第107話 花火のように散りゆく作品たち

・イザホのメモ

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 噴水で休憩を終えたワタシとバフォメットは、再び人混みの中へ入っていく。


「ワガ……娘……ヨ……花火……見ニ行クカ?」


 花火……前夜祭でも、打ち上がるんだ。見てみたいな……


 バフォメットに対して、ワタシはうなずく。


 さっきまではなかなか顔が合わせづらかったけど……噴水の出来事の後からは、自然とバフォメットに笑顔を見せることが出来ていた。周りの屋台を見て回る余裕もできるようになったからね。


・屋台を見る

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 そんなバフォメットと行動しているからこそ、ワタシはずっと気になることを胸に抱えていた。


 どうして……バフォメットは……









 気がつくと、ワタシとバフォメットは橋の付近まで歩いていた。


 市場から離れているのに、屋台はまだ続いていて、


 橋の上はたくさんの人間で埋め尽くされていた。




 バフォメットはその人混みを避け、橋の下の河川敷までワタシを連れてきた。


「ココナラ……花火……ヨク見エル……」


 ……自信があるように語るバフォメットに対して、ワタシはスマホの紋章に文字を打ち込んだ。


 “人混みの中じゃないと、マウたちが対応できないのでは?”


「……ア」


 バフォメットは、その大きな頭をキョロキョロ動かした後、無線の紋章でマウたちに連絡を取った。




 ホウリさんによると、ワタシたちが立っている位置は河川敷の上からも確認できるから問題ないみたい。人混みのない分、インパーソナルが近づいても遠くから視認できるかららしい。




 サバトの夜空には、まだ花火が上がる気配はなかった。

 ちょっと早すぎたのかな? だけど、また人混みの中に戻っても、マウたちに迷惑かけちゃうし……もう少し待とうかな。




 あっ 「アッ」



 ちょっと振り向こうと思ったら、隣に立っていたバフォメットの左腕に……ワタシの右腕が当たっちゃった。


「……」


 ワタシがうなずいて謝ると、バフォメットはワタシの右手をじっと見てきた。


 鳥羽差市に引っ越した初日……左腕の持ち主だった男性の妻であるハナさんが、立ち去り際にワタシの左腕を見つめていたみたいに……




「!!」


 ワタシは右手で、バフォメットの左手を握った。


 どうしてこんなことをしているのかは……わからないけど……

 ハナさんのことを思い出すと、自然と右手を添えてあげなきゃ後悔するって、思ってしまった。




「……ハハ」




 ……?




「……ハハ……ノ……手……」




 バフォメットは、ワタシの手を両手で包み込んで、じっと見つめ始めた。




「ハハ……ワガ娘……作リタガッテタ……」




 ……




「ワガ娘……生マレル……前ニ……」




 この手を離してしまうのはかわいそうかもしれないけど……


 聞かなくちゃ。




「……ワレガ……ミンナ……殺シタ……理由……?」




 ワタシはバフォメットにスマホの紋章を見せて、うなずいた。




 聞かなくちゃ。


 ワタシが……10年前の事件を知るために。


 ワタシが……自立するために。


 ワタシが……感情を理解するために。




「……ワレハ……研究所デ……作ラレタ……人間ト同ジ……心ヲ持ツ……物トシテ……」











 バフォメット……のちにそう呼ばれるようになるマネキンに人格の紋章を埋め込まれた場所は……今はなき旧紋章研究所だった。


 当時は人格の紋章によって物に人格を埋め込むことができる段階まで発展したものの、まだ研究が進んでおらず、世に発表された人格を持つ物は存在していなかった。

 経営難に陥っていたその大学が所有している研究所は、人格の紋章にすべてをかけていた。



 バフォメットの頭の由来も、教えてくれた。

 最初は、シンボルとしてヤギの悪魔をモチーフにした姿になるはずだったけど、そこから親しみやすい羊へと、変更になった。


 歴史に、紋章のように残る、存在。

 それでいて、誰にも好かれるような、存在。


 その思いを、こめて。




 しかし……その担当していたある研究者はやや諦め気味となっていた。

 その当時の紋章は、魔術の材料をインク代わりにしてペンで埋め込んでいた。今の焼き印とは違って、埋め込む人間の技術が問われていたんだ。


 その結果……マネキンに埋め込まれた知能の紋章と声の紋章は、いびつな形となってしまった。新たに埋め込め直す時間も、費用も、なかった。




「ソシテ……“アビサキクレストコーポレーション”ガ……大樹ニ人格ノ紋章ヲ埋メ込ンダ存在ヲ作リ上ゲタ……研究所ヨリモ……先ニ……」




 もしかして、辺鳥自然公園にあるぱなら広場の管理人、パナラさんのことかな。


 ――ワシは世界で初めて物に人格の紋章を埋め込まれた存在として知られておるが……実際にはワシ以前にも人格の紋章を埋め込まれた存在はいる。需要という結果を出せなかった物が、人知れず処分されたがな――


 たしか……パナラさんはそんなことを言っていたはずだ。




「ワレハ処分サレルコトニナッタ……デモ……ハハ……隠シテクレタ……」




 バフォメットにとっての“ハハ”……ワタシにとっての右腕の持ち主……ワタシのお母さまにとっての、ひとり娘……

 まだ成人していないにもかかわらず、大学の職員として働いていた……


 その職員の女性は、バフォメットを自分の息子のように愛情を注いでいた。

 大学が阿比咲クレストコーポレーションに買収され、旧紋章研究所が放棄された後……女性はバフォメットを研究所の隠し部屋に連れて行った。




「ハハ……ワレニ……期待シテイタ……ワレガ……子供ヲ……作ルコトヲ……ダケド……ワレ……作リカタ……ヨクワカラナカッタ……」




 マネキンは、その女性の行動を待っていた。


 女性から与えられていた人形を……解体して遊びながら……




「ワレ……ナニカヲ考エルノガ……苦手……ダカラ……本ヤゲーム……ヨクワカラナカッタ……楽シクナカッタ……」




 知能の紋章がゆがんだ形をしていたため、知能の低かったマネキン。

 そんなマネキンがただひとつだけ、楽しく思えた遊び……


 人形の部位を解体して、別々の人形のパーツと組み合わせることだった。




「人形……チギッテ……組ミ合ワセルノ……面白カッタ……考エナクテモ……面白イ形ニナル……ナニヨリモ……ワレノ作品……ワレノ子供……ミタイ……ダッタ……」




 そして……今から10年前、女性はマネキンの元にやって来た。



 その手元には、羊の頭をしたヘルメットがあった。

 マネキンが羊をモチーフにした、かぶる予定だったヘルメット……とは、大きく違う形で。


 まるでヤギの悪魔と間違いそうな……おぞましい羊のヘルメット。

 それが……今もバフォメットが被っている、ヘルメット。


 ワタシには、皮肉が込められているように感じられた。




「ハハ……教エテクレタ……ワレノ子供……作ル材料……持ッテクルッテ……ワレ……楽シミニシテイタ……」




 やがて、あの日……

 女性から被るように指示された羊のヘルメットを被り、マネキンは森の中で待ち構えた。


 そこにやって来たのは……女性と、5人の人間たち、そして小さな女の子……

 10年前の犠牲者たちと、幼いウアさんだ。




「ハハ……ワレニ指示シタ……コノ人間タチデ……ソシテ……ハハモ使ッテ……ワレ……ナニモワカラズ……従ッタ」



 マネキンにとっての作品作り……それは、体を解体して、組み合わせること。


 辺り一面、血の海となり、


 部位を切断させられた人間たちは……みな、出血多量で死亡した。




「ワレ……ミンナ動カナクナッテ……気ヅイタ……ハハ……死ンデシマッタ……ミンナ……死ンデシマッタ……」




 最後に生き残った幼いウアさんにオノを振りかざそうとした時に、ようやく、そのことに気づいたという。




「女ノ子ハ……悲シクテ……泣イテイテ……ソシテ……笑イハジメタ……ズット……笑ッテイタ……」









 橋の下でバフォメットは、自分の顔を手で覆った。



「ワレ……ワカラナクテ……笑イヅカレテ寝テイタ女ノ子……担イダ……途中デ……別ノ死体モ……見ツケタ……女ノ子ヲ返シタラ……ソノ死体モ……一緒ニ届ケテ……足リナカッタ胴体ヲ……ミンナノソバニ……並ベタ……ソノ次ノ日ニ……女ノ子ガ戻ッテキテ……慌テテ……逃ゲタ……」


 バフォメットが引き起こした、10年前の事件。

 それは、ワタシの右手……お母さまのひとり娘が、バフォメットを利用したことによるものだったんだ。


 それなら……どうしてお母さまのひとり娘は、自らの体も投げ出してまで……あの事件を引き起こしたんだろう?

 まさか……ワタシを作るため? いったい、なんのために?




「……」


 そんな疑問は、バフォメットを見ていると消えていった。

 知能の紋章がいびつな形であるが故に、自分の行為が悲劇を生むことを知らなかった……バフォメット。

 バフォメットを見ていると……もう、複雑な感情も向けることはできなかった。


 ワタシは、バフォメットの頭に……小さな右手を伸ばす……




 !! 「……」


 その時、花火が上がった。




 サバトに打ち上げられた花火は……


 自分の存在を証明しては……消えていく。


 その1発1発が……10年前と現在の事件の、犠牲者たちの命のようにも。


 ひとつの作品としても、


 ワタシの義眼には、見えていた。




 色とりどりの花火を反射する川。


 その川の向こうに、2つの人影が走っているのが見えた……?




 ひとりは、黒いローブを身にまとっていて、顔はわからない。


 もうひとりは同じようにローブを身にまとっているけど……フードが下りて顔が見えている……




 !!? 「!!!」




 あれは……スイホさん!!?

 黒魔術団のアジトに囚われていたはずのスイホさんが、黒いローブの人影に追われている!!?




 それとともに無線の紋章がブザーをならした。


「みんなっ!! 聞こえているか!!?」


 声の主はシープルさんだ!

 気になることがあると言って、マウたちとは別行動を取っていたシープルさんだ!


「まずいことになった!! もっと早く……この可能性に気づくべきだった!!!」


 シープルさんの声は……動揺している……!!




「俺たちとは別の黒魔術団のヤツ……!! ウアの一味と取引をして、白髪の女の姿となってフジマルの前でイザホの紋章を削り取ろうとしたヤツだ!! ヤツはあの牢屋の中で、スイホに牢屋から抜け出すための紋章を渡していたんだ!!!」







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