第6話 真のニートになる方法

 今日最後の授業が終わり、放課後のチャイムが鳴る。


 僕は授業そっちのけで、この幽霊を今後どうするのかについて考えていた。変な自説を聞かされるなどのデメリットはあるが、テストの時は助かるからな。

 雇ってみるのは怖いが、付いてくるだけなら悪くないかもしれない。


 こんな思考をしてしまう自分が若干怖くもあった。普通なら幽霊なんて怪しげな物、即座にお断りだろう。それに、ニートについて考えるのも好きではない。なんとなく、現実を突きつけられてる気がするし。

 

 少しぐらいは気にすべきだろうか。生前はどうだったとか、どうやって幽霊になったとか。「死は永遠に人を救う」と彼女は言っていたが、彼女は死んで本当に救われたのだろうか?

 それを聞くのは怖かった。人の内側に踏み込むのは勇気がいる。


「ねぇ、そういえばさぁ……どうして屋上に来たの?」


 ふと、彼女が口に出す。


「ええと、それは……」


 僕は答えを出そうとする。けど、口の中にじんわりと苦味が広がって言葉にならない。誤魔化そうとして無理やり飲み込むと、それは全身に行き渡ってしまった。

 身体の中で声が反響する。どれだけ意識をそらしても、声は消えず、出口のない体の中を彷徨う。

 いっそ、このまま体を突き破って欲しかった。そうすればきっと、楽になれるはずだと思う。


「隠さなくてもいいわ。私は幽霊だから何でも透けて見えるの! ず・ば・り、好きな子に告白して振られたたんでしょ?」

「ええっ?! いや、違うよ!!」


 なぜなら、僕はまだ誰にも「好きだ」と言った事はないからだ。だから振られもしない。……ちょっと悲しい理屈だった。


「どうしてよ。振られたんなら、相談にのってあげられるのに。なんなら、次の作戦も練ってあげるわ」

「どうしてお前の都合で振られなきゃいけないんだ。それに、もしそうなったとしても相談なんかしない」


 間髪いれずに断ると、彼女は困ったように眉をよせた。


「ちょっと! 少しは考えてよ! それに、お前だなんてひどい! 私にはちゃんと名前が――あれ、何だっけ?」


 まるで電池が切れたかのように喋りが止まった。急に訪れた沈黙に、なんとなく居心地が悪くなる。

 彼女は額に手を当てると、頭の奥から記憶を引き出そうとするかのように指を動かした。しかし、いつまで経っても彼女の口からそれ以上の言葉は語られなかった。


「ひょっとして、覚えてないの?」

「うぅ……せっかく名前で呼んで欲しかったのに……おかしいわね……なんで思いだせないのかしら」


 しょんぼりと肩を落とす。そんな仕草を見ていると、なんだか名前がないのが可哀想に思えてくる。それに、名前がないと、どんなものも存在することができない。

 だからだろうか。僕は、彼女に存在を与えたくなった。まるで天地創造みたいだ。


「――ユキ」


 その言葉を徐々に体に染み込ませるように、ユキはゆっくりと顔を上げた。


「私の名前……ユキ?」

「そう。雪のように白いって意味だよ。似合ってると思うけど」


 すると、彼女の顔にぱっと大きな花が咲いた。ニート→無職→無色→雪という連想で作った名前だけど、喜んでるから大丈夫だ。


「わかってるじゃない!! もうこれは相思相愛ねっ、間違いなし!! やっぱり取り憑く相手はレイくんで正解!!」


 いや、早いとこ諦めて、他の人に取り憑いてくれないかな……。それに僕、名前教えてないけど……あ、テストのとき見たのか?

 無駄に親しくなってしまったせいで、ため息と愚痴が同時に零れてしまう。


「取り憑かなくていいよ。それに、どうして恋愛なの? 屋上のときはニートや死や幸福について一生懸命喋ってたじゃないか」

「言ったでしょ。ニートになるには一周しないと駄目なのよ。そして、ニート以外の生き方は存在しないことがわかったとき、真の幸福が訪れるの」

「それは幸福じゃなくて絶望じゃない?」

「だからね、恋愛は早くすべきなの。歳を取ってから恋愛すると、いつまでも恋愛に幸福を求めるようになるのよ。将来幸せなニートになりたいなら、まずは恋愛よ」

「……まぁ、百歩譲ってそうだったとしても、ユキは恋愛相談なんかできるの? 見るからに頼りなさそうなんだけど」


 そう言うと、彼女は眉を吊り上げ抗議した。


「よく考えなさいよ。私は幽霊なのよ。他人の家覗き放題なのよ?

 だから、フラれた女の好みのタイプとか、悩みとか、いつもつけてる下着の色とか、なんでも教えてあげるのになぁ……」


 下着の色?! 確かにそれは興味があるな。ABC48みたいなアイドルなんかの下着も……さらに言えば、アニメキャラの下着も見れるんじゃ?


「もしもーし? 顔が崩れてるわよー」

「えっ……いやいや、何でもないよ」


 いけないいけない。つい怪しげな妄想のテントが膨らんでしまった。


「けど、これで私のすごさがわかったと思うわ。どう? 私に任せる気になった?」


 ……どうしようか。

 僕は別に、告白して振られたわけじゃない。でも、告白してフラれたくない人はいた。僕は今でも、その人のことで頭がいっぱいになることがある。温かさと同時に、胸をギリギリと締め付けるような感覚が蘇ることが。

 と、気がつくと彼女の顔が目の前にあった。


「ふふ……やっぱり気になる人がいるのね」

「え……ち、違うよ。これは……その……」

「隠さなくてもいいわ。私に任せておけば、若者が探している恋の秘密はすべて筒抜け。新しい恋に新しい風を。膨大な秘密を、ディレクターズカット版でわかりやすくお届けするわ」

「は……はぁ」


 何かシュールな言葉のせいでよくわからなかったけど、どうやらユキから逃れるすべはないらしいことはわかった。

 どうやら僕の高校生活の恋愛は、とんでもない形で始まってしまったようだ。

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