第16話 幽霊探索2
鍵騒動を解決して学校の中に入ると、異質な空気に包まれる。外側のじめじめした空気とは違う。アスファルトから熱を奪う打ち水のように、体から生気を奪っていく空気だ。
同時に、得体の知れないものに狙われているような寒気が襲う。僕らを付け狙っているようで、同時に無関心さをも感じさせる闇だ。
「るんたったら~~」
そんな雰囲気にはおかまいなしに、鼻歌交じりでマイペースに歩くももか。昼間の雰囲気そのままだ。
霊に物怖じしない上、さっきの御札。あの御札を貼られてから、僕はすっかり平衡を取り戻した。
叩きつけられた衝撃のおかげかもしれないが、もしかしたら御札の効力かもしれない。興味が湧いたので聞いてみた。
「ねぇ、さっきの御札のことなんだけど」
「あ、結構きいたでしょ。お父さんのお手製だから」
「お父さんが作ったの?」
「うん。お父さんは神主さんだから。時々御札とか御守りも作ってるの」
驚いた。家族とか親戚がテレビに出た人なら知ってるけど、父が神主は初耳だ。遠い存在の職業が、意外な形で身近になった。
「そうなんだ。確かに、あの御札で叩かれるまで、ちょっと危なかったんだ。どこかへ引っ張られて行く感じがして」
「わわっ……それは結構危険だよ。意識を別の世界に持っていかれると、そのまま目覚めなくなっちゃう人もいるから」
「うわぁ、そんなにひどい状態だったのか。ももかのお父さんに感謝しないと」
そういうと、ももかは少し困った顔をした。
「でも……お父さんはあんまり御札が好きじゃないみたい。霊に対してひどいことをしてるって言うの。人間の都合で霊を駆除するようなものだって。
本来は霊に良いも悪いもないの。昔は、霊はいろんな命の元として、とても大切にされてたの。でも、農業が発達して、食べ物に困らなくなってくると、人間は霊をコントロールできるって考えるようになったの。食べ物を頂いているという気持ちがなくなると、人間は傲慢になるの。そこから、霊を成仏させたりする宗派が出てきたりしてね」
「ふうん。それなのに、なんでお父さんは御札を作ってるの?」
「……売れるから、だって」
ももかの口から軽くため息が溢れる。憂鬱そうな横顔を見ていると、何とかしなければという使命感が湧いてくる。けど、どうしたらいいんだろう。
他人の家庭のことにコメントするのはすごく難しい。一緒にお父さんのことを否定するのも良くないし、かといって肯定するのも違う。どう答えてもいい結果になる気がしない。
でも、普通の人たちは、それを平気で毎日やっている。
だからこそ、毎日楽しそうに過ごせるのだろうか。
「あ、そう言えば今日探す幽霊のこと説明してなかったよね? えへへ、ごめんね。特徴がわかんないと、見つけられないのに」
ももかは手帳を見ながら、幽霊の出る場所と特徴を教えてくれる。生徒からの目撃情報を元に作ったらしい。
僕はももかの話を聞きながら「特徴も何も、幽霊を探せばいいんじゃないか」と思ったけど、それを言うタイミングがなかった。
何も口に出せないまま、気がつくと保健室に来た。
中に入ると、消毒液の匂いが鼻をつき、妙な感覚に襲われる。あまり幽霊にはいて欲しくないが、そんな希望を裏切るには十分な雰囲気だ。
……そういえば、音楽室とかトイレの幽霊は聞くけど、保健室の幽霊って聞いたことないな。
「ここにはね、保健室の幽霊が出てくるんだよ」
聞いたことがないと思った矢先、耳にしてしまった。保健室の幽霊、どことなく
「ええっと、それはどんな幽霊なの?」
「みんなの体調を良くしてくれるんだよ」
……え? それって問題なの?
「授業中に体調が悪くなって保健室に行くと、なぜか入り口の所で体調が戻っちゃうの。そのせいで仮病扱いされる生徒がたくさんいるの」
ももかの話には心当たりがあった。僕も昔、そういうことがあった。
授業中に息苦しくなって、血の気がどんどん引いていく感覚に襲われても、保健室に入る前になぜか治ってしまう。
先生に話すと仮病扱いされるけど、痛いときは本当に痛む。
痛いという言葉の定義は、本人が痛いと思うことだからだ。
「他にはね。誰もいないはずのベッドからね……寝息が聞こえてくるんだよ」
……それはサボりを見つからないようにしてるだけなんじゃないかな? 眠いから保健室で寝るって人は多いらしいし。それに、誰もいないことをどうやって確かめるのだろう。カーテンめくって見るのか?
僕の疑問を余所に、ももかはベッドを矯めつ眇めつしている。どこかに幽霊の痕跡がないか探しているのだろうか。僕も彼女に倣って見てみるが、ごく普通のベッドにしか見えない。
ユキは他の場所で幽霊を何度か見てるんだし、学校にいる可能性はゼロではない。ただ、限りなくゼロに近い。つまりゼロだ。
あ、そう言えばユキには幽霊が見えるんだっけ。ならユキに探してもらえば……と思ったけど、僕の後ろで完全に目をつぶっていた。肝心な時に役に立たない。
けど、もし幽霊がいたら同じ幽霊のユキには反応する気がする。そう考えると、ユキに誰も寄って来ないなら幽霊はいないと考えても良さそうだ。
「う~ん、中々見つからないね」
「そうだね。あんまりいそうにないし」
推論で幽霊の可能性をなくした僕はそう答えた。
だが、その答えを自信アリと思ったらしく、ももかは喜んで言った。
「すごーい、わかるんだね。いいなぁ、私も霊感欲しいなー。幽霊の友達が増えそうだよね」
「うーん、友達ねぇ……」
「れいくんは、友達欲しくないの?」
どうだろう……。意識したことはないが、少ないほうがいいと思う。色々な人の顔色を伺わなくてすむし、いつ友達に会うかと緊張することもない。
僕が屋上で昼ごはんを食べるのも、誰にも会わなくて済むからだ。それに――。
僕が少し考え込んでいると、ももかが呟いた。
「私も、中学の頃は欲しいと思わなかったな」
まるで嫌いな食べ物を言うかのような自然さだった。
「私、中学の頃は体が弱くて、ほとんど保健室にいたの。それに、部活に入れなかったから、帰るのも大体一人で……。普通の学校生活にずっと憧れてたの」
ももかが語る間、僕は自分が中学の頃のことを考えていた。
一人で授業を受けて、一人で帰る日々。ただ、僕の場合は病気ではなかった。
普通に通って、普通に過ごした故の一人だった。どうして普通に過ごしているのに、普通じゃなくなってしまうのだろう。
「普通って何なんだろ……」
僕の呟きは、廊下に響く足音にかき消された。
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