5章 霊の正体

第31話 幽霊の相談

 降霊術の効果かどうかは悪魔の証明になるので判断がつかないが、女の子がやってきた。しかも、幽霊に関する相談らしい。


 面食らう僕をよそに、愛樹は手際よく女の子をソファに座らせ、自分は右斜めの席に座った。女の子の正面にはももかが座った。

 僕はどうしていいかわからず、仕方なく千聖さんの隣に行く。ソファから少し離れた、傍観者のポジションだ。実に的確である。


 さて、女の子の話によると、ももかは学校では幽霊通で有名らしく、幽霊関連の悩み相談も結構やっているらしい。

 千聖さん曰く「こうやって実績を作らないと、廃部になる可能性がある」とのことだ。

 女の子は、渡辺さんというらしい。敬語を使っているところをみると、一年生なのだろう。


「――最近、おかしなことがよく起こるんです」


 渡辺さんの口調が急に重々しく変わる。どうやら本題に入るらしい。


「最近って、いつ頃から?」

「一週間くらい前、ですかね」


 一週間前っていうと、ユキが僕に取り憑いた辺りだな。


 ……そういえば、この前の幽霊探索のきっかけの事件も一週間前だったっけ。

 偶然にしては出来すぎている。もしかしたら、渡辺さんの依頼って、とんでもない事件にかかわっているのかもしれない。

 僕は思わず息を呑んだ。


「最初におかしいと思ったのは、体育の後の着替えでした。

 体操服を脱ごうとして服を触ると、いつもと違う感覚が刺さったんです。最初は「寒気かな?」っと思ってたんですが、時間がたつに連れて何だか違うような気がしてきたんです。

 その正体は、ちょうど、ショートパンツを下ろす時にはっきりしてきました。視線です。誰かが私のことを見てるんです。どこかから、私に見えないように。

 ――それ以降は、着替えるのがどうしてもできなくて、体育を休んでるんです」


 一気に話し終わると、渡辺さんは大きく息を吐いた。姿がとても小さく見える。


 ――というか僕、女の子から着替えの話を聞いてていいのか?

 渡辺さんの描写の細かい赤裸々すぎる語り口が、僕を落ち着かない気分にさせる。

 まぁ、愛樹が足蹴にしない限りは、聞いてもいいよね。


「どうしたんだ玲。せっかくのチャンスなんだから、もっと堪能するんだ」


 隣の千聖さんが耳元で囁く。いや、アンタは女として反対しろよ。


「やはり女の子の着替えはいいな。いや、私は別に彼女の悩みを馬鹿にしているわけじゃないぞ。むしろ、よくわかるよ。

 私も時々、寒気とともに『もしかして今、どこかで女の子が着替えてるんじゃないか』と感じることがある」


 いやいや、何を言ってるんだ。

 そして、そんな綺麗な目で同意を求められても困る。僕も少しくらいは興味があるが、それはあくまでも一般男性として、だ。僕の変態性によるものではない。


 体育の着替えを覗き見しようなんて考えたこともないし、プールの授業を見ようと誘われた経験だってない。

 通学路の神社の下に落ちていると噂されるエロ本を拾いに行こうと思ったこともないし、誰かが変なことをしに来ないかと期待して空き教室に隠れていたことだってない。


 こんなに健全な僕を、どうして千聖さんはいやらしいと思うのだろう。


「ひどいわねっ! 一体誰がこんなことをしてるのかしら」


 愛樹は渡辺さんの話を聞いてひどく腹を立てているようだった。千聖さん、あれが一般女性の模範的態度ですよ?


「その視線って、他の人達も感じてるんじゃないかしら。だれか噂してる人っていない? 「覗かれてる気がする」とか」

「いいえ。誰もそんなことは話してないです。授業が終わったら、大抵は次の英語の小テストの話ですし」

「じゃ、渡辺さんを狙ってるわけね。次の体育はいつなの? ちょっと監視してみるから」


 僕が千聖さんにツッコミを入れてる間に、いつのまにか犯人逮捕の段取りが組まれた。

 幽霊の話が一度も出ないのが気になったが、まぁそうだよなと思い直す。

 幽霊の仕業かどうかは、人間の仕業とは考えにくい時に疑うものだ。まずは犯人が人間かどうか調べないといけない。


「わたしも行くね」

「そうね。ももかとおしゃべりしてるフリして、変な奴がいないか探しましょう」


 依頼はあっさり終了し、渡辺さんはお礼を言って帰っていった。

 次の体育は明日の五時間目らしいので、二人は授業が終わってから渡辺さんの教室に行くそうだ。


「ついでに私達も行くぞ。おしゃべりのフリして、かわいい女の子がいないか探そう。ちなみにこの場合のかわいい女の子とは、かわかむりの方がいいと思ってる女の子の略だ」

「いや、探しませんから」


 千聖さんが口の端を上げながら言った。全く……犯人はこの人なんじゃないか? 一体この人は何を考えているんだろう。


「どうしていつも変なダジャレを言うんですか?」

「うむ、ダジャレか……」


 千聖さんは少し考えこんだ後、真剣な目で言った。


「私は幽霊の問題を言葉で解決できると思っている。幽霊という言葉が意味するものは何か、どんなときに幽霊という言葉が使われるのかを解き明かすんだ。例えば、もし玲が『ゴニョゴニョを探してくれ』と依頼されたら、まずはゴニョゴニョが何かを調べるだろう。それと同じさ。

 真の恐怖は想像から生まれるんだ。つまり、想像を排除すれば幽霊の恐怖はなくなるはずだ。

 そんな風に言葉について追求していたら、いつの間にかダジャレのスペシャリストになってしまったのさ」


 スペシャリストなら面白いダジャレだけを言って欲しいものだ。

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