第15話 幽霊探索

 夜。ももかの提言により、僕とユキは幽霊探索に乗り出すことになった。


 本当はこんな面倒なことはしたくなかった。でも勢いで約束しちゃったし、女の子を夜の校舎で女の子を待ちぼうけにするわけにはいかない。

 それに、もしかしたらユキに関する何かがわかるかもしれない。昨日ももかが言ってた屋上から飛び降りた幽霊が実在して、ユキと関係があるのかも。ユキは何かの予感に導かれて屋上に来たと言っていたからな。


 ちなみに、当のユキは小動物のように震えている。

 幽霊のくせに幽霊を怖がるとはどういうことか。「クレタ人は嘘つきだというクレタ人」みたいな違和感がある。理由を聞くと「だって夜の幽霊よ? 怖いじゃない!!」ってことらしい。昼の幽霊とは何か違うのだろうか。

 ま、怖さは理屈じゃないからな。それに、人間のくせに人間が怖いって人もいるし、普通なのかもしれない。


 ももかの提言により、全員が制服である。「学校に来る幽霊は制服好き」とのこと。実に変態的な推論だ。


 ダンジョンとなる学校の道には、落ち葉が所々落ちていて歩くたびにクシャっという小気味良い音を立てる。梢が軋む音や風が抜ける音と混ざって、夜の不気味な雰囲気を演出していた。

 ――なんだか僕も怖くなってきたな。本当に幽霊が出てきてもおかしくない不気味さだ。出てきてほしくないが、出てこないと探索は終わらない。哲学的問題だ。


「よーし、はりきっていくよー」


 一方、昼間と変らぬテンションでいるももか。不安を微塵も感じさせない笑顔で、今は頼もしい。


「うん、頑張ろう」


 そんな笑顔を見て、僕はつい乗り気な返事をしてしまう。頑張るって、一体何をどう頑張るんだ?


「でも……もし危ないことがあったら……れいくん、お願いするね」


 ももかは不意に瞳に影を浮かべて、僕から顔をそらした。急に頼りにされて、心臓が揺れる。

 夜の学校に二人きり(正確には三人だけど)という状況と、ももかの不安そうな表情が重なり、僕の心に訴えかけてくる。面倒くさいと思うものの、それに拒否するほどの意志は持ち合わせていなかった。


 一方のユキは、小さくなって僕の右後ろに付いて来ている。まるで背後霊だ。僕の右の肩だけにかかるアンバランスな重みもちょっと不気味だ。全く戦力にならないので、ももかだけが頼りだった。


「ほら、こっちこっち」


 ももかが玄関口から少し離れた場所の窓まで歩き、窓に手をかける。ユキが役に立たない分、是非とも頑張って欲しい。


「あっ、あれ??」


 ももかが大きな瞳をさらに見開いて声を上げる。深呼吸をして、意を決したかのようにもう一度窓に手をかけたものの、ももかの小さな指がプルプル震えるだけだ。

 暫くすると彼女は力を込めるのをやめて、ぎこちない笑顔を浮かべながら僕の方を見た。


「開けてたの、ここの窓じゃなかったかな?」


 ……大丈夫、大丈夫。これは多分、緊張している僕を和ませるために言ってるんだ。

 だが、ももかは一縷いちるの望みを絶つかのように、一階の窓に手当たり次第に手をかけてはうんうん唸っている。

 これはひょっとして、学校に入れずに終わりかな。せっかく来たのに何もせず帰るのはやるせない。面倒ごとが減るとはいえ、途中まで進めたのだから見返りが欲しい気分だ。


 けど、窓の方へ歩きだそうとすると、ふと足が止まった。前へ進みたいのに、得体の知れない大きな抵抗を感じる。

 体に感じる違和感は、なぜか既視感へと変わっていった。この感覚、どこかで覚えがある。


 ――そうだ、図書室だ。あの時、本を引き抜こうとした感覚に似ているんだ。

 あの、眠らせざるを得ない種類の闇も引きずり出してしまうような感覚。そして、それに対抗する力を持たない自分への無力感。


 なぜだろう。なぜ僕は窓を開けるくらいでこんな感覚に襲われなければならないんだろう。

 胸の底の方が銅鐸にでもなったかのように重い。やがてその感覚は、僕の足元に大きな穴をこじ開けようとしてくる。

 不吉な感覚に耐えようと、足に力を入れて踏ん張ろうとするも、力が入られない。徐々に意識が沈んでいく。


「れいくんっ!!」

「!?」


 そばで大きな声がして驚くと、額に衝撃が走り、目の前が真っ白になる。

 堪えきれずに何歩かよろめくと、視界が急に開けてきた。僕の額を覆ったものが取れて、力なく地面に落ちていったからだ。


「……この紙は何?」

「魔除けの御札だよ~。れいくん、呼びかけても返事が全くないから、何かに取り憑かれたのかと思ったよ」


 拾った紙には「悪霊退散」という筆文字と、赤い紋様が描かれている、結構本格的なものだった。


「ありがとう、助けてくれて」

「ううん、いいの。幽霊で困ってる人を助けるのがわたしの生きがいだから」


 ももかはそう言って、屈託のない笑顔を向ける。その笑顔がいつもより眩しく感じた。


「それより、窓開いてたよ。ちょっと動きが悪かっただけみたい」


 ももかはそう言うと、僕の手を引いて校舎へ向かう。さっきまであった妙な感覚は、すっかりどこかへ消えてしまっていた。もしかしたら御札の効果なのかもしれない。

 でも……一体あれは何だったのだろう。

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