第11話 守護霊なるなる詐欺3

 自分の口下手にルサンチマンを覚えつつ教室に戻ると、ユキが何やら悪いことでも思いついたかのような顔して待っていた(これは比喩ではない)。

 席につくなりユキは「女の子を泣かせるなんてサイテー」と囁いた。


「どうしてそんなこと知ってるの?」

「あ、やっぱり泣かせたのね」


 しまった。カマかけられたのか。ユキのしたり顔に何となくイラっとする。


「レイくんが女の子に興味を持つのは嬉しいけど……ああいう強引なのは、ちょっとね」

「待て待て待て、とんでもなく誤解してない?」

「人気のない図書室の奥で、踏み台に乗って高い場所の本を取ろうとしてる女の子を狙って」

「いやいや、違うんだって! というか、僕はそこまで鬼畜な人間に見えるのか? どうみても善良な一般市民だぞ」


 僕は誤解を解くために、実際に起こったことをあけすけに説明した。ユキの口車に乗せられたことも知らずに。


「……なるほどね」


 そして、彼女の口から驚愕のセリフが飛び出した。


「わかったわ! あの子が君の意中の人ね。そして、あなたの告白を打ち砕いた人」

 ってえええぇぇぇぇっ?!

「そうと決まれば早速再アタックよ! 大丈夫、今度は私が付いてるから」

「だから違うと何度言えば」

「えー、別に隠さなくてもいいのにー」


 どうあっても、僕があの子を好きなことにしたいらしい。そのやる気は一体どこから来るんだろう。今後のために少し聞いておこうか。


「……ったく、どうして恋愛にこだわるのさ?」

「それは、お給料を貰うためよ」


 ん……給料? 以前はそんな話なかったぞ。


「私を雇うのなら、ちゃんと給料も支払ってもらわないと」

「ちょっと待て。お前、無理やり人に取り憑いておいて、その上給料だと? しかも僕が払うの?」


 ずうずうしいことこの上ない。


「あ、給料と言っても、お金じゃないのよ。どうせ私には使えないから。あなたは、給料として、私に仕事を頼み続ければ良いのよ」


 正直、延々と無駄話を聞かされる予感しかない。ここで間違えると後が厄介だよな。僕は、少し腰を入れて耳を傾ける。


「私、仕事がなくなると浮遊霊と間違えられちゃうの。

 さっきも退魔師を名乗る人間に狙われそうだったわ。だから、あなたはどんどん私を使ってね。そうすれば守護霊に見えるから、成仏しなくて済むかもしれないし」


 あまりにも(というか予想通りの)理不尽な要求に、僕はストップをかける。


「待て待て。お前の言ってることってさ……『取り憑いてあげるから、変わりにずっと取り憑かせてあげる』ってこと?」


 そう言うと、ユキはまた眉を釣り上げる。


「そんな悪徳商法みたいなこと言ってないわよ! 何よ、人を悪徳商法みたいにっ……!」

「大事なことだからって、わざわざ二回言わなくても……」

「敢えて言うなら『取り憑かせてもらってる以上、ずっと取り憑いて欲しくなるように振舞いたい』って感じかな?」


 勝手に都合よく言い換えるなよ。

 それは薄い本とかでよくある「初めは嫌でも徐々に気持ち良くなるから」ってのと同じじゃないか?

 もちろんユキは僕の意見を無視し、さらに難題を吹っかけてくる。


「あとね……満足しちゃうと成仏するかもしれないから、気をつけてね。私がレイくんのハーゲンダッツをこっそり食べちゃったときも『世の中にはもっと美味しいアイスがあるんだよ』って言ってね」


 駄目だ。さっきからツッコミとスルーのエンドレス。僕はなるべく平穏な生活を送ろうとしてるのに、それすらも出来ないのか。


 ……しょうがない。ユキに取り憑かれた時点で、それは諦めなければいけないのだろう。何もしたいことがない生活より、若干は良いのかもしれない。

 けど、それが恋愛である必要はなんなのだろう?


「あのさ、ユキのやりたいのって、僕を幸せにすることなんだろ? だったら、別に恋愛じゃなくても良くない?」


 個人的には学校の成績が良くなれば幸せだけど、それじゃ駄目なのか?


「それは違うわ。レイくんだって、国語を教わるなら化学の先生より国語の先生がいいわよね? レイくんがいくら国語の勉強をしたくても、化学の先生に教えてなんて言わないでしょ? 

 守護霊もそれと同じよ。守護霊の得意分野を存分に活かして活動してもらう方が、憑依者にとっても有益なのよ」


 うむ。それは一理あるけど、ユキって別に恋愛が得意なわけじゃないよね? 猪突猛進するタイプが恋愛の駆け引きを理解しているとは思えないし。


「才能のことを英語ではギフト、神様の贈り物というのよ。誰もがみな、神様から才能をもらってるの。例え望むものと違ったとしても、ギフトは人の人生を輝かせるための最上の物よ。捨てるのは勿体無いわ。

 才能、つまり守護霊の導きに身を任せることが、レイくんの人生を素晴らしいものにしてくれるのよ」


 ユキがどんどん上機嫌で捲し立ててくる。


「いや、僕はそもそもユキを守護霊とみとめたわけじゃないし」

「ああっ! 恋愛に満ち足りた人生って素晴らしい!

 想像してみて。恋愛なんて興味ないと思いながらも女の子がじゃんじゃん寄ってくるところを」


 そんなラノベ主人公みたいな展開はいやだ、と思っても無駄なんだろうな。仕方ない、適当に泳がせておくか。


「というわけで、レイくんの初恋成就作戦――開始!! まず、図書室の女の子と仲直りする方法を考えないと」

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