕事をしているのに、肝心の授業の質が上がらないのはなぜなのだろう。

 全く、教師と言うのは楽な仕事だ。もし成績が出なくても、不真面目な学生のせいにできるのだから。


「おい、玲。窓に移った私達の素肌を楽しむのもいいが、まずは乾杯するぞ」

「見てないです」

「……私達のパジャマ、あんまり可愛くないのか?」


 千聖さんがいつもと違う、妙に科を作った声で訴えてくる。

 そうは言われても、愛樹とももかは露出度が高すぎてほめるのが恥ずかしいし、千聖さんは見た目がファンシーだけど中身がアレなせいで富豪に飼われている番犬にしか見えない。


 どうしてウチのメンバーは加減というものがわからないのだろうか。

 ごく一般的な女性の服装をして欲しいものである。ぶかぶかの白シャツのみとか。


「そりゃ可愛いですけど、そんなにじっくり見るのも変じゃないですか?」

「何言ってるんだ。こういう時は見ない方が変なんだぞ」


 千聖さんに言われて、逸らしていた目をふっと戻す。偶然戻したはずの目は、彼女達の首筋から胸元のあたりへ向かってしまう。


 昔、中世ヨーロッパでは恋愛が禁じられていたが、それを許してくれる免罪符も売られていた。すると聖職者たちはみんな免罪符を買い、酒池肉林の限りを尽くしたと言われている。

 聖職者ですら逆らえない衝動に、凡人の僕がどうして逆らえるのだろうか。


「さて、玲の視線はどのあたりに向かっているのかな」


 千聖さんはそういうと、人差し指を空中にさ迷わせる。僕はトンボのごとく指先を追っていると、なぜかももかの胸の谷間に着地した。


「わっ?! そんなところ触らないでよ~」


 ももかの忠告を無視して、千聖さんは少しずつ指を進入させていく。

 ふといつもの蹴られ癖で愛樹の方を見ると、大きく目を見開いてももかを見つめている。僕のことは特に気にしていないらしい。よかった。


「――って何やってんのよこの変態どもが!!」


 と安心してたら、急に愛樹が大声を上げ、千聖さんの手を払いのける。いや、愛樹だって結構見てたじゃん?


「よし、みんなのテンションも上がったところで、第一回パジャマパーティ、開始!!」


 千聖さんの小さな拍手とともに、開会の音頭が取られた。みんなソファに腰掛けると、最初のテーマが発表された。


「さ、パジャマパーティ恒例行事といえば、罰ゲーム付きトランプだ。負けた奴は恥ずかしい秘密を話すんだぞ」

「「「えええええっ?!」」」


 めずらしく三人の息が合った。

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