第7話 腹が減っては乳房は出来ぬ
「なんで幽霊なのに飯が食えるんだ?」
当然のごとく家まで付いてきたユキの幽霊らしからぬ生態が、いくつか判明した。何と、幽霊なのに食事をするのだ。
一緒に食べる親にバレないようにする方法を考えていたが、幸いにもテレビに夢中だったようで、ユキには気づかないようだ。僕の隣の椅子が動いたり、食べ物が急に消えたりしてるのに。親の無関心ここに極まれる。
「知らにゃいわよ。れもお腹空くんだから、しょうがないれしょ」
ユキがご飯を咀嚼しながら答える。相変わらず忙しない子だ。少しは喋るのを我慢できないのだろうか?
ユキが食卓に来たのは想定外だが、晩ごはんを食べてくれるのは正直ありがたい。親は僕が男の割に細いのを気にして、やたらと量を増やしてくるからだ。毎度残すのも後ろめたかったので、余った分をユキが食べてくれれば助かる。
ところで、幽霊が食べた場合、エネルギーはどこへ行くのだろう。幽霊も成長するのだろうか。
「腹が減っては乳房は出来ぬ」という諺もあるし、少しは胸に栄養が行くといいかもしれない。
「んー、ちょっとこの姿勢は食べづらいわね」
しかめ面で席を立ったユキは、僕の反対側に周りこんだかと思うと……なぜか僕の膝の上に座った。
「いやいや、これはないでしょ」
「大丈夫よ。私はバレないから」
バレるバレないの問題か?
幽霊とは言っても、見えないだけで他は普通の人間と一緒だ。触れるし、重いし、体温も伝わる。
女の子を背中から抱きしめてるのと大差ない感触が僕を襲っている。髪から女の子の香りがするし、お尻からは女の子の重みがする。
「はい、あーん」
ユキはそう言って、食べ物をせがむ。僕は唐揚げをつまみ、自分の口へ放り込む演技をする。
僕の口の少し手前で唐揚げは消えてしまう。周りからは僕が食べているように見えるのかもしれない。
「いいわね、これ。とっても食べやすいわ。明日もこうしましょう」
倫理上大きく問題ある気がする。だが、一度こう言い出したら聞かないので、僕は渋々従ってしまう。
ご飯の他に、疑問がもう一つ浮上する。僕が寝ると言うと、ユキも「寝る」と言い出したのだ。
幽霊でも寝るのか。というか、守護霊を名乗るのなら、僕が無防備な時にはちゃんと起きて見守って欲しいのだが。
布団は用意しなくていいと言うので、僕は自分のベッドに入った。
ユキはどこで寝るのかと思って見ていると、なんと、ユキは僕の隣に入ってきた。
ベッドは一応、二人分のスペースがある。親が僕の突然変異レベルの成長を期待して、大きいベッドを買っていたからだ。しかし、悠々と寝られるほどではないため、必然的に体が密着してしまう。
「……本気?」
「しょうがないでしょ。ここしか寝るところがないんだもの」
「いやいや、布団敷くって言ったでしょ」
「布団だけ置いてあったら何事かと思われるでしょ。TV局がやってきて『怪奇、勝手に敷かれる布団!?』みたいに特集組まれちゃうわ」
誰が見るんだそんなの。布団が勝手に敷かれたら怖いどころか嬉しいじゃないか。怪奇じゃなくて快適だよ、ふふっ。
「ちょっと! 人の胸を見ながら笑うなんてひどいわよ」
「いやいや、見てないから。何もない空間をぼんやり見てただけだよ」
「な、何もないですって!? そんなことないわ! 洗濯板には、汚れを落とすための突起がついてるのよ!」
「はいはい、ユキにはちゃんと突起がついてます。確認しました」
「わかればよろしい」
得心がいったらしく、ユキは満足げに鼻をふくらませた。その程度で喜べるのはある意味すごいと思った。
「じゃ、今度はレイくんの胸の内側の話ね。悩んでることがあったら、全部守護霊の私が解決してあげるわ。今日から毎晩、ここで恋の相談に乗ってあげるわよ」
「いらないよ」
僕はユキに背をむけ、本格的な睡眠モードに入ろうとする。
「だーめっ、おーきーて!」
「やだ、夜だから寝る。寝言で好きな人の名前を言うかもしれないから、それに期待しとけば?」
「……なるほど、それもそうね」
無茶苦茶な理由だと思ったが、ユキはあっさり引き下がった。
なるほど、こう言えば引き下がってくれるのか。次からこうやって追及を逃れよう。今日から「続きは寝言で」が僕の決め台詞だ。
ユキを躱す方法を覚えた僕に安心が訪れた。やがて安心は眠気へと変わり、僕は穏やかな眠りについた。
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