第22話 ドキドキ入部テスト

 千聖さんにユキが見えてるのかどうかわからないが、見えていたらもう隠しようがないので、僕にできることはない。

 肝心のユキも「君たち」と言われた時は焦ったようだが、今は真剣な顔で二人の美少女を交互に見ている。


 ……ひょっとして、僕の彼女候補にする気だろうか。するなら命の保証もしてくれ。


「では、入部テストと親睦会を兼ねてゲームをしよう」


 自分の胸を触りながら得意顔で言う千聖さん。巨乳自慢をしているのかと思ったが、どうやら入部と乳部をかけているらしい……が、反応に困る。

 他の3人は全く気づいてないらしく、千聖さんは眉を寄せて不満そうだ。


 ゲームというのは囲碁のことだった。

 僕は囲碁をやったことはない。対戦相手のももかは一度だけやったことがあるらしいが、上手いのかどうか僕には判断がつかない。

 ルールがわからないと言ったら「やってる内に覚える」と言われてしまった。僕は仕方なく、ももかと左右対称になるように石を置いていった。


「このやり方でいいんですかね?」

「ああ。玲は初めてにしては筋がいいぞ」

「……本当ですか?」


 ボールをゴールに入れるみたいなわかりやすい目的ではなく陣地の多くするのが目的なため、もう何をやっていいのか検討がつかないのだけど……。

 もしかして僕、才能あるのかな?


「たとえ間違えたとしても褒めたほうが上達しやすいのは、心理学実験で証明されている」


……。


「えっ? つまり間違ってるってことですか?」

「うん、よくできたな。偉いぞ」


 笑顔で頭を撫でてくれる……全く嬉しくない。僕も、愛樹のように完全に手玉に取られてしまっている。


 ちなみに、ももかは愛樹に頭を撫でてもらっている。

 愛樹の普段は怒りっぽい眦のカドが取れて、優しいお姉さんみたいに見える。ずっとこうしてるとかわいいんだけどなぁ。無理だろうな、多分。


「さて、そろそろ終局だな」


 終わり際は初心者には難しいらしく、千聖さんが代わりにやってくれた。みるみる内に、自陣と敵陣の境界が現れてくる。よくわからないが、どうやら僕の勝ちらしい。


「あ~、負けちゃった~」


 ももかが眉尻を下げて盤面を見渡す。


「きっと、囲碁が上手な幽霊がとりついているんだね」


 ぶっ!

 突然の発言に、思わず吹き出してしまう。まさか、ももかにも「見えてる」のだろうか? 昨日は全然そんな素振りを見せなかったけど……。

 

 あわててユキを見ると、ソファの上で気持ちよさそうに寝ていた。

 囲碁が退屈だったのだろうか。僕の親も囲碁の番組を見ながら寝ると言っていたし、傍から見ると眠くなるのかもしれない。


 僕が急に吹き出したせいか、ももかが心配そうに見つめてくる。


「あれれっ?! れいくん大丈夫?!」

「う、うん……問題ない」


 よくよく聞くと、ヒ○ルの碁みたいに囲碁が上手い幽霊が取り憑いてるかもという、他愛もない日常会話だったらしい。

 心臓に悪い会話だ。みんな幽霊部の部員なのだから、見えてない保証はない。

 仮に見えてないとしても、デス○ートみたいに「それ以外の可能性は存在し得ない」論で結果的にバレるかもしれない。


 バレたところでどうしようもないとはいえ、どっちつかずの状態はひどく落ち着かなかった。



「よし、今度は将棋の腕を見よう。相手は愛樹だ」

「なんで私が!!」


 指名された途端に怒り出す。まだ最初のことを根に持ってるみたいだ。第一印象って大事なんだな。

 でも、やられっぱなしでいるのも癪だ。


「僕も、愛樹とやりたい」


 千聖さんの前では暴力をふるえないだろうと高をくくって、思い切った発言をしてみた。これで少しは仲良くなれるかな……と思う間もなく、鬼の形相で睨まれる。


「誰が名前で呼んでいいって?」

「私だ」


 千聖さんが名乗りを上げる。許可された記憶はないけど。僕はただ単に名字を知らないから名前で呼ぶしかなかっただけだ。


「勝手に許可しないでよ! 私、変態に名前で呼ばれたくない」

「まぁまぁ、落ち着くんだ」


 千聖さんが優しく諭すような口調で言う。

 

「ではもう一度やってみよう。まずは玲が『愛樹をやりたい』と言うところからだな」

「なっ……!!」

「いやいや、僕、言ってないです」


 千聖さんの毒舌が僕に向かうのは勘弁してほしい。愛樹の蹴りが飛んでこないのが唯一の救いだ。


「まっ、そこまで言うんなら相手してあげてもいいわよっ」


 愛樹は、不機嫌なのか上機嫌なのか判断しかねる動作で席につく。必然的に向かい合う形になってしまい、思わず目を逸らしてしまう。


 将棋なら小学校の頃にやっていたが、愛樹の視線を正面から受け止めながらやるのは無理だ。

 できることならアイマスクをしてもらいたい。ついでに手錠もあると心強い。


「アンタなんかに負けないんだから」


 愛樹が、駒音を大きく立てて威嚇してくる。彼女のそれは、まるでシャドーボクシングの風切り音のごとく、僕の耳元を掠めていった。

 怖い……だれか代わって。


「怖がることはないぞ。愛樹はああ見えて優しいし、エッチなことが好きなんだ。だから下着の話をしたり、スマホを胸に挟んで持ち歩いたりしてるんだぞ」

「そんなわけあるかっ!!」


 愛樹の眦がますます吊り上がっていく。その目は千聖さんから、僕の方へ向けられた。


「もし負けたら、これの上に額をつけて土下座しなさい」


 そう言って愛樹が取り出したのは……剣山?!


「待って、さすがにそれはちょっと……というか、なんで持ってるの?」

「ここはいろんな部活の物置になってるのよ。囲碁将棋部だけじゃなく、茶道部とか映画研究部とか園芸部とかのものも、ごちゃまぜでしまってあるの」


 愛樹が茶道部って言うとサド部に聞こえるな。何する部活かは知らないけど。

 そんなことを考えていると、千聖さんから励ましを受けた。


「玲、ひるむな。昨日の特訓を思いだせ」

「してないでしょ。大嘘はやめて下さい」

「したじゃないか。迸る血と汗と涙を潤滑油にして」

「慎んでボケて下さい! ツッコミづらいです」

「わかった。迸る豆腐も追加しよう」

「豆腐が躍動してる?! それに潤滑油なんですかそれ?」

「愛の潤滑油なんだよ。豆腐だけに君のこと「だいずき」って具合にな」


 ……。

 突然の寒波に、全員の動きが止まる。さっきまで威勢のよかった愛樹ですら、明後日の方を睨んでいる。絶対に相手をしないという意気が伝わってくる。


 どうやら千聖さんは、ダジャレのセンスが全くないらしい。ウケないことが不満なのか、千聖さんはふらふら歩いた後にソファに頭からダイブし、動かなくなってしまった。


 気を取り直して、愛樹との勝負を進める。僕が長考するたびに愛樹が睨んでくるので、急かされた気分になってしまい、ミスが多くなってしまう。

 だが、愛樹があまり上手くないのが幸いして、僕有利の展開になる。


「あっ! それ待って!!」


 愛樹が声を上げる。沈黙の中、その声は大きく響いた。


「いや、待ったはなしだよ」

「ここは私の領土なんだから、法律も私が決めるのよっ!」


どんなルールなのそれ……。


「こらこら。勝手にルールを増やしてはいけないぞ」


 千聖さんがソファに突っ伏したまま愛樹を宥めてくれる。すっごく情けない構図だ。

 ただ、愛樹の勝手気ままを聞いていたら僕が持たないので、ここは千聖さんに頑張ってほしい。


「ここでのルールはただ一つ。この部の決まりは部長の私が決める!」

「あんたもかっ」


 もうこの世界で頼れるのは自分だけだ……。

 自分を信じて、最後まで突き進め!! そしてその先の勝利を掴むぞ!! 失敗を恐れずに、バンザイアタックだ!!


「……よし、勝ったぞ」

「うぅ……ケダモノ……」


 将棋で勝っただけなのに、なぜか人格否定をされてしまう。まぁ、女の子にバンザイアタックするのは、少し犯罪っぽいかも。


「ん……玲が勝ったのか」


 ソファから起き上がりながら千聖さんが言う。


「恐らく、将棋の上手い幽霊が取り付いているのだな」


 ……落ち着け僕。別にバレたわけじゃないんだ。堂々としていよう。


「二度目は笑わないのか」

「いや、一度目も笑ってませんが……」

「少年の心はいと度し難い」


 千聖さんのほうが度し難いと思うぞ……。


「まぁ、三度目は受けるかもしれないからな。一応メモしておこう」


 そういうと千聖さんは、スマホを取り出して打ち込みだした。


 ネタ帳……作ってるんだ。きっと、毎日せっせとネタを集めてるんだろうなぁ……。

 千聖さんの努力と、彼女への好感度が乗った天秤を想像して、切ない気持ちになった。

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