第39話 平衡思念って何?

「これまでの事件を振り返ろう。十年前の事件の記事と記憶が消え、幽霊のしわざとされる騒動がおこり、イジメが発覚した。

 いずれも、何かされても反撃しない人間、世間から外れた人間が被害にあっている。ならば私たちも、積極的に世間から外れることで自ら的になり、ヤツラを誘き出そうというわけだ」

「ふーん。パーティしてるところを生徒会に見せつければいいわけ?」


 愛樹の問いかけに、千聖さんは首をふった。


「今回の敵は生徒会じゃない。もっと大きなものだ」


 大きなもの? 大きなものって何だろう。世界を牛耳る闇の機関とか?


「そもそも、我が部の追っている幽霊とは何だろうか?」


 千聖さんが全員を見渡す。知っていることなのに、いざ幽霊とは……と聞かれると答えづらい。

 ユキみたいな奴、という答えはだめだろう。

 円周率とは、と聞かれて「3.1415……」と答えるようなものだ。それは例示であって、定義ではない。


「どうしよう。わたし、部長なのに答えられない……」


 ももかが頭をかかえて悩んでいる。

 いや、この前の探索のとき「説明できないけど、確かに居るもの」って言ってたよね。それが答えで良くない?


「生命は霊魂と肉体によってできている。この霊魂が何らかの原因で肉体から離れたもの、それが幽霊だ。

 この考えは、死を観察した結果生まれたものだ。死んだ人間は、死ぬ前と見た目がほとんど変わらない。何も変わっていないのに動かなくなってしまう。そんなときは、何かが消滅したと考えるのが自然だろう。それが魂であり、幽霊の正体だ。

 次に、理由づけが行われた。理由のないところに現象はないからな。人間は、霊魂が肉体から離れる理由を、自己研鑽のための修行と考えた。霊魂は霊界から人間界に働きかけ、良い社会を作ることで徳を磨いている。これが守護霊だ」


 隣でユキが「私のことね」と言いたげな顔をしている。この文脈で守護霊だというなら、自己研鑽の成果を見せていただきたいものだ。


「一方、死を認識できない霊魂は、人間に悪さをする。怪談に出てくるような霊のことだな。だからこそ我々は、死者を埋葬し、敬意を払って合掌するわけだ。死を認識させるために」


 僕はユキに「お前のことだぞ」と念を送るが、ユキは嬉しそうだ。おそらく「やっぱり、レイ君も守護霊だと思ってくれてたのね」と思っているに違いない。


「そうなんだ。わたし、もっと勉強しないと」

「待ってももか。今のは勿体つけてるだけよ。別に大したこと言ってないわ。大抵のユーチューバーはそうよ」

「しかし、ある時期から情勢が変わった」


 落ち込むももかを励ますためか、愛樹が失礼なことを言う。ちゃんと活動してるユーチューバーだって0.1%くらいはいるだろう。

 しかし千聖さんは意にも介さず、上機嫌に話続ける。まるで選挙演説中の国会議員のように。


「人間界でおこる説明できない不幸な現象を、霊のせいにし始めたんだ。魔が差したという言葉でな。

 霊に向けた矛先が、生きた人間に向くのに時間はかからなかった。霊の代わりに生贄に選ばれたのは弱者や若者だった。マスコミはオタクやコミュ障やニートを批判した。

 凶悪犯罪が起きると、犯人の所持しているゲームや漫画が報道された。世間も乗じてしまい、生きづらい世界ができてしまった」


 幽霊の話のはずが、いつの間にかローコンテクストカルチャーだ。論理の跳躍が早すぎて、頭の理解が追い付かない。

 ももかと愛樹も、眉を寄せて口を尖らせている。確かにマスコミのやり方は問題だと思うけど、それと霊が関係あるのだろうか。


「――みんな、ピンと来てない顔をしてるな?」

「千聖の説明は大抵そうね」

「ええと、そんなことはないんだけど……ちょっと難しいかなぁ」

「幽霊の話から飛躍しすぎてると思います」


 千聖さんはみんなの反応を一通り観察した後、少し間を開け、話の続きを始めた。


「人間は説明できないものが嫌いなんだ。だから、どんなものにも理屈をつけたがる。たとえばだな、玲がももかに『実は、出会った時から君のことが好きだった』と言ったとしよう」

「――えええええええっ?!」

「やっぱり下心があったのね!」


 たとえ話なのに、ももかと愛樹がすごく真面目な反応をする。

 ももかは顔を両手で覆ってるし、愛樹は立ち上がって僕の方を睨みつけてくる。だが僕と愛樹の間に机があるせいで、蹴ることはできない。座る位置を工夫した僕の勝利だ。


「すると、これまで説明できなかった玲の行動の意味がわかった気になるだろう。幽霊部なんて変な部に入った理由も、夜遅くにももかと幽霊退治をした理由も、保健室にわざわざももかと一緒に行った理由も、保健室から戻ったときにももかの顔が赤かった理由も、すべて説明がついた気分になる」

「愛樹、待って! あくまでたとえだから、たとえだってば!」


 愛樹は机の上に足を掛け、今にも飛び蹴りをしてきそうなオーラを出している。安全地帯にいるはずなのに全然安全に思えない。

 どうして千聖さんはこんな危険な例え話をするんだ。どうせなら他の人で例えてくれ。


 例えば、愛樹がももかに「実は、出会った時からももかが好きなの」と言ったとするのはどうだろう。

 ももかは愛樹が好きなのに、恥ずかしがって曖昧な返事をしてしまう。振られたと思った愛樹はももかに強引に迫り、ももかを傷つけてしまう。

 すぐに暴力が出てしまう性格を嫌になった愛樹は……って何の話だっけ、これ?


「うむ。恐らく、名前がないから認識できないのだ。では仮に『平衡思念』とでも呼んでおこう。平衡思念は人間を操り、この世界で起きた不可解、もしくは不条理な出来事を、手段を選ばず消息へ向かわせる。偏りを戻す、という意味で平衡と名付けている。

 イジメが起こる。すると、平衡思念が耳元で囁くわけだ。『イジメに巻き込まれたくない』とな。囁かれた人間は保身に走る。イジメの加害者を糾弾せずに、被害者を責める。被害者の性格に問題があったからいけないと言うんだ。そうすれば、性格に問題のない自分は、不条理なイジメに巻き込まれない」


 平衡思念……何だかよくわからないけど、イジメの問題については同意できる。

 被害者に問題を押し付ける心理は、信じたくないけど真実なのだろう。僕も昔は押し付けられる側だった。


「平衡思念がどうこうより、そいつらの人格に問題があるんじゃないかしら」

「残念ながら、彼らは普段、問題なく日常生活を行っている。人格はいたって正常だ。恐らくこの学校でも、事件が起こる度に平衡思念が囁いている。『悪いのは自分じゃない』と。

 そして、事件の発起人ではなく、素行の悪い生徒に事件を押し付ける。パジャマパーティをしている生徒なんてうってつけだ――と、説明が長くなってしまったが、以上がパジャマパーティをする理由だ。決してみんなのパジャマが見たいわけではない」


 ようやく腑に落ち始めたのに、千聖さんが付け加えた蛇足が喉元につかえた。

 そう……素行の悪いフリをするなら、別にパジャマを着る必要はないはず。千聖さんの性癖が新たに露呈してしまった。


「本来はこんなことしなくても良さそうだが、事態が事態だ。平衡思念は不合理の原因を押し付けるだけではない。自分たちの正しさを証明するために、押し付けた相手を消してしまう。

 消される前に手を打たなくては」


 押し付けた相手を消す――。ひょっとして、それはユキのことだろうか。

 ユキと平衡思念は何か関係があるのか? 物に触ることのできないのは、完全消滅の前触れだと言うのか?


「わざわざ平衡思念なんて存在しないものをでっち上げる必要はあるの?」

「いや、存在するさ。今夜見ることになるだろう」


 千聖さんはそういった後一呼吸おいて、こう続けた。


「想像とは、現実に存在しないものを作ることではない。存在してはならないものを現実化しないことだ。こんな事件を起こさないためなら、どんな理屈でも作ってみせるさ。それが私の黒魔術だからな」


 千聖さんの言葉に、僕は小さな感動を覚えた。

 いつもは自分の利益のために並べていた屁理屈。それが、僕たちのために使われている。それだけで、こんなに心強いなんて。


「わたし、逃げちゃいけない気がするの。立ち向かって、何とかしないと」

「危なそうだけど……ももかがそこまで言うなら仕方ないわね」


 ももかと愛樹も了承し、めでたく開催が決定された。二人に見えないように千聖さんが小さくガッツポーズしていることは、黙っていた方がよさそうだな。

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