第17話 妖怪もいるらしい

 次は音楽室へ向かう。ここも世間では心霊スポットと言われている。動く肖像画、光る肖像画、ひとりでに鳴るピアノあたりが定番だ。


 ……でも、勝手にピアノが鳴ったとしても、上手ければ問題ない気もする。

 もし聞いたことのない曲だったら、僕が作ったことにして動画サイトに投稿できるし。


「あのね、れいくん」


 隣で、神妙な顔つきのももかが口を開く。


「この部屋には、バイオリンの弦を切る妖怪出るらしいの。

 真夜中の音楽室に現れてバイオリンの弦を切断するんだよ……きゃーこわいぃっ、言ってるだけで震えてきちゃう~」


 ももかが両手で耳を塞いでうずくまる。だが、怖がれば怖がるほどわざとらしく見えてしまう。

 僕のほうは、夜の学校にも慣れてしまい、少し冷めていた。

 ……って、あれ? いま幽霊じゃなくて妖怪って言ったかな?


「ここって幽霊じゃなくて妖怪が出るの?」

「そうみたい。私も不思議だったから訊いてみたの」


 訊いたんだ……。


「そしたら『えっ? ……う、うんっ、そうだよ!』って」

「その子、なんか動揺してない?」

「よっぽど怖い目にあったんだろうね……」


 さすがももか。天然成分100%。


「ももかちゃん、騙されて壺とか買わされそうよね」


 ユキが心配そうに言った。


「ユキは逆に、売ってそうだよね」

「そんなわけないでしょ。私が口で丸め込みそうな人に見えるのっ?」


 こいつ……僕にやったことをもう忘れたのか?


「ああーーっ!」


 ももかが急に声を上げた。

 慌てて近寄ってみると、ももかが棚に並べられたバイオリンの一つを指さしていた。


「もう切れてるよぉ……」


 指先をよく見ると、一番端の細い弦が切れて、だらしなく丸まっている。切れた弦と比べると、他3本のピンと張っている弦が無理をしているようにも見える。こっちが普通の状態なのに。


「こんなことって……」


 ももかは切れた弦を瞳に映したまま動かない。僕は何とも思わないけど、普通は物が壊れてたら悲しいと思うものなのだろう。

 でも僕は、ももかの笑顔が見たかった。だから、頭の力を振り絞って、元気づける言葉を口にした。


「G線上のアリアみたいに、G線一本だけで弾ける曲もあるし。一本くらい問題ないよ」


 僕の渾身の励ましを、ももかはどう受け取るだろう。


「せっかく妖怪に出会えると思ったのに、もう切った後だったなんて……」


 ――ってそっちの心配?!


「いやいや、御札を貼って退治するんじゃないの?」

「え? そんなことしないよ。かわいそうだもん。見つけたら、とりあえずは話し合いだよ。れいくん、頑張ってね」


 なぜか僕に仕事がまわってきた。僕はいつの間にか、霊が見える人間から霊と話ができる人間にクラスチェンジしていたらしい。将来的には霊を召喚できる人間にされるかもしれない。ももかの期待が怖かった。僕はもう後に引けないのだろうか。


 いつもならミルクセーキを飲みながらマンガっぽい小説を読む時間だ。

 読書の合間に読むミルクセーキは本当に美味しい。しかも牛乳200ccと卵1個と砂糖大さじ一杯だけで作れるのがすごい。

 ミルクセーキ誕生はビックバンと並ぶほどの重大な出来事だ。


 多めの砂糖は、疲れた頭にとても優しい。

 そのあとはお風呂に入りながら漫画を読んで、布団に入って寝る。布団の中でも読みたいが、翌日に目が疲れてしまうのでやらない。

 まあ、とにかく一日の大半を一人で過ごすのが好きだ。


 それがユキと出会ってからまったく変わってしまった。なにしろ常につきまとうから、一人で過ごす時間なんてゼロに等しい。さすがに風呂とトイレは一緒じゃないが(当然である)。

 兄弟姉妹が何人もいる大家族のほうが、僕より一人の時間を満喫していると思う。


「あ」


 ももかがぽつん、と声を出す。


「忘れ物思い出したから、ちょっと取ってくるね」

「一人でも大丈夫?」


 言った後、保護者っぽい口調になったことに気づいて恥ずかしくなった。

 でも、なんとなくももかは放っておけないんだよな。途中で迷いそうだし。


「う……うんっ。大丈夫だから、ここで待ってて」


 しどろもどろに答えると、あたふたと走り去って行く。どうしたんだろう。何か重要な忘れ物なのだろうか。

 とはいっても、夜中に取りに行かなくてはならない忘れ物って何だろう。

 教科書とノート忘れると予習ができないと言うが、朝早く行ってやればいいじゃないか。とすると、体操服とか弁当箱かな。ほっとくと地獄絵図になるから。


「私も念のためついていくわ」


 ももかの後を追ってユキも走る。すぐにももかに追いつくと、ももかの背後にぴったりと貼り付いた。勇敢なのか怖がりなのか判断しかねる行動だった。


 ……っていうか僕、一人じゃないか。

 さっきまでは一人がいいと言ってたのに、実際に一人になると落ち着かない。駄々っ子かよ。


 落ち着かないのはじっとしてるせいだと思い、窓に寄りかかって外を見る。

 夜の中庭は、月の光を浴びて淡く輝いている。普段は中庭という機能しかないのに、今は中庭っていう場所がある感じがする。


 さて、ももかは幽霊を見つけるまで帰らない気だろう。だったら、ユキに幽霊役をやってもらうのはどうだろうか。騙すのはよくないけど、このまま帰りが遅くなるのはもっとよくないだろう。怖い幽霊じゃなく、怖い人間が出るかもしれない。


 ――なんてことを考えたら寒気がしてきた。やっぱり人間が一番怖い。そうだ、今のうちにトイレへ行こう。僕はトイレを目指した。


 すると、トイレの方から何か音がする。

 何かと何かが軽くぶつかったような音だ。

 目指していた音は、何かと何かが擦れるような音に変わっている。中から来る異質な匂いに襲われ、いよいよ何かいる雰囲気が充満してくる。


 僕は意を決して前へ進んだ。

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