第36話 望まない解決

「つまり、のぞきの疑いをかけられてるのは渡辺さんだったのさ」


 放課後、部室に集まった部員を前に、千聖さんが説明を始める。黒板の前に立ち、指示棒で文字を指す姿はエリート教師みたいだ。

 唯一残念なのが、黒板に書かれているのが「のぞき」の3文字だけってこと。書く意味あるのか……それ?


「彼女はクラスになじめず、着替えを一人でしていたそうだ。それを面白くないと思った級友が、のぞきの噂をはじめた。そこから収拾がつかなくなってしまったのだろう」


『渡辺さんは覗かれているんじゃない。だれかにそう思い込まされているということだ』あの時千聖さんの言ったのは、覗きは被害妄想という意味ではなかった。

 クラスメイトの悪意から逃れるために、覗かれていると思い込んだということだった。それが幽霊部へ相談するきっかけとなり、心の外へと脱出する通路となっていた。


「で、そいつらはもうほっといていいの?」

「いいと思うぞ。ああいう奴らは臆病だからな。証拠があれば、少しはおとなしくなるだろう」


 千聖さんが収束宣言を出した。

 けど、僕たちの空気はなんとなく濁っている。少し息苦しくて、呼吸するたびに何かがつっかえる感じだ。みんな俯き加減で、言葉もなくなってしまう。


「渡辺さん、これで満足するかしら?」


 愛樹が口を開く。僕たちがやったのは、犯人の特定と忠告だ。

 けどそれは、渡辺さんの望んでいたことだったのだろうか。もう覗きに関しては何も起らないだろうけど、良いことが起こるようになったわけじゃない。


「ごめんな、こんなことばっか得意な先輩で」


 すると、千聖さんが珍しく弱気な言葉を言った。他のみんなも少し驚いている。


「どうしたらよかったのかしら」


 ユキも口を開いた。まるで何かに縋るようなか細い声だった。一応解決はしたけど、渡辺さんの傷は一生治らないだろう。もっと早く解決できなかったのか。


 噂と霊は似ている。信じたい人だけが信じるのに、当の本人は自覚がない。

 なぜ世界はそのようになったのか。

 なぜ誤認を自覚できないのか。

 そうさせているのは何か。


「おっと。みんな、そう落ち込んでる暇はないようだ。次のお客さんが来たようだ」


 千聖さんの声で、全員の視線が外へ向けられる。僕はその時、千聖さんの目がうっすら光っていたように見えた。

 あれは、涙だろうか。千聖さんも、この解決にはやるせない思いがあるのかもしれない。


「活動中に失礼。お邪魔させてもらうわ」


 外にいたのは生徒会の腕章をつけた、小さな女子生徒だった。


 やけに印象的な渇いた声が響く。見た目はアレだが、一応生徒会長だ。全校集会での挨拶の淡白さと見た目と幼さから、年齢詐称の疑いをかけられている。

 飛び級小学生にも見えるし、500歳の幼女にも見える。


 人をよせつけないオーラを纏った眼鏡と、すっと伸びた眉毛が、どこか孤高の存在を思わせる、いかにも悪役っぽい出で立ちだ。

 きっと友達も少ないんだろうな。かわいいのに勿体無い。


 みんな声をかける様子はなく、居心地の悪い沈黙が漂う。

 ここは僕が話すべきなのだろうかと逡巡していると、生徒会長は意を決したかのように肩をしずめ、こう言った。


「この部は廃部になります」

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