第30話 気まずい二人きり

 愛樹のため息をよそに、ももかが僕を腕を捕まえて歩こうとする。

 いつもの非力さからは想像もつかない強引さで、僕は勢い連れて行かれてしまった。


 こういう展開も悪くないな……と思いつつ、ニヤニヤしながら付いてくるユキを見てやっぱ悪いやと思った。

 というか、守護霊なら愛樹に襲われないように守って欲しい。


「どうしたのれいくん? 落ちこんじゃってるよ」

「いや……ちょっと女の子との付き合いで悩んでてね。どうしたら仲良くなれるのかなって」


 ユキも幽霊部のメンバーも癖が強すぎて疲れる。人付き合いの良さそうなももかなら何か良い方法を知ってるかと思い訊いてみたが、ももかはなぜかあたふたと慌て始めた。

 僕、そんなに変なこと訊いたかな? 慌てるような質問じゃないはずだけど。


「だ、だっ――誰とのことでなっ、悩んでるの?」


 舌の動きがぎこちないのか、しどろもどろになって答える。

「んー、ほぼ全員かなぁ」と僕が言うと、ももかは「え、……そ、そうだよね……」と言い、落ち着くというか落ち込みだした。

 いつも表情の変化が激しいけど、今回はプラスとマイナスを行き来してさらに激しくなっている。


「ひょっとして、愛樹ちゃんのことが気になるの?」

「そうだね。どうすれば喧嘩せずに付き合えるのかなって考えてるんだ」

「つ、付き合う?!」

「僕もこの部にいる以上、できれば部員とは喧嘩したくないからね。居心地悪くなるし、特に二人きりになったときが気まずいんだよね」

「ふ、二人きり?!」

「そうそう。この前、ももか部室から一人で出てった時あったでしょ。あの時の愛樹の目線がすごく熱くて、僕ドキドキしっぱなしで……ってどうしたの?」


 愛樹への愚痴をこぼしていると、ももかの顔が急に赤く沸騰していた。

 熱でもあるのかと思いおでこに手をやると「あっ」という短い声とともに、熱が伝わってくる。



「あの、れいくん? その……」


 急に呼ばれて、ももかのおでこに手を当てたまま長い時間が経っていることに気づく。「あ、ごめん」と言い、手をどかす。何だか気まずい。

 なんとかこの気まずさを誤魔化すために、何か声をかけなければ……。


「あ、なんだか鼻血治っちゃったみたい。これなら保健室はいかなくていいかも。むしろ出すもの出してスッキリした感じ」


 和ませるつもりで言ってみた。ももかの顔から気まずさは消えたが、心配そうな顔が現れた。


「ごめんねれいくん。ひどいことしちゃって」

「いや、ももかが謝ることじゃないよ」

「愛樹ちゃん、普段はあんなに暴力ふるったりしないのに、どうしてれいくんにはひどく当たるんだろ?」

「え、そうなの?」


 てっきり普段から暴力的なのかと思ってた。犠牲になった男は数知れず、みたいな。


「ちょっと喧嘩っぽいしゃべり方はするけど、実際に手を出したりしないの。あと、あんなに上擦った声も出さないし」

「そうなんだ。確かにそれは変だね」


 愛樹の意外な一面を知った。まぁ、いつもあんな感じだったら病気扱いされるだろうし、それが普通なんだろう。

 普段は真面目ぶって周りの評価を上げて、僕に対してはどう思われてもいいから素で振る舞ってるってことだろうな。

 女の子にありがちなことだ。


「今度、わたしから仲良くするように言ってみるね」

「助かるよ。できたら体が保たなくなる前に頼む」


 ◇



「あーっ! ほらココ! ちゃんと真ん中に入れてないじゃん!!」


 内緒とは無縁の大声が部室から響き、そんな思考を遮る。


 中に入ると、千聖さんの持っているトランプを愛樹が指しているのが見えた。どうやら、愛樹がさっきの降霊術を見破ったらしい。


「愛樹ちゃん、どうしたの?」

「ももか、コイツは騙してたのよ。ほら見て、カードを真ん中に入れると見せかけて、上から二番目に入れてるじゃない」


 愛樹はさっきの手品を再現して見せた。

 ……なるほど、確かに二番目に入れて、上のカードを二枚同時にひっくり返せば、真ん中に入れたカードが一番上まで上がり、全ての現象は説明がつく。さすが愛樹だ。

 この調子で、ユキも論破してもらえると非常に助かる。


「わぁ、すごい愛樹ちゃん。わたしにもできるようになったよ」

「当然よ。タネさえわかれば誰にだってできるのよ、こんなの」


 ついでだし僕もやってみたら、難なく成功した。わかってしまえば意外に単純なことだった。


「これでわたしにも、降霊術が使えるのかなぁ」


 ずるぅ! 僕と愛樹は盛大にコケた。

 手品の秘密を知っても、さらに秘密があると信じる人もいるってことか。その信じ込みを解くべく、愛樹が説得を始める。


「いい、ももか? 霊はいるかもしれないけど、コイツがやってるのはただのインチキなの」

「うぅ~、やっぱりそうなのかな」

「おい待て。インチキというのは心外だな」


 不意に千聖さんが割り込んでくる。まぁ、彼女は言われっぱなしで黙る性格じゃないからなぁ。


「インチキじゃなかったら何? ペテン?」

「ペテンでもない。あれは立派な降霊術だ。その証拠に――」


 千聖さんは僕の方を見る。いや、微妙に視線がズレている。


 ひょっとして後ろのユキを見てるのだろうか? 僕が始めて千聖さんと会ったときも僕の後ろのほうを見ていた。

 何か感じる力があるのかもしれない。

 背中になにかむず痒いものを感じていると、後ろの扉が控えめな音を立てて開いた。


「――あの、こちらで霊について活動してると聞いて来たんですが」


 振り向くと、女の子が思い詰めたような声を出していた。

 伏せられた睫毛や結ばれた小さな口がわずかに揺れ、整えられたポブカットが首元でゆるやかな波を作っている。

 その様子は僕に、複雑に絡み合った細い糸を思わせた。


「ほらな。ちゃんと来ただろ」


 千聖さんは得意げに言った。いや、どう見ても人間でしょこの子。

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