本当のこれから

増田朋美

本当のこれから

本当のこれから

寒い日であった。寒いからこそ何かスポーツができるという人もいるが、大体の人は、部屋の中にずっといるとか、そんな日々を過ごしていた。犬は喜び庭駆け回り何て言葉は大ウソで、犬でも部屋の中にいるくらいの寒さである。

さて、そんな寒い中、食品だけはどうしても買いに行かなければならないので、杉ちゃんと蘭は、近所のスーパーマーケットに買い物に行った。スーパーマーケットは、いつも通り人が流れていた。その日は、特売をしていたらしく、女性が多く来店していた。杉ちゃんと蘭がいつも通り、買い物を済ませ、バラ公園近くの道路を通って、さあ帰ろうかと道路を横断しようとしていたところ、ひとりの女性がやってきて、猪突猛進に突っ込んできた。もうちょっと近くを走っていたら、杉ちゃんは危うく車いすをひっくり返されるところだった。

「おいおい、気を付けてくれ。車いすをひっくり返されたら、たまったもんじゃないぜ。」

と、杉ちゃんに言われて、女性は、やっと気が付いたようだ。

「申し訳ありません。私の不注意で。」

と、彼女は杉ちゃんに何回も頭を下げるのであった。

「そんな、何回も言わなくていいんだよ。僕は、一回言ってくれれば、全然気にしないから、其れでいいだよ。」

と、杉ちゃんは、カラカラと笑った。でもどうもこの人、普通のひととは違うなあと蘭は思ってしまうのであった。何か重大なことがあったような、そんな感じの顔をしている。

「なあ、お前さん何かあったのか。何かすごく慌てていたみたいだからさあ。」

蘭より先に杉ちゃんが言った。杉ちゃんという人は、答えが出るまで何回もきき続けるものである。そしていい加減な回答では、けっして容赦しない。

「一体何が在ったんだ?悲しいことか?それとも喜ばしいことか?とにかくお前さんの顔は尋常じゃなかった。その理由を教えてくれ。一体何が在ったんだよ?」

杉ちゃんは、そう女性に聞いた。

「ああ、すみません。単に、場所を探していたところです。あの、失礼ですけど、警察署はどこでしょうか?」

と彼女は聞いた。

「警察署?それならお前さんは、逆の方向にいっている。警察署は、この横断歩道を渡らないで、右方向に曲がった方へ行くんだよ。」

と、杉ちゃんはそういった。

「そうですか。そうなると、結構わかりにくいところなんですね。私、この町の事は詳しくないので、迷ってしまいました。」

女性は、そういうことを言っている。

「よろしかったら、僕たちが連れて行って差し上げますよ。警察署は、ここからの方向ですと、わかりにくいところですからね。すぐに行きましょうか。」

と、蘭はそういって、彼女と一緒に警察署に向って移動し始めた。彼女もそれについていった。杉ちゃんは、一体なんで、警察署に行くのかなあと言いながら、其れについていった。

「ほら、こちらですよ。富士警察署は。先ほど、曲がると言いましたが、この細い道を曲がるのではなくて、こっちの大通りを行くんです。その前に、曲がるところがあるから、たどりつけなかったんじゃありませんか?」

と、蘭は警察署を指さした。

「ああ、ありがとうございます。本当に助かりました。」

彼女はそういって、また先ほどの慌てた表情になり、すぐに警察署の玄関先へ向かっていった。ちょうどその時、正面玄関のドアが開いて、華岡が出てきた。

「あの、刑事さんですよね。私、原口芙紗子の母親の原口朝子です。あの娘を殺した犯人がみつかったと聞いたものですから。」

女性は、華岡に詰め寄った。

「そんな事件は在ったかな?」

と杉ちゃんと蘭は顔を見合わせた。

「はい。実はですね。昨日、容疑者の菅奈津美を逮捕しましたが、菅奈津美は、今朝、自殺を図って、病院に運ばれたところ、死亡したと連絡がありまして。すみません。あまりにも、事が早く進んでしまったものですから、連絡をすることができませんでした。」

「まあ!そんなこと言って!あなた方警察は、そういう風に人が死ぬことに慣れすぎるくらい慣れているから、どうとも思わないでしょうけど、私たちにとって、芙紗子は大事な娘なんですよ!どうして警察は、そうやって、大事なことを軽視するんですか!」

華岡がそういうと、女性、つまり原口朝子さんは、そういうことを言った。

「まあ、そうなんですけどね。こっちも一つの事件ばかりに、執着していてはいられないんです。其れくらい、いろんなところで事件が起きているんですよ!」

そういう華岡は、もう事件は解決したんだら、其れでいいじゃないかという顔つきだった。そういう事を扱っている以上、感情も薄れてしまうのかもしれない。

「一寸待ってくれ。事件とはどういうことなんだ。この原口さんの娘さんが、誰かに殺害されたということなのかな?」

杉ちゃんが華岡に聞くと、

「ああ、まあ、杉ちゃんに聞かれると、答えを出さなきゃいけないということだな。まあ、説明すると、先日、原口朝子さんの娘の、芙紗子さんが、菅奈津美という女性に金属バットで殴られて、殺害された。芙紗子さんは、学校の補習があって、そこから帰る途中だった。菅は、電車に乗って帰ろうとした芙紗子さんとたまたま偶然目が合って、それで、言いがかりをつけたらしい。幸い、菅と芙紗子さんが路上で言い争っているのを、通行人が目撃していたので、菅が犯人であることはすぐ目星が付いて、直ぐに逮捕に踏み切ることができたんだが、、、。」

と、華岡は頭をかじりながら事件の概要を説明した。

「で、その菅奈津美という女性が、自殺でもしたのかい?」

杉ちゃんが聞くと、

「ああ、留置場の中で、首をつっていたよ。きていた服を破って、上半身裸になってな。全く、犯罪者は、不思議な能力のようなものがそなわっているらしく、そういう風に、自殺する方法も考えてしまうんだな。」

と、華岡は淡々と答えた。

「刑事さんだからと言って、そんな風に関単に娘のことを扱わないでください。娘は、菅奈津美に殺された。其れが、事実なんですよ!それなのになんで、そんな風に簡単に言えるんです!」

朝子さんが言うのもわからないわけではない。でも、華岡は、困った顔をして、

「でも、容疑者である菅奈津美は、もう死んでいます。ですから、これから調べても、わかることは限られていると思います。」

とだけいった。

「そうかもしれないけど、うちの芙紗子は、殺されたんですよ!なんで、もう少し、容疑者を生かしておくように努力しなかったのですか!なんで、容疑者が死んでしまってよかったみたいな顔をしているんですか、刑事さんは。せっかく、犯人が捕まったって、芙紗子に報告しようと思っていたのに!」

「まあそうですけど、ここは警察署です。泣くのなら、ほかの場所でしてくれませんか。」

そういって泣き崩れる朝子に、華岡はいやそうな顔で言った。

「そうだけど、少しだけ泣かせてやってくれないか。やっと犯人が捕まったとおもったら、いきなり犯人が、自殺したんだから。それじゃあ、やりようがないわな。だから、少しだけ泣いてもいいと言ってやってくれ。」

杉ちゃんは、華岡に向ってそういうことを言った。

「その、菅奈津美という犯人の女性は、原口さんの娘さんとは、本当に面識もなかったんですか?」

と蘭が聞くと、

「ええ、私は聞いたこともありません。そんな名前の女性と同級生だったこともないし、それ以外のところで顔を合わせたこともきいたこともありませんでした。うちへその名前の手紙が来たこともありません。私たちは本当に菅奈津美というひとを知らなかったんです!」

と、朝子さんは声高らかに言った。

「でもわからないですよ。若い女性ですから、いろんなところで見知らぬ人と知り合いになれる可能性はあります。それに、そうやって知り合った人物のほうが、より信頼できるという時代でもあります。だから、彼女のスマートフォンとか、そういうものを調べて、彼女の人間関係をあたった方が良いと

思います。」

蘭が急いでそういうと、

「ええ。私も、そういう事で、娘にはスマートフォンを持たせませんでした。そのほうが、健全な人間関係が築ける、そういうものに頼らないで、人間関係をつくらせる方が、絶対幸せになれるって、私たち家族はそう思ってきました。」

と朝子さんが言った。

「確かに、そういう事もありますが、この時代、スマートフォンくらいはもっていないと、逆に一人ぼっちになってしまうことになると思うんですが。」

と蘭が言うと、

「ええ。でも、それは大人になってからで、若い学生時代には、そういう物には頼らないで、人間関係をつくらせる勉強をさせた方が良いと思いまして。」

と朝子さんは言った。

「まあ、そうかもしれないけどさあ、でも、スマートフォンの料金を払う金が無かったとか、そういわけでも無いのなら、ちゃんと、持たせてやった方が良いと思うけどね。」

杉ちゃんは、腕組みをして、そういうことをいった。

「確かに僕の家にはテレビがないが、其れとは違うことだと思うけどね、スマートフォンが無いってことは。」

「警視。先ほど、原口芙紗子の同級生に話を聞くことができました。何でも原口芙紗子は、学校で、友達が誰もいなかったようです。なんでもスマートフォンを持っていないことで、同級生から煙たがられていたそうで。」

と、華岡の部下の刑事が、そういうことを言いながら、華岡のところにやってきた。華岡は、おいおい、彼女のお母さんが、ここにきているぞといった。

「原口さん、芙紗子さんが友達がいなくて寂しいとか、そういうことを訴えてきたことはありませんでしたか?」

と華岡が聞くと、

「い、いえ、ありませんでした。そんなこと、あの子は一言も漏らしませんでした。其れにあの子が通っていた学校は、ここでは有数の進学校でもあるんだし、そんなに悪い子はいないと思っていました。」

と、朝子さんはいった。

「一体、どこの学校に通っていたんですか?」

と、蘭が聞くと、

「吉永高校です。」

と朝子さんは答える。

「ああ、あの学校は今はダメだ。昔は有能な進学校だってうわさがあったけど、今はそんなことなく、教育困難校に変貌しているよ。」

と、杉ちゃんはカラカラと笑った。

「彼女が、ひとりも友達がなくて寂しいとか、同級生がおかしな人ばかりだとか、そういうことを言っていたことはなかったかな?」

「ええ、一言も言いませんでした。だから、私は充実した高校生活を送っているとばかり思っていました。」

朝子さんは、一寸動揺しているように言った。

「だから、昔のことを持ち出しちゃダメなの!吉永高校は、師範学校だったとか、有能な学校だったとか、そういうことはもう過去の事。それよりも今の事を考えような。今は、吉永高校は荒れ放題。スカートは短いし、男子生徒はズボンがダブダブ。髪は染めてるし、化粧はしているし、言葉も中国語みたいなそんな言葉ばっかだよ!」

と、杉ちゃんは吉永高校の事を言った。

「まあねえ。仕事の事とか、そういう事で、娘さんのことを、かまってやれなかったと思うしさ、吉永高校が変貌したなんて、しんじられないかもしれないけど、それはその通りなんだぜ。過去にいいことが在ったとか、そういうことを、大人が捨ててやらなきゃダメだい!」

「杉ちゃんの言う通りだよ。こないだも、ひとりで夜道を歩いていた子がいたので、補導したら、ちゃんと吉永高校の伝統的な制服を着ていた。それも、スカートは膝上だし、シャツもしっかり中に入れている。吉永高校では、優等生だろうな。でも、彼女は、どこにも行くところが無いって泣いてた。」

華岡は、大きなため息をついて言った。

「せめて、スマートフォンの世界で、別の学校の誰かと友人関係を持てたりしたら、彼女はこうはならなかったんじゃないでしょうか?」

蘭が、涙をこぼしている、朝子さんに向って言った。

「私、なにも知らなかった。ただ、あの子は楽しそうに学校へ行っているとばかり思ってた。」

「まあ、娘さんの猿芝居がよかったということにしておこう。それで、娘さんがなんで、菅奈津美という子と関係を持ったの?そもそも、菅奈津美とはどんな人物なんだ・」

と、杉ちゃんが聞くと、部下の刑事が、

「ええ、私立図書館に勤めていた職員が、何回か閲覧席で、菅奈津美と原口芙紗子が楽しそうにしゃべっていたのを目撃しています。」

と言った。

「菅奈津美の家族は?」

と、華岡が聞くと、

「それが、二人とも教師夫婦で、娘の菅奈津美の事なんかほとんどかまわなかったそうです。それで菅奈津美は、親にかまってもらえずに非行化していました。学校には、今年になってからずっと言っていなかったとか。」

と、部下の刑事は答えた。

「それでは、菅奈津美はどこの学校にいっていたんだ?吉永高校ではないよな?」

急いで杉ちゃんがそう聞くと

「はい。彼女は、藤高校だったそうです。この辺りでは有名な、名門校ですね。」

と、部下の刑事がそう答えた。

「なるほど、藤高校だったわけか。教師の家庭では、そのようなところに入れたがるよな。」

「きっと、二人とも寂しかったんでしょう。だから、そういう風になったんだ。」

杉ちゃんと蘭は顔を見合わせて、そういうことを言った。

「でも、どうして、菅奈津美は、私の娘を殺すなんてことをしたんでしょうか。其れはやっぱり、やってはいけないということではないでしょうか。」

「うーんそうだけどねえ。」

と、杉ちゃんはまた考え込む。

「それは多分ここで明らかにしないほうがいいのではないかと思うけどね。彼女たち同士の友情によるものだったのではないかと思うよ。」

「そうかもしれませんね、、、。」

蘭は、そう考え込んだ。

「うん、そのほうが、良いと俺も思う。この事件は、杉ちゃんの言葉を借りて言えば、二人の女性の猿芝居ということになると思うよ。いや、猿芝居ではないかもしれないね。名演技と言えるかもしれないな。」

華岡もそういうことを言う。

「それでも、うちの原口芙紗子は、菅奈津美に殺害されたのは、間違いありませんよね!」

と、朝子さんは母親らしくそういうことをいって、華岡に詰め寄ったが、

「そうかもしれないけどさ。其れは、しょうがないというか、なんていうのかな、大人にはより付けられないところがあるというか、そういうことじゃないのかな。ほら、よくあるじゃないか。大人にはより付けられない、うれしいけど悲しい青春の一コマってやつ。其れだったんじゃないの?」

杉ちゃんは、平気なことを言っているが、それはある意味、悲しいことでもある。

「まあねえ。実相に触れるというのは、難しいと思うけど、其れは、あったことだから、もうしょうがないよ。」

杉ちゃんは、朝子さんに向ってそういうことを言った。

「よし。彼女、原口芙紗子と、菅奈津美の関係をもうちょっと詳しく洗ってくれ。彼女たちがどんな関係にあったのか、それを調べるのが今回の事件のカギだと思うんだ。」

と華岡は、部下の刑事の話しを聞くとそういう指示を出した。

「じゃあ、行ってきます。」

と部下の刑事は、軽く礼をして、警察署を出ていった。

「まあ、そういう事だ。きっと僕たちには追い付けない、きれいな関係な。もしかしたら、言葉では言い表せないことかもしれない。」

杉ちゃんがそういうと、原口朝子さんは、悲しい顔をして、悔しがった。

「原口さん、悲しい気持ちはよくわかりますよ。でも、杉ちゃんの言葉を使うのは一寸いやですけど

、今回は、事実は事実だと思うしかありません。その通りにするしかないんですよ。其れは、仕方ないことですよ。人が死ぬというのはそういうことでもあるんです。」

蘭は、励ましているのか、何を話しているのかわからずに、お母さんにそういうことを言った。原口朝子さんは、それを話しても悲しい顔をしている。

「そうだけど犯人も被害者も、死亡しているということは、どっちからの証言もとることはできないし、どうしようもないよねえ。」

杉ちゃんは、原口さんの顔を見ていった。

不意に華岡のスマートフォンがなった。ああ、華岡だと言って、華岡は話し始める。

「あの子に、スマートフォンを持たせてやれば、良かったんでしょうか。」

華岡が話しているのを見て、原口朝子さんはそうつぶやいた。

「まあ、それはしょうがないよ。お前さんだって、悪気が在って、スマートフォンを持たせなかったわけじゃないでしょう?それなら、それでもうしょうがないじゃないか。だれだって、相手に届かない世界を持ってもおかしくないというか、そういうことだってあるんだよ。」

と、杉ちゃんは、とうとう泣き出してしまった朝子さんにそういうことを言った。

「ああ、わかったよ。じゃあ、学校のほうで証言が取れたら、また連絡よこしてくれ。」

華岡は、急いで電話を切った。

「どうしたの華岡さん。」

と杉ちゃんが聞くと、

「ああ、もう一度図書館の職員に話しを聞いてみたそうなんだが、なんでも、原口芙紗子と、菅奈津美が、楽しそうに話しているのを多数の利用客が目撃しているようだ。二人は、とても殺人者と被害者という関係には見えなかったと、図書館の職員が証言しているらしい。」

と、華岡は、そういった。ということは、やっぱりあの二人の女性は、友人以上の友人という関係だったのだろう。

「そうか、きっとひょんなことで知り合って、きっと一緒に死のうとかそういう事を考えるようにまでなっちまったということだろうな。足りなかったのは、きっと、誰かそれを止めてくれるか、ということだろうな。」

と、杉ちゃんは華岡に言った。其れを聞いて、原口朝子さんは、涙をこぼして泣き続ける。蘭は、そんなに泣かないでくださいと彼女に声をかけた。

「事件というのは、解決したと思ったら、こういう風にドカンと重いことが明らかになっちゃうんだなあ。」

「そうだねえ。それは、何か足りないものがある事を示しているのかな。」

華岡と杉ちゃんは、顔を見合わせてため息をついた。



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本当のこれから 増田朋美 @masubuchi4996

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