第29話 手品と幽霊の共通点

 紙を広げると、マジックで書かれた魔法陣が現れる。その四方に燭台を置き、火をつける。

 本人曰く、置かなくても成功することがあるらしい。じゃあなんで置いてるんだ?


 ももかはカーテンを閉めて電気を消した。途端に辺りが真っ暗になり、ロウソクの灯りだけが頼りになった。映画研究会の頃の名残のカーテンが、無駄に活用された。


 ももかはその後、教壇の前に椅子を二つ用意した。

 「霊が出たっ」と言いながら椅子の足を畳んで驚かす気かと訝しんだが、仕掛けはなかったし、ももかの用意したものなら多分大丈夫だと判断して座った。


「これで準備できたね」


 千聖さんは椅子に座った僕たちを一瞥すると、箱からタロットカードを取り出した。


「よし、ももか。この中から好きなカードを一枚選べ」


 ……あれ?


「あの、降霊術をやるんじゃないんですか」

「今からやるんだよ。君はト○ックというドラマを見たことがないのか?」

「いや、ありますけど。あれって、インチキ霊能力の話ですよね。千聖さんもインチキなんですか?」


 僕の言葉は聞こえないのか、ももかは、広げられたカードを真剣な目で見つめた後、左側のカードを指さした。

 表にすると、出てきたのはハートの8だった。

 どうやらタロットカードではなく、トランプだったらしい。

 

 千聖さんは、ハートの8を取り出し、魔法陣の中心に置くと、低い声で呪文を唱えた。時々「胸がはち切れる」と聞こえてくるのは気のせいだろう。


 呪文が終わり、小さく息を吐くと、ハートの8を、カードの山の真ん中辺りへ後ろ側から入れた。


 手をかざした後、、カードの一番上をめくる。ハートの8だ。

 真ん中にあるはずのカードが、なぜか一番上に昇ってきた。

 

「わっ、わっ……!!」


 ももかが、目を大きく開けて驚く。いつもはかわいいと思える反応だけど、今はすごくわざとらしく見える。

  

「これはカードに昇華霊を憑依させる術だ。もっと強力な霊になれば、空を飛んだり雨を降らせたりもできる」


 ……理屈はよくわからないが、手品は本格的だ。正直、種がわからない。


「よし、玲が胡散臭そうな顔をしてるから、ちょっと協力してもらおう。私がさっきやったように、ハートの8を真ん中に入れてみてくれ」


 胡散臭いとわかっているなら、早くそのトランプを仕舞ってくれないかな……。


 そう思いつつ、千聖さんからトランプを受け取る。

 そして、言われたとおりに、ハートの8を山の真ん中に入れる。

 最後に、手をかざした後、一番上のカードをめくる。

 ハートの8だった。


 おそるおそる顔を上げると、穏やかな顔で微笑んでいる千聖さんと目が合った。

 僕は、なぜだかどきっとして、ついつっけんどんな態度をとった。


「勝手にカードが移動するなんてありえませんよ。何か仕掛けがあるんじゃないんですか」


 僕の怒りをよそに、千聖さんは目を閉じて、僕の言葉を反芻するように頷いた。

 そして、ゆっくりと目を開いて、こう言った。


「その発言には誤りが3つある。1つ、勝手にカードが移動することはありえる。2つ、仕掛けはない。3つ、カードは移動していない」


 ……? 今のは矛盾してないか?


「カードは移動したのに、移動してないって変じゃないですか?」

「カードではなく、絵柄が移動しているのだ。その証拠を見せてやろう」


 千聖さんは、ハートの8をカードの山の真ん中辺りへ入れる。

 うーん、どうもここが怪しいんだよなぁ……でも、ちゃんと真ん中に入ってるよなぁ……。

 千聖さんも、真ん中に入っていることをアピールするかのように、ハートの8を半分、山から出した格好にしている。


 そして、ハートの8の下の山を、一番上に左へずらして乗せ、ハートの8を右にずらして横倒しにした。

 山1、山2、ハートの8で三段の階段になった。


「さて、今からこのハートの8の柄が、一番上のカードの柄に憑依する。移動しているのではない。

 もし移動したのなら、この横倒しになっているカードはなくなってしまうからな」


 千聖さんはそう言って手をかざした。

 そして、一番上のカードをめくると、なぜかハートの8が出てきた。横倒しになっているカードはそのままだ。


「わっ、すごーい!」


 ももかは暢気そうに驚いているが、僕の方は気が気でない。

 最初の内はこのマジックの種を見破れると思っていたのに、今ではかなり魅入ってしまっている。

 見破りたいという欲求より、騙されたいという欲求が勝り出したようだ。


「自分がそこにあると思っても、実際にはないことがあるんだ。それはカードも例外ではない。

 見えない力が働いたと言うと怪訝な顔をする人がいるが、力とは本来、目には見えないものだよ。電磁気力や重力を見た人がいるだろうか。霊力もそれと同じだ。

 じゃ、今日の降霊術はこのへんで終わろうか」


 千聖さんの終了宣言に、なぜかがっかりしてしまう。

 以前の僕なら、こんなことはなかったような気がする。一体、今は何が変わったのだろうかと考えながら、魔法陣に置かれたタロットカードに顔を近づけた。


「きゃっ」


 頬に柔らかい感触が伝わるのと同時に、隣りからももかの短い悲鳴が聞こえる。

 ……どうやら、2人ともカードに顔を近づけすぎたようだ。


 「ご、ごめん」と、申し訳ないことをしたという気持ちや、惜しいことをしたという気持ちを混ぜつつ謝る。

 これは決してやましい気持ちではない。だって、両方ももかへの好意から生まれた感情だからだ……って何言い訳してるんだ僕は。


「あ、わたしの方こそ、ごめんね……その……」


 ももかは、少し支え気味に謝る。続きの言葉が気になって、僕の意識はももかの唇に向かった。

 ロウソクの灯りに照らされて、ピンク色の小さな唇がゆらゆらと光って見えた。


「昇華霊にはこういう効果もあるのだ、覚えておくといい」


 余計な一言を残し、千聖さんは降霊術の道具を持って奥の部屋へ消えた。残された僕らは『宿泊』という言葉に魅了されたまま、至近距離で見つめ合っていた。


「やっほー、ごめんね遅れちゃ――ってえぇっ?!」


 千聖さんが奥の部屋に引っ込んだとき、愛樹の声が飛び込んできた。

 同時に、僕の背中に衝撃がぶつかり、僕は椅子から転げ落ちてうつ伏せになった。


「いやー、ほんとごめんね。もうちょっと遅かったら大変だったわね……ねぇ、玲」


 後頭部を抑える僕の隣りへ、愛樹の足から繰り出される振動が近づく。

 鳴り響く関節の音が、一層恐怖感を煽ってきた。


「ち、ちがうの愛樹ちゃんっ!! こ……これは、その……」


 ももかが懸命に愛樹を抑えようと試みるが、あまり効果はない。


「何がどう違うのっ! カーテン閉めきって電気消して見つめってたら、もう誤解するまでもないでしょうが!!」


 うーん、確かにこの状況だと逃れる方法があまりなさそうだ。

「降霊術をやっていた」と言いたいのだが、残念ながら当事者の千聖さんは奥へ引っ込んでいる。

 一度あそこへ行くと、千聖さんは中々戻ってこない。それに、鍵を掛けているので、こちらから入ることもできないのだ。


 なぜ鍵をかけているのか聞いてみたところ、愛樹が「どーせ薄い本でも大量に隠してるのよ」と投げやりに答えただけだったし。


 どうせ言い訳できないのだったら、いっそももかを巻き込んで倒れた方が良かったか。

 そうすれば、ももかが盾になるので、愛樹も迂闊に攻撃できないに違いない。


「あぁっ?! れいくん鼻血! 鼻血でてる!!」


 ももかの声に驚いて鼻を触ると、確かに赤い液体が流れていた。なるほど、ギャグでも血はでるんだな。


「どーせ変なこと考えてたんでしょ」

「とにかく保健室に行かないと」

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