第48話 想像と現実
・イザホのメモ
【https://kakuyomu.jp/shared_drafts/ldPpkV6Eh9anNWya2UUxtnC2a22vxTSZ】
階段を上がった先には、小さな広場があった。
「……」
クライさんは、真剣そうな表情で芝生をじっと見つめている。
この広場は休憩所なのか、雨宿りに使えそうな屋根のついた掲示板。
その下にはところどころにさびがあるベンチ。既に落ち葉が座っている。
そのベンチの前に立ち、方向を合わせると……広めの芝生が目に入った。
「ここでフジマルさんを待ちましょう」
スイホさんの提案にワタシはうなずくと、ベンチの上に座っている落ち葉を払い落とす。
その横にマウが飛び乗ったので、隣に座ろう。
「なんだか、心の整理がつかないね。だって、イザホの生まれたきっかけの場所にむかうんだもん」
同感。
これからワタシたちは、10年前の事件の現場に向かおうとしている。
だけど、本当にその場所はワタシの想像した場所なのかな。
本当に、夢の中で出てきたような場所なのかな。
――夢ってさ、自分の記憶を元にして作られるんだよ? 自分が見たことや聞いたことのない未来のことなんて、夢に出てくることはないよ――
リズさんの言葉が、胸の中で再生される。
10年前の事件は、未来じゃなくて過去のことだ。だけど、ワタシは聞いただけで見たことはない。
この鳥羽差市に引っ越してきた直後に見た夢……あの夢は10年前の事件の夢だったけど、あくまでもお母さまの話を聞いただけで作り出した、想像からできた夢だ。
もしもこの場所の写真が残っていたら……
夢も10年前の事件をより再現できたものだって、確信が持てたのかな。
ピッ
!!
左から聞こえるこの音はッ!!
ベンチの左に顔を向けると、クライさんがしゃがんで何かを取りだそうとしていた。
そこには……自動販売機!
思わずベンチから立ち上がり、自動販売機の前に立つ!
「空気に水を刺すかなと思って黙っていたけど……やっぱりイザホは平常運転だね」
……ある!! 金色に光る、微糖の缶コーヒーッ!!
2本の缶を持ってスイホさんの元に向かうクライさんとすれ違い、ワタシは飲料の自動販売機の前に駆け寄る。
100円玉を投入し、目的のボタンを押す。
ガゴンという音が響き渡ると、取り出し口から金色に輝く缶を取り出す。
プシュ
風の吹かない山奥でひと声上げる缶コーヒー。
ワタシは体中の紋章が震えるのを感じながらデニムマスクを下ろし、中身を喉へと案内する。
……ああ、舌に埋め込んだ紋章が、わずかな苦みと甘さを感じ取る。
この味、この味が、緊張続きのワタシの紋章に安らぎを与えてくれる。
・缶を持ってマウの隣に座る
【https://kakuyomu.jp/shared_drafts/nvfAcPZXlfRBff4HXNSeJsqVjMuNFmIO】
しばらく待っていると、フジマルさんが上がってきた。
「待たせたな! イザホにマウ! それにクライにスイホ!」
「フジマルさん、遅いよー……って、あれ?」
マウはフジマルさんが上がってきた階段をのぞいて、不思議そうに鼻を動かす。
「ホウリさんは?」
「ああ……ホウリはもう帰ることになった。これ以上捜査に付き合う必要はないからな」
フジマルさんの説明に、クライさんがうなずく。
「フジマルさんを呼んだ時に……聞きました……後日、改めて鳥羽差署に来てもらって話をしてくれる手はずも……整えてます……」
「でもクライ先輩、本当に来てくれます? ホウリさんのことだから、またパニックになるのでは……」
心配するスイホさんに「その心配はない!」とフジマルさんが胸を張る。
「先ほどまで、時間をかけてホウリを説得したのだからな!」
「だから遅れたんだ……」「だから遅れたのね……」「はあ……」
フジマルさんと合流したワタシたちは、さらに丸太の階段を上がっていく。
やがて、木の間に灰色の建物が見え始めた。
「今、向かっている廃虚……その廃虚は別名“旧鳥羽差紋章研究所”と呼ばれているな」
旧鳥羽差紋章研究所?
「紋章研究所って……阿比咲クレストコーポレーションの本社の地下にあるやつ?」
マウがぴょんぴょんと階段をジャンプで上がりながらフジマルさんに聞き返す。
「ああ、あそこのもうひとつの研究所だったな。市街地ではやりにくい研究もある」
「それじゃあ、どうして廃虚に?」
マウが何気なくたずねると、その横でスイホさんが髪に人差し指を巻き付け始めた。
「もともと、あの場所は紋章による技術を専攻していた私立大学のキャンパスだったんですよ。それが資金難により、阿比咲クレストコーポレーションに買い取られた。市街地の研究所は新たに地下が作られ、移動のコストがかかっていた山奥の研究所は廃止されたんです」
……スイホさんが険しい顔をしている?
すごく複雑そうに見えるけど……
そうしているうちに、ワタシたちは廃虚の前に立った。
廃虚は瓜亜探偵事務所よりもボロボロで、窓は埋め込む枠があるだけ。
コケや草のツタがあちらこちらに絡みついていて、本当にこんなところで研究ができるなんて思えない。
そして、本当にここがワタシが作られるきっかけとなった、事件の現場だろうか。
もっと奇麗で、神秘的な場所だと考えていた。
……!?
「イザホ、どうしたの?」
ワタシは、思わず窓を指さした。
「……なんにもないよ?」
「イザホにマウ、なにか見たのか?」
誰もいない窓を指さす小さな右手を、そっと下ろす。
たぶん、気のせいだ。
ワタシの記憶が生みだした夢……いや、この場合は幻かな?
さっき、バフォメットが窓の奥にいて、
こっちを見ていたような気がしたけど。
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