第47話 世界で最初の人格を持つ物

・イザホのメモ

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「うおお……びっくりしたあ……」


 大声を出した大樹に、マウは全身の毛を振るわせていた。


「パナラ!! この大きさなら!!! 問題ないだろ――」


 フジマルさんがいつものように大声を張り上げても、




「まだまだ足りんっ!!!!」




 大樹にあっさりとかき消されてしまった。


「ふう……やはり声の大きさでは適わないな……」

「フジマルさん、この人が辺鳥自然公園の管理人さん?」


 息を切らすフジマルさんにマウがたずねる。


「ああ、彼は“パナラ”。ふたりが暮らしているヴェルケーロシニと同じように、紋章によって人格を埋め込まれた存在だ」


 続いて「それだけじゃないわ」とスイホさんが大樹……パナラさんを見上げる。


「パナラさんは、世界で初めて人格の紋章を埋め込まれた物。いわば、生きる記念物というべきかしら」

「ワシを記念物扱いするではない!」


 パナラさんの声がしたと思うと、周りの風が、ワタシに向かって吹いているような気がした。

 まるで、目線を向けられているように。


「それに、ワシよりも記念物らしい物がいるじゃろう。10年前の遺体に紋章を埋め込んだ物が」


 ……あ、気づかれちゃった。


「えあっ!?」


 ワタシの正体を知らないホウリさんだけが、ワタシに見開いた目を見せた。


「そ、そ、それ、それじゃ、イ、イ、イザ、イザホさん、って……」

「ああ、10年前の事件で殺された被害者たちの遺体じゃ。10年前のキャンプ客の体なぞ、今でもよーく覚えている」


 ホウリさんはガタガタと体を震わせながら後ずさりをし始めた……?


 どうして逃げるの? 思わず足が動く。


「ほんっ……ほんっ……」


 ホウリさん、どうして座り込むの?


 どうして白目を出しているの?




「本当にアタイじゃないですううううう!!! お願いですからあああ!! 信じてくださいいいいい!!! そしてええええ!!! 成仏してくださああああぁあいいいいいいいいいい!!!」




「よしホウリ! 事情を説明するからちょっと離れよう!」


 くしゃくしゃな顔のホウリさんは、フジマルさんに引きずられてふもと広場の方向に消えていった。




 仕切り直しと言わんばかりにスイホさんはせき払いをして、バックパックの紋章から警察手帳を取り出した。


「パナラさん、今日はある事件の捜査をしています。ご協力お願いできますか」

「ふん……この前聞きに来た失踪事件はどうした。それも次は研究所の所長か。まるで10年前の事件の再現だな」

「いえ、今日はさらにひとり、失踪しました」


 断られるかと思ったけど、「まあいい」と、パナラさんは聞き込みに了承してくれた。




 スイホさんは、これまでのことをパナラさんに話した。


 ホウリさんが昨日、バフォメットを見かけたこと。


 そのバフォメットが、この辺鳥自然公園の方向に立ち去って行ったこと……




 パナラさんの声の紋章は、鼻で笑っているような音を出した。


「バフォメットなど、見ておらん。第一、都市伝説に出てくる羊の頭の大男が実在するだと? ブラックジョークにもならん」


 それに対してスイホさんは臆することなく、前に詰め寄った。


「都市伝説のものとは別物の、模倣犯の可能性も考えられます」

「なるほど、顔を隠すために使っているといいたいのか。だが、見ていないのは本当だ。昨日の夜は、この自然公園には人ひとりも来なかったのだからな」


 それじゃあ……ホウリさんの証言はどうなるんだろう?

 別の方向に行ってしまったのか……裏側の世界に移動したのか……それとも、ホウリさんの証言自体……




 それ以降もスイホさんはパナラさんに対して聞き込みを続けたけど、特に大した情報は聞き出せなかった。


「なんだかパナラさん……さっさと終わってほしそうな言い方をするよね……」


 ワタシの足元で、マウがこっそり愚痴をつぶやくほど、パナラさんはあまり友好的ではなさそう……


「聞こえておるぞ」


 大声ではなかった分、マウは全身の毛を大きく振るわせた。











 仕方がないので、ワタシとマウ、スイホさんにクライさんは、一度ふもと広場でフジマルさんたちと合流することにした……




「待たんか。ワシはまだそいつに用がある」


 と思ったけど、後ろからパナラさんに呼び止められちゃった。


「……そいつって……ボクとイザホのこと?」

「いや、白ウサギはどうでもいい。そっちの遺体のほうじゃ」


 振り返ったマウは不機嫌そうに鼻をブッブッと鳴らす。

 続いて、スイホさんも振り返る。


「イザホちゃんに、なにか用事ですか?」

「あんたたちにはワシの知っていることを話した。だったら、ワシはその遺体がなぜこの街に来ているのかを聞く権利があるはずだ」


 マウは面倒くさそうに目を細めながら、ワタシの顔を見た。

 話していいよ。パナラさんも、10年前の事件について知っていそうだから。




 マウがワタシのことをひととおり話し終えると、周りの木たちの動きがぴたりと止まった。


「母親役を心配させないため……か……」


 なんだか、哀れんだ目線を向けられているような気がする……




「イザホと言ったな。あんたは自立すると言いながら、結局は母親役に心配をかけないという理由で、子供の人形の役割から抜け出せていない」




 子供の人形の……役割……?



 それって、ワタシが死んだお母さまのひとり娘の代わりであること……?




 ワタシが胸に手を当てようとすると、ぶうっ! とマウが前に出てきた。


「パナラさん……言い過ぎだと思うよ。イザホはこれでも、一大決心をして……」

「決心をしたところで、結果は出ておらん。母親役の子供役から抜け出せていないことには変わらん。結果の道中で得た過程など、今後の判断材料と他者からの称賛しか得られん」


 過程? 結果?

 ……それがどうなるの? ワタシには、その意味がよくわからない。


 しばらくすると、ため息をつくような風がワタシの頬をなでていった。




「……特別に、イザホに向けてヒントをくれてやろう。それもふたつ、10年前の事件と、今起きている事件の証言だ」




 その言葉に、スイホさんとクライさんのふたり、そしてワタシとマウのふたりは、お互いの顔を見合わせた。

 まさかあの流れで……証言してくれるなんて……!




「10年前、キャンプ客の参加者は5人だった……しかし、たったひとり、たったひとりだけこのキャンプ地のコテージを訪れ、日帰りで帰っていった……無論、その顔の持ち主とは別の人物だ」




 ワタシは、自分の顔に手を当てた。

 この頭部の持ち主は、キャンプ客ではない。身元不明の少女の頭だ。

 それとはまた別の人物が、このキャンプ地に訪れていた……


 横ではスイホさんは髪に人差し指を巻き付け、クライさんはまぶたを閉じていた。


「先にイザホちゃんに教えていた方がよかったわね……言うタイミングがなかったけど」

「……」


 その人物は、一体何者なんだろう?

 訪れた理由があるとすれば……それは事件と関係があるのかな……?




「そして、今起きている事件……ワシはたしかに人影を見なかったが、1週間前なら数人の人影を見たことがあるぞ。あんたたち警察にわざわざ伝えに行く気はなかったがな」




「どっちに向かったの!?」「どっちに向かったんですか!?」




 マウとスイホさんが一斉に叫ぶと、「うるさい」と返された。

 さっき、声が小さいと言っていたのに……


「あのログハウスの裏側にある階段を上った先……遺体が発見された場所の広場からさらに上った先にある廃虚の方向に向かっていった。それ以上は、ワシでも見えん」


 廃虚……?

 バフォメットととのつながりは、日付が違うからわからないけど……


 それでも、行く価値はありそう。




 クライさんはスマホの紋章を起動させ、耳に当てた。

 きっと、フジマルさんたちを呼ぶつもりだ。


「イザホちゃんにマウくん、あの廃虚に行ってみましょう」

「うん。もちろんそのつもりだよ」




 ワタシとマウ、スイホさん、クライさんの4人は、ログハウスの裏側に回った。


 たしかに、斜面に沿うように丸太でできた階段が用意されている。


 この先が、今度こそ……すべてが始まった場所……


「イザホ、早く行こうよ」


 先に階段を上り始めた3人の背中を見て、ワタシはうなずき、階段に足をかけた。




「最後にひとつだけ、イザホ、おまえに断っておく」




 その直後、パナラさんの声が聞こえてきて振り返る。




「ワシは世界で初めて物に人格の紋章を埋め込まれた存在として知られておるが……実際にはワシ以前にも人格の紋章を埋め込まれた存在はいる。需要という結果を出せなかった物が、人知れず処分されたがな」




 最後にパナラさんは、風の目線をワタシに向けた。




「子供役という需要を捨てるのなら、それに変わる需要を出すんじゃ。結果としてな」






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