第44話 思い込みの激しい占い師

・イザホのメモ

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 瓜亜探偵事務所のある雑居ビルの駐車場で、スイホさんの車は停車した。


「そういえばスイホさん、今日クライさんはどうしたの?」


 ワタシと一緒に乗せてもらったマウは、車から降りながらたずねる。

 そういえば、スイホさんと一緒に事件を捜査していたクライさんは、今日はいない。


「クライ先輩は、先に喫茶店セイラムに向かっているわ……例の件について聞き込みをするためにね」


 例の件……きっと、リズさんが失踪したことについてだ。

 聞き込みの相手は……イビルさんに違いない。


「私はフジマルさん……そしてイザホちゃんとマウくんに一度リズちゃんのことを聞きたいって思っているの。昨日の本の件についてはもちろん、リズちゃんがどのくらい事件に関わっているのか……」


 髪をくるくると巻き始めたスイホさんに、マウは首をかしげる。


「スイホさんも……リズさんが事件に関わっていると思ってるの?」

「ええ。フジマルさんからのメールから……」




「やああああばあああああああありいぃぃぃぃぃぃ!!!」




 !? 「今のは!?」「事務所の部屋からよ!」




 ワタシたちは、悲鳴が聞こえてきた2Fの瓜亜探偵事務所に向かうべく、




 入り口に駆け込み、




 階段を駆け上がり、




 瓜亜探偵事務所の扉を開いた。




「フジマルさん!?」




 事務所のソファーには、フジマルさん、


 そして向かいのソファーには、もうひとり女性がうつむいていた。




「フジマルさんもアタイのこと疑っているんですねえええ!!! どうせアタイなんか、アタイなんか、犯人だと疑われる運命なのおおおお!!」


「……」


 フジマルさんは大声を出す女性を前に首筋を人差し指でなでていたけど、ワタシたちの姿を見るといつも通りの気さくさで「おお」と手を挙げてくれた。


「イザホにマウ、よく来てくれた! そしてスイホ、君がここに来るなんて珍しいな!」

「昨日の件で聞きたいことがあったんです。おかげで鳥羽差署は大忙しなんですからね」


 スイホさんが腰に手を当てると同時に、「とばさしょおぉ!!?」と女性が顔を上げた。




 その女性は、ツインリングをほぐした髪形に、肩なしニットにデニムパンツと、割と活発的なオシャレさがある。

 そして……今にも崩れそうな表情を、まるで絶望しているかのようにスイホさんに向けていた。


「……やっぱり警察に通報したんですねええええ!! フジマルさああああん!! どうせアタイが、どうせアタイが犯人と決めつけているのよおおお!!」


 再び膝にうずくまった女性に対して、マウは鼻を動かさずに両耳を向けていた。


「えっと……フジマルさん、この人って……?」

「ああ、彼女は“石墳 祝子イシフン ホウリ”! 我々にとって有意義な情報を提供してくれるために、わざわざ自分からここにたずねてきてくれたんだ!!」


 フジマルさんが女性……ホウリさんについて紹介すると、そのままホウリさんをなだめる体制に移った。











 ホウリさんが落ち着いてくれた後、フジマルさんはホウリさんについて詳しく教えてくれた。


 ホウリさんは、アーケード街に小さな占いグッズ専門店を開いている、占い師らしい。

 フジマルさんいわく、ホウリさんの占いは百発百中。しかし、そのせいで自身の後の不運を予感し、ネガティブな思い込みを捉えがちだという。


「ねえイザホ、あとでホウリさんにボクたちの愛について、占ってもらおうよ」


 フジマルさんの横に座ったワタシの膝の上で、マウはぷすぷすと鼻を鳴らす。

 占いかあ……お屋敷では、お母さまがよく占いの雑誌を買ってきていたなあ……シャレで楽しんでいるって言ってたけど。


「占いと言っても、アタイのはそこまで大したことないですけど……」


 落ち着いたホウリさんの顔は、キツネ顔で案外奇麗だった。

 さっきの叫びさえなければ、期待できそうな占い師だけど。


「それで……有意義な情報とは?」


 スイホさんがソファーの横に立っている状態でたずねると、ホウリさんは肩を縮めた。先ほどの言葉から、なんだか警察に対しておびえているみたい。

 フジマルさんは「私が説明しよう」と手のひらをホウリさんに見せる。




「ホウリは先日……喫茶店セイラムに訪れていた。その帰りに……羊頭の大男……バフォメットを見たそうなんだ」




 ホウリさんは夜の21時、喫茶店セイラムを後にした。

 営業時間は17時までのはずだったけど、イビルさんと旅行の話題で盛り上がっていたらしい。忘れがちなイビルさんのことだから、きっと時間も忘れていたのかな。


 夜道を移動用ホウキで通っていたホウリさんは、車のライトを目にして立ち止まった。


 その車から降りてきたのは……羊頭の大男。


 バフォメットは、ある方向へと向かって歩いていった……




 その時、ホウリさんの方向に顔を向けたような気がしたという。


 ホウリさんは移動用ホウキで一目散に逃げだした……




「なんとか自宅までたどり着いたものの、あの人影が自分を後から追いかけてくるんじゃないか……それで眠れぬ夜を過ごした翌日、私のところに相談しにきたわけだ」


 フジマルさんがうなずいて、解説を終えたことを知らせる。


「バフォメットって……都市伝説の……?」


 話を聞いていたスイホさんは、髪に人差し指を巻き付けながら冷静に聞き返した。


「ああ……バフォメットは実在していた。昨日、我々は既に遭遇している」




 バフォメット……10年前の事件を引き起こしたと思われる人物……


 昨日、姿を現したばかりのバフォメットが、また姿を現したのかな……?




 するとマウが首をかしげながら、ホウリさんを見つめた。


「ところでさ、さっきの疑っているとか、犯人とかの話になったのはどうして?」


 ホウリさんはフジマルさんにチラリと目線を向けて、肩を落とした。


「アタイの話が終わったら、フジマルさん、イビルさんの娘さんが失踪したことを話し始めたんですよ。きっとその事件と関わっているはずだって。それをアタイがまた勘違いして……」


 勘違いって、自分が犯人と疑われていることかな。

 “また”って言っていたから、前にも似たような勘違いをしたみたいだけど……


 フジマルさんはまぶたを閉じて一息つき、まぶたとともに口を開いた。


「さて、イザホにマウ、それにスイホ、これから我々が向かう行き先はわかったな?」


 それにまっさきに答えたのは、右手をピンと挙げるマウだ。


「喫茶店セイラム付近の、ホウリさんの目撃証言の場所でしょ?」

「正解だ! マウ!」


 マウに白い歯を見せたフジマルさんは、続いてスイホさんに目線を向ける。


「スイホ、今日はクライは来ていないようだが……喫茶店セイラムにいるイビルに事情聴衆に行っているのか?」

「ええ、その通りです」


 その言葉とともに膝に手を当てて立ち上がったのは、


「あ……あの、アタイも連れて行ってください!」


 フジマルさんではなく、ホウリさんだった。


「怪しい人がいた場所なら覚えています。それがイビルさんの娘さんの手がかりになるなら……アタイ、教えます!」


 マウは意外そうにまばたきをする。


「自分の疑いを晴らすため……とかじゃないんだ」

「ああ、ホウリは疑われることには敏感だが、信用してくれる人に対しては恩義を感じることができるやさしさを持っている。ホウリなら自ら申し出ると思っていたぞ!」




 続いてフジマルさんがソファーから立ち上がったので、ワタシはスマホの紋章にこれからすべきことをメモに書いた。


 ・喫茶店セイラムに向かい、クライさんと合流する

 ・その後、ホウリさんの目撃証言の場所に向かう。

 ・そこでリズさんとバフォメットの手がかりを探す。


 そして、マウと一緒に立ち上がろう。




 事務所の出口の扉に手をかけようとしたスイホさんが、「あ」と立ち止まった。


「そういえば昨日のことについてですけど……車の中で取り調べさせてもらいますね」

「ああ、昨日の瑠璃獲小中一貫校での出来事だな! それについてはもう心構えは……」




 フジマルさんは、横を見て固まった。




「取り調べ……」




 ホウリさんが、ぶるぶると震えていた。




「やっぱり疑っているんですねええええ!! アタイのことおおおおお!!」

「……い、いや、違うんだ! これは私たちにたいして……」

「アタイも含まれているんじゃないですかあああああ!!」

「いやいやいや、私たちというのは私とイザホ、マウのことで!」




 しゃがみこんで泣きじゃくれるホウリさんと、必死に説得しているフジマルさん。




「ちょっと言葉が足りなかったのかしら……」

「うん。フジマルさんに対しての言葉であることを言っておいたほうがよかったね。あそこまで神経質になる必要はないと思うけど……」




 その様子を、ワタシはマウとスイホさんとともに眺めることしかできなかった。



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