第13話 誰にでも抱かれる女の子

 嵐の前の静けさというのは、多分3分前の僕みたいな状況のことを言うのだろう。気がついたら僕は、嵐に巻き込まれ、図書館で出会った女の子に抱きつかれていた。


 名前はたしか……ももかだったはず。

 ユキはももかちゃんと呼んでいた。名字は忘れちゃったけど、まぁ支障ないだろう。雰囲気的にももかという呼び方が合ってる気がする。


 ももかは階段の上から僕を見るや否や、フリスビーを追っかける犬のごとく走り出し、降りる途中でバランスを崩して見事に僕にダイブしてきた。受け止めた胸が衝撃で少し痛む。


 いきなり幸せの塊が体に飛びついてきて、どうしていいのか判断が追いつかない。


 僕が後ろの足で踏ん張ると、言わずもがな2つの膨らみが押し付けられる。見かけによらず結構なサイズだ。

 やっぱりユキにスリーサイズを聞いておくべきだったな……。


「……おーい?」


 ももかは僕の呼びかけに対し、僕を抱きしめる力を増すことで応える。

 ももかの指先から体の震えが伝わってくる。そして、顔は僕の胸元の上あたりに押し付けたままだ。


 ……ももかさん? 早くどいてくれないと僕、明日から学校に来られなくなるんですけど? ほら、そこの窓際の女子三人組がすごい目で見てるしさ。


「……はっ!」


 僕の念が通じたのか、ももかが勢い良く離れる。

 そして、「ごごごごごめん」と言いながらあたふたしたかと思った刹那、僕の手を握っていきなり走りだした。


「ちょ、どこ行くのさ!」

「説明は後! とにかく走って逃げよっ」


 驚いて出した「わっ」という素っ頓狂な声が、階段に置き去りにされる。

 ももかは廊下を抜け、部室棟への連絡通路を越えて、黒いカーテンが掛かった異質な感じの部屋の前で止まった。廊下にいくつかの机が乱雑に置かれ、生徒の声があまり聞こえない場所だった。


 こんな所に連れて来て、一体どうするつもりなんだ?


 ももかは膝に手をつき「んあぁっ……はぁぁ……」という切れた呼吸をしながら、僕の方へゆっくりと顔を向ける。少し上気した頬と唇に、僕の目が釘付けになる。


「びっくりしたよぉ。みんなが見てるとこで急に抱きついてくるんだもん」

「……それは違うんじゃないかな。僕には君が階段を踏み外して、僕の体めがけて突っ込んできたように思うんだけど」

「ふ、踏み外してなんかないもんっ。急いで降りてたら、足を着く前に階段が消えたのっ。それで、思わず前のめりになっちゃって、勢いを止めるために壁に体当たりしようとしたら、急に抱き止められちゃったんだもん」

「いや、だって君が僕に突っ込んでくるから仕方なく」

「しかもみんなが見てる前で……。どうしよう、誰にでも抱かれる女の子だと思われちゃうよ……」


 ももかの間違いを訂正しようとするも、無理やり言い換えられてしまう。

 この感覚、まるでユキを相手にしてる時と同じだ。僕はまた新たな難題をかかえることになるのだろうか。


「こうなったら、あなたにも責任をとってもらわないと」

「責任も何も、僕は何もしてないんだけど」


 彼女は僕に目を合わせると、スローモーションのような動きで右手をあげ、僕に手のひらを差し出した。

 まるで、いつかのニート幽霊のようだった。嫌な予感がした。

 そして、少女の言葉が一つ。


「幽霊部に入ってもらえませんか?」

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