第26話 自殺の隠蔽

「では、その守護霊と今後どうなりたいかは宿題として……昨日の探索、何かあったんじゃないか?」

「どうって……特に何も出ませんでしたよ」


 突然の話題転換に少し驚く。あるいは閑話休題なのかもしれない。

 とはいっても、昨日はとりたてて何も起こらなかったような……。


「そのポケットの御札は何かに使ったんじゃないか?」


 御札……そういえば、昨日ももかが使ったんだっけと思いながら取り出す。

 広げられた御札は、真っ白だったはずの表面が何年もの年月をくぐり抜けたみたいに色褪せていた。


「これ、校舎の前でボーッとしてたら、ももかにビターンって貼られちゃったんですよ」

「よく見てみろ、変色しているだろう。これは使用済みの証だ。

 御札に封じられていた式神が抜けて、本来の色が保てなくなったんだ」


 そう言われてもなぁ。あの時の僕は、校舎に入れずに困っているももかを見て、それから……そうだ!


 僕はあの時、妙な感覚に襲われた。大きな闇を呼び起こす感覚。その闇に引きずり込まれそうな感覚。

 それがももかの御札によって、波が引くみたいにして収まったんだ。


「その表情は、心当たりがあるようだな。やはり屋上の幽霊が関係していたのか?」


 屋上の……幽霊?


「ももかが昨日追っかけていたのは、屋上から飛び降りた女の子の霊だ。10年前、この学校で実際にあったできごとだよ。

 遺書もなかったし、美術の写生の課題をやっている途中だったから、筆か何かを落として、拾おうとしたらバランスを崩して落ちたと扱われた。

 ただ、生徒からの情報がいくつか上がって、事故死とは片付けにくくなった。ありとあらゆる人間が、自分の主張を通そうとした。

 そして、結果的には学校側の言い分が通った。彼女は事故死として処理されたんだ」


 千聖さんはそこまで喋って、一呼吸置いた。


「それから何年か経ち、事故はゆっくりと忘れられた。みんな普通の生活に戻っていった。彼女以外は……だがな。

 事件後に立ち入り禁止になった屋上も、何もなかったかのように元通り開放された。扉が錆びついてて開けるのは大変だったらしいが、特に霊的な騒動もなかったそうだ。

 しかし、最近になってそれが現れてきた。わけもなく精神に支障をきたす事象がでてきたんだ。保健室前で仮病が治ったりとかな」

「何か理由があるんですか?」

「もちろん。理由のないところに煙は立たない。ただ、まだ理解できるような理由は見つかっていない」

「けど、そんな事件あったんですか? 僕、一度も聞いたことないですけど」

「それなんだがな……」


 千聖さんは部室の奥のドアを開け、何かを持って戻ってきた。


「例の自殺した生徒の事件のスクラップだ。

 以前、この部室がオカルト研究会だった頃のもので、時々私達も使っていたんだが……」


 千聖さんはそう言ってファイルを広げる。だが、そこには白紙があるだけだった。


「えーと……なにも書いてないですよね?」

「ないんじゃない。なくなったんだよ。ちょうど一週間前くらいだ。

 ももかが見つけてくれた。見たときは驚いたよ。私は何かの拍子に剥がれたのかと思った。けど、そのページはまるで、最初から何もなかったかのように真っ白だった。

 何の痕跡も残さずに消えたんだ」


 ……どういうことだ? 自殺した生徒の記事が消えた?

 目の前の世界がチャンネルをひねったかのように一気に変わっていく。


「玲と同じように、事件の存在を知っている人も記憶が消えた。生徒も教師も、だ。

 知っているのは、確認できる範囲だが我が部の精鋭たちのみだ。

 興味深い現象だと思わないか? 我が幽霊部が、初めて幽霊らしい事件に巻き込まれているんだ」


 事件のことを聞いていると、ふとユキのことが浮かんだ。

 彼女が屋上にいた理由と、今回の事件は何か関係があるのだろうか。


 ユキはただの幽霊くらいに思っていた。だから、なんとなく邪魔だなという程度の扱いだった。

 でも、今は学校の事件の中心人物になっているかもしれなかった。

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