第14話 幽霊部員ばかりなので
ももかに連れられて入った部屋の中は、こっちが気恥ずかしくなるほど女の子色に染まっていた。
完全に私物化されてるな……。部室らしさがまるでない。
「わっ、かわいー」
声の方を見ると、なぜかユキが後ろにいた。いつの間に来たんだ? まるでここに来るのがわかっていたかのようだ。
あ、ひょっとして僕が幽霊部に連れてこられたのはユキの差金なのか?
僕の疑いの目に対してユキはウインクで応えた。やはりか。とすると、ももかが階段を走ってたのはユキのせいなのか。
僕が訴えの目を向けると、ユキはもの珍しそうな顔で部屋を物色し始めていた。まぁ、何も喋らなければ無害な奴だし、好きにやらせておこう。こっちはももかの相手で手一杯だ。
「わっ、五目並べがある! こっちは将棋崩しだわ!」
ユキの言う方へ目を向けると、確かに碁盤と将棋盤が置いてある。どうやら対極途中のようだが、将棋はお互いに王将が取られているし、囲碁は線の交点ではなくマスの間に石が置かれている。どっちも適当にやっているようだ。
「なんでこんなものがあるの?」
「それは囲碁将棋部のときの名残だよ」
ももかが説明してくれる。
「え、ここって元は違うの?」
「うん。元々は囲碁将棋部だったけど、ヒ○ルの碁のブームが去って以来、殆どが幽霊部員になっちゃったの」
「へぇ~、そうなんだ」
どこの部にも、不真面目な人はいるもんだなぁ。
「だから、私達はここを幽霊部にしたの」
……え?
「幽霊部員ばっかりだから、幽霊部にしたの」
僕を気遣って、ももかが二回目の説明をする。気持ちは嬉しいが、正直全くわからない。
「幽霊関連の活動をしてるわけじゃないの?」
「ううん、してるよ。でも秘密なの」
「秘密?」
「表向きには囲碁将棋部だけど、実際には幽霊部なの」
「……そうなんだ」
深刻そうな顔のももか。なんだかよくわからないけど、裏でいろいろと良からぬことをしてるのかな?
「ってああーーーっ!! これ部員以外に話しちゃいけなかったんだーー!!」
ももかは細い五本の指で顔を覆うように腕を振った。いちいちリアクションが大げさな子だな。図書館で遭ったときのおどおどした感じと正反対だ。
そして、ももかは人差し指をビシッと僕に突きつけて言った。
「よし、君も幽霊部に入っちゃおう。これで共犯者だね」
「いや、そんな変な部に入る気は」
「じゃあ早速、部活動を始めちゃおっか」
僕の意見を全く聞かず、話を進めようとしてくる。この子、やっぱりユキと同じタイプだな。どこまでも自分を押し通してくる。
「……最近、この学校に幽霊がたくさん出て問題になってるの」
ももかは声のトーンを落として言った。うん、確かに問題になってるな。僕の後ろで戸棚を物色してる奴なんて特に。
僕は少し呆れ気分になる。すると、思いもよらぬ言葉が飛んできた。
「例えば、戸棚をあさって、物をぬすんだりする幽霊とか」
刹那、背筋が震えた。まさかももか、ユキが見えてるの?
……いやいや、曲がりなりにも幽霊なんだから、そう簡単には見えないはずだけど……でも他全員に見えない道理もない。
ていうかユキ、お前はいい加減に物色をやめろ。ももかに疑われてるかもしれないんだぞ?
そんな僕の心配をよそに、ももかが眉根を寄せながら続ける。
「屋上から飛び降りた女の子の幽霊とか……」
え……?
「屋上」「幽霊」という単語にドキっとする。僕は反射的に、部屋の隅っこで剣山と文鎮を見つけて興奮しているユキを見た。ユキは体の色々な部分に剣山を当てて恍惚の表情を浮かべている。悩みなんていかにもなさそうだった。
「だから……一緒に幽霊退治をしてほしいの。君って、霊感強そうだもん」
「え、と……別に、普通だと思うけど」
「ちょっと宿題見せて」と言う時のような感じでももかが頼んでくる。
勉強できそうってのは(できないのに)言われるけど、霊感強そうって言われたのは初めてだ。まぁ、事実そうなのかも。幽霊見えてるし。
「わたしも、幽霊見えるようになりたいけど、ダメなんだ。見えるようになったらいいのに」
「いや、見えてもあんまりいいことないよ?」
見えても、変な幽霊に取り憑かれているのがわかるだけだからねぇ。
……と、僕は自分の発言が失言だったことに後で気づいた。
「すっごーい! やっぱり見えてるんだね。わたしのカン、バッチリ!」
「いや、別にそういうわけでは……」
「隠さなくてもいいよ。わたし、そういうのを求めてたの。これは渡りに幽霊船ね」
僕の否定を無理やり肯定に曲解したのか、ももかは身を乗り出して宣言した。
「よし、決まりっ。今日の夜、学校に集合ね!」
「え……夜中に?」
「当然だよ~。夜じゃないと、幽霊さんは起きてこないでしょ?」
いや、僕らと同じ生活リズムの幽霊がここにいるんだけど……
どうしようか。断るには、ほんの少し受け入れるとか、期限を引き伸ばすのが有効だったはず。
「ええと、それって今日じゃなきゃだめなの?」
「だめだよ。霊にも旬があるから。それに、早くしないと生徒会の予算会議が始まるの。実績を出しとかないと廃部になって、本当の幽霊部になっちゃうの」
仕方ない、それなら期限を引き伸ばす作戦で――と思っていた矢先、チャイムが鳴った。
「あ、もう昼休み終わっちゃったね。もうちょっとお話したかったのに」
ようやく終わった。満足げなももかとは裏腹に、僕は心底疲れ切っていた。ちょっと疲れた……。
しかし、教室のある校舎まではももかと帰り道が一緒なので、必然的に延長戦に付き合う羽目になってしまう。Vゴール形式の復活が期待されるところだ。
「じゃ、また夜にね」
連絡先を交換し、階段の付近でようやく別れる。連絡先の登録のことを交換というのは、名刺交換の名残らしい。そんな雑学を思い出しているうちに、ももかは子犬のような小走りで自分の教室へ駆けていった。
……あの約束、本気なんだろうな。
遠ざかっていく後ろ姿を眺めていると、ため息が零れた。一方でユキは、大好物を食べる小学生のように瞳を輝かせていた。
「いきなり夜デートなんて、やるわねぇ」
「いや、デートじゃないって」
もうどうにでもなれ。
僕は両手で頭を抱えながら、掴み所の全くない二人に振り回される運命を恨んだ。
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