第45話 忍び寄る痛み
・イザホのメモ
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ワタシたちは瓜亜探偵事務所の駐車場で、フジマルさんの車……
「イザホ、こっちを使うんだって」
……ではなく、スイホさんの車で喫茶店セイラムに向かうことにした。
あやうくフジマルさんの車に手で触れようとしていたから、慌てて緑色の自動車の前に立つマウの元に向かうことになっちゃった。
最後にワタシが乗り込むと、スイホさんの車は喫茶店セイラムに向かって走り始めた。
「そういえばスイホさんの車ってさ……ハンドルがついているんだよね」
スイホさんの車の後部座席の真ん中で、マウがハンドルを指さした。
ハンドルの紋章ではなく、ハンドルそのものに。
運転席でスイホさんはスマホの紋章をつつきながらうなずいた。
「ええ、この車は捜査車両でもあるからね。ハンドルの紋章による自動運転だけじゃあ、犯人を追跡できないでしょ?」
「そう言っている割には、ハンドル全然握っていないけど……」
鼻をうごかすマウに対して、「便利な機能が使える時は、便利な機能を使うべきよ」とスイホさんは答える。
……ハンドルがついている車にも、ハンドルの紋章がついているのはそのためなんだね。
「なるほど、捜査車両なら置いていくわけにはいかない。だから私の車ではなくスイホの車を使ったわけだな」
助手席ではフジマルさんが腕を組んでうなずいていた。
その時、マウの隣の席……ワタシの反対側の席に座っていたホウリさんが、体を震わせ始めた。
「あの……それじゃあこの車って……なんやかんや言って警察署に――」
「行かないから!」「行かないぞ!」「行きませんよ!」
その後、フジマルさんはスイホさんに昨日の瑠璃獲小中一貫校のことを話し始めた。
羊の紋章を埋め込まれた黒い本を、小学生のアンさんが持っていたこと、
リズさんが事件についてなにか知っていそうなこと、
そして……バフォメットと遭遇したことを。
住宅街に入った辺りで、フジマルさんはすべて話し終えた。
「昨日、そんなことが……」
スイホさんは時々髪の毛を人差し指に巻き付けながら、スマホの紋章に文字を入力している。メモを書き込んでいるんだ。
「ところでスイホ、そっちの捜査進捗はどうなんだ?」
「あまり警察関係者ではない人に話すのは避けるべきですけど……一応、伝えておきます。おとといの阿比咲クレストコーポレーションの紋章研究所の件についてですが……」
昨日、スイホさんとクライさんは阿比咲クレストコーポレーションで聞き込みをしていた。
2人目の犠牲者である研究所所長のテイさんの助手、アグスさんの証言を確かめるためだった。
警察署の取り調べ室でアグスさんは、職員のひとりがそろそろ退職を考えていると証言した。
その職員は入社してまだ間もないのに、“もう働く必要はなくなった”という退職理由。
1カ月前の紋章を埋め込むための道具が消えたことが頭によぎり、アグスさんはその職員を怪しんでいるという……
「それで、その職員とは会えたのか?」
「いいえ、7日間連続無断欠勤だそうです。署で会議も入ったからその日は撤退せざるを得ませんでした。本来なら今日はフジマルさんたちに署に来てもらって情報を聞いたのち、その職員の住居に直接伺う予定だったのですが……」
その時、窓の外に喫茶店セイラムの方向を示す看板が見えてきた。
右斜め上の矢印と森の中のフクロウが描かれた看板に、“喫茶店セイラム 100m先”の文字だ。
カランカラーンと、心地よい音が響き渡った。
喫茶店セイラムの内装は、相変わらずオレンジ色の明かりに照らされている。
そのはずなのに、胸の中のモヤモヤは晴れない。
カウンターには、スイホさんに顔を向ける刑事のクライさん、
そして、カウンター席に腰をかけ、頭を抱えて床を見ている店長のイビルさんの姿があった。
「……!!」
?
クライさんが、大きく目を見開いた……
と思ったら、すぐに目をそらしちゃった……
なんだか、すごく驚いていたような表情だったけど。
暗い顔のクライさんが、見せたことのない表情をしていたから、驚いちゃった。
「……イビルさん」
ホウリさんが近づいてきて、クライさんは反射的に動くように後ろに下がった。
心配するようにホウリさんが最初に声をかけると、イビルさんはホウリさんを、次にワタシたちをちらりと見て、すぐに頭を戻した。
「……すまん、今日はなにも提供する気がおきない」
「イビル、無理をしなくていい。リズは私たちがきっと見つける!」
謝罪するイビルさんにフジマルさんは真剣な顔でうなずいた。
……隣のマウが、不安そうにワタシの顔を見る。
大丈夫だよ。そういう意味をこめてマウの頭をなでる。
だけど、ワタシの胸の中は不安の文字しか現れなかった。
最初の犠牲者のウアさんの母親……ハナさんの顔が胸の中に思い浮かんだからだ。
ハナさんがフジマルさんに、娘のウアさんの行方調査の依頼をした時にワタシたちは立ち会っていなかったけど……フジマルさんなら、ハナさんに対してもきっと必ず見つけると言っていたかも。
だけど、ウアさんはインパーソナルへと変わっていた。現代の事件の犯人の手によって、最初の犠牲者として。
それを知ったハナさんの反応を思い浮かべると……どうしてだろう。
フジマルさんの宣言に、ワタシたちが答えられるか心配になってきた。
「……イザホちゃんにマウ……だい……じょうぶ……?」
!? 「わっ!!?」
クライさんにいきなり声をかけられて、ワタシとマウは慌てて後ろにさがった。
だってイビルさんの近くにいたはずのクライさんが、いつの間にかワタシたちの前に近づいていたから。
「あ、うん。だいじょうぶだいじょうぶ……ね? イザホ」
うん、だいじょうぶ。
ちょっと考え事してただけだから……でしょ? マウ。
「イザホにマウまで無理をする必要はない。さっきから深刻そうな顔をしていたぞ」
「フジマルさんの言う通りよ。私とフジマルさんでクライ先輩から聞き込みの内容を聞くから、ふたりはテーブル席で休んでいて」
……心配されちゃった。
ワタシとマウは窓側に設置されたテーブル席に腰掛けて、フジマルさんたちの情報交換が終わるまで待つことにした。
その向かい側の席に、ホウリさんが腰掛けた。
・ホウリに占ってもらう
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休んでいると、フジマルさんたちが話が終わったことを告げてくれた。
クライさんの聞き込みによると、イビルさんは朝以降、まったくリズさんの姿を見なかったらしい。ワタシたちとともに瑠璃得小中一貫校に登校したきり。
最初はどこかで寝てしまっていると思っていた。だけど、深夜を過ぎても帰ってこなかったため、フジマルさん、そしてワタシたちに電話をかけた……
そのぐらいしか、情報は手に入らなかった。
うつむいたままのイビルさんを背にして、ワタシたちは喫茶店セイラムを後にした。
ワタシたちはホウリさんの証言を確認するために、ホウリさんがバフォメットを見かけたと思われる現場に向かうことになっている。
だけど……まだ胸の中の不安が……
?
「イザホ」
ワタシの小さな右手を、マウの手が触れてくれた。
「今はくよくよしちゃいけないよ。フジマルさんたちにまでも心配させてしまうからね」
……そうだった。
前にも、マウに似たようなことを言われたことがある。
あの時は、二度とこんな姿をお母さまに見せるもんか……
そう、胸の中で誓ったっけ。
ありがとう、マウ。
ワタシは小さな右手で、マウの手を握った。
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