第106話 紋章に渦巻く因縁と期待

・イザホのメモ

https://kakuyomu.jp/shared_drafts/GpHRA7FpYhZudB7hcsQyzD0OC0YAOc8m





 市場の外れにある、バス停。


「……ワガ娘……ヨ……」


 わかってる。

 ワタシは隣に座る、羊のヘルメットを外したバフォメットに向かってうなずくと、席から立つ。




 このバスに乗っているのは、ワタシとバフォメットだけだった。

 マウたちと一緒に降りると、相手のインパーソナルに勘づかれる可能性がある。だからマウたちは先に市場についているはずだ。




 バスを降りた直後、耳からブザーの音が鳴った。

 バフォメットとともに、耳たぶに埋め込まれた無線の紋章に、触れよう。


「イザホ、バフォメット、聞こえる?」


 無線の紋章から聞こえてきたマウの声に、バフォメットは「アア……」と答える。


「ボクたちはイザホたちのすぐ近くにいるからね」


 思わず、目の前にある人混みに目を向ける。




 今日は、魔女の祝祭と呼ばれる祭りの前夜祭。市場は人であふれている。

 その人混みの中に、黒いローブを被った小さな生き物が見えた。ワタシが手を振ると、その子は手を振り替えしてくれた。マウだ。




「本当はシープルさんも来ると思っていたけど……シープルさんは気になることがあるから別行動だって」


 シープルさんの気になることって……なんだろう?

 とりあえず、シープルさんはこの近くにはいないってことでいいかな。


「でも、クライさんもホウリさんもいるからだいじょうぶ! だから、イザホはお祭り、楽しんでね! バフォメット、ちゃんとイザホを守ってよ?」


 マウからの声に、バフォメットは「アア……」とだけしか答えなかった。










 バフォメットとともに、人混みの中を歩く。


 市場の屋台は炎の飾り付けをされて輝き、


 人々のせわしない声が途切れることはない。


 ここまで人が多いと、トラブルが起きそうな気がするけど……

 そんな気配もなく、みんな祭りを楽しんでいる様子だった。




「……」


 ……ワタシも、隣で口を紡いでいるバフォメットとともに祭りを楽しむべきなのかな?


「ワガ娘……ヨ……」


 そう思っていると、バフォメットから声をかけられた。顔を向けてみよう。


「……ア……ウ……」


 ……どうしたの?

 首をかしげてみる。


「……ナイ……ナンデモ……」


 そう言って、バフォメットは顔を前に戻した……




 正直な気持ち、ワタシはバフォメットのことは信用していない。

 たしかに、バフォメットはワタシをなんども助けてくれたし……そもそも、バフォメットがいなかったらワタシは作られていなかった。


 だけど……それでもこのバフォメットが、10年前に人間を殺した殺人鬼であることには、変わりない。


 マウを探している時に踏み込んだ、10年前の事件の現場……あの時は犠牲者と関係のある人間たちからその気持ちを聞いていたことに加えて、フジマルさんが殺されたこと、そして、マウが殺されるかもしれないという不安……

 そのこともあって、犠牲者と類似した感情を感じていた。人間ではないワタシには人間の感情を理解できると断言はできないけど、ワタシなりにそんな気持ちだったのだと、考察することができていた。


 そんな気持ちを感じ始めた、今のワタシは……


 出会ったばかりの時は10年前の事件に関係する、興味という対象に過ぎなかったバフォメットが……


 ワタシを“ワガ娘”と呼ぶことに、複雑な気持ちを抱いている。




 それに、今のワタシはおとり……インパーソナルから狙われている立場だ。

 本来ならこの祭りで開かれている遊戯場で遊ぶのが1番自然に振る舞えるは思うけど……本当にだいじょうぶなのか、不安だった。




 いつの間にか、ワタシたちは噴水のある広場まで来ていた。


 魔女の祝祭の前夜祭であるためか、噴水の周りにも屋台が用意されている。


 祭りを楽しむ人々の中には、噴水に腰掛けて食事を取る人もいるけど……




・足元を見てみる

https://kakuyomu.jp/shared_drafts/NrYxqFrx5YhZYKrRizCAU3MWZcV2q2NO











 とりあえず、ワタシとバフォメットは噴水の側に座ることにした。


「……」


 1度足を止めても、この気まずい空気に変わりはなかった。

 バフォメットはなんどもワタシに話しかけようとして、ちゅうちょすることを繰り返している。


 ……どうして、ハッキリ言ってくれないのかな。

 向こうから言ってくれた方が……ワタシは楽になるのに。





「ねえ、ママ、知らない?」




 目の前から声をかけてきた誰かを見て、ワタシとバフォメットは思わず背を伸ばした。




 その誰かは……小さな子供。

 5歳ぐらいの女の子は、このサバトの場所には不釣り合いな、純粋な瞳をしていた。


 たとえるなら……死体とお話しする、無邪気な女の子。


 顔も声も、ぜんぜん違うけど……

 幼いウアさんも……こんな感じだったのかな。




「ママ……あたちの新しい……ママ……今日……やっとあたちのところに……来てくれたのに……」




 目元に手をそえて、涙声を出す女の子を、バフォメットはじっと見ていた。


「……コノ者……ヨーゴシセツノ……子供……」


 バフォメットの言葉で、この女の子がここにいる理由がわかった。

 フジマルさんやスイホさん、白髪の少女とその弟と同じ……児童養護施設で育ったんだ。

 今日、母親となる人物に引き取られたのかな。


「うぅ……ママ……」


 女の子は、ついに涙を流してしまった……


 だけど、どうやってこの子の親を探せばいいのかな?

 泣いている女の子を傷つけることもなく母親のことについてたずねることは、できるのかな……ワタシのスマホの紋章による筆談でも、女の子が落ち着くまでは読んでもらえない可能性が高い。かといってバフォメットがたずねても、怖い印象を与えそうだし……

 第一、周りは人混みだらけ。この中から母親を探すのは困難だ。

 この人混みを見渡すには、人混みよりも人一倍背が高くないと……




「……?」




 あ、そっか。

 戸惑うバフォメットと目があって、ワタシはバフォメットが人混みよりも背が高い大男であることを再認識した。




 ワタシは女の子の腰をつかんで持ち上げると、同じようにしてほしいという意味を込めてバフォメットを見てうなずく。

 時間はかかったけど気づいてくれたようで、バフォメットはワタシを持ち上げてくれた。



 バフォメット、ワタシ、女の子のタワーが出来上がった。


 女の子は戸惑いながらもワタシの手の中で辺りを見渡して……




「あ!! ママだ!! おーい!!!」




 ある方向を見て、手を振った!!

 母親を見つけたんだ!




 やがて、人混みをかき分けて、女性がやって来た。

 バフォメットに下ろしてもらったワタシは、その女性に対して女の子を渡してあげた。




「おねーちゃん! マネキンさん! ありがと!!」




 女性に抱えられて、女の子はワタシたちに手を振っていった。

 ワタシはその女の子に、手を振って答えてあげよう。




 だけど、女の子が立ち去ると、力が入らなくなって……手を下ろした。




 さっきの女性……あの女の子の母親は、ワタシから女の子を受け取るとそそくさと立ち去ってしまったから。

 たぶん、知らない人物に自分の子供が持ち上げられていたから、親として警戒しただけなんだろう。


 だけど……


 ワタシは、自分の体を見ていた。




 もしかしたら……部位で大きさの違う……


 ワタシの姿を見て……?




 その時、肩に誰かの手が乗った。




 首筋に小指の形をした、冷たいプラスチックの感触……


 バフォメットの……手……?




「アノ者……マネキンノ姿……警戒シテイタ……マネキン……“クロマジュツダン”ノ……所有物……」




 ……バフォメットに、ワタシの思いを読み取られたみたい。


「嫌ッテイルノハ……我……ダケ……」


 そう言って、バフォメットはうつむいちゃった。

 自然と、ワタシの右手が左手の手のひらに触れていた。




“あの人は、子供と出会えたことが重要なんだよ”




 スマホの紋章に書きこんだ文章を、バフォメットに見せてあげる。




「……我ノ方ガ……ワガ娘……大切ニシテル……」




 ……やっぱり、殺人鬼には思えないや。


 バフォメットの純粋な嫉妬心に、ワタシは思わず目元で笑う。




 バフォメットは無表情だったけど……小さく「フフフ」と声が聞こえたような気がした。










次回 第107話

8月15日(月) 公開予定

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る