第41話 もっとも早く死を認知した少女



 ワタシは、天井を向いて横になっていた。




 ……ここはどこだろう?


 首を回して辺りを見渡してみても、ただ壁と天井しか見えない。


 手足を動かすと、すぐに壁や天井に当たってしまう。


 ……




 ……そんな。


 まさか……




 今、聞こえたこの音は……火が付けられた音……




 ここは……火葬のひつぎ……




 炎が……近づいて……!!




 いやっ! 待って!




 その炎の手でワタシをつかまないで!!




 ワタシはまだ、人格の紋章が生きている!




 動かなくなった死体じゃない!!




 助けて!! 目の前の天井をたたいている音が聞こえているなら、助けて!!




 ああ……体が……黒く……染まっていく……




 いやだ! いやだ! いやだ!




 火葬だけは、絶対にいやだっ!










 マウ!!! お母さま!!!










「ぶふごお!!?」




 目の前で、フジマルさんが地面に倒れた。


 ワタシはベッドの上で、体を起こしていた。

 周りは白いカーテンに、木製の壁、コンクリートの天井……


 ここは……火葬のひつぎの中じゃ……ない……

 さっきのは……夢?


「イザホ!」


 ワタシが戸惑っていると、マウがワタシの胸に飛びこんできた。


 このふわふわした感触……ああ、よかった……

 ワタシはまだ、火葬されていない。マウを抱きしめて、いつもよりもしっかりなでてあげた。


「いてて……元気があるようで、よかった」


 ベッドの横で、フジマルさんが鼻を押さえながら立ち上がった。

 さっき、ワタシが体を起こした時にフジマルさんの鼻に額をぶつけたような気がする……


「……」


 フジマルさんの反対側には、アンさんが立っていた。

 ……おびえた目でワタシを見ている。




 ここは……裏側の世界じゃなくて、学校の保健室かな?

 そういえば、ワタシはどうなっていたっけ……たしか、首を切り落とされたような……


 首に手を当ててみると、包帯が巻かれていた。

 きっと、治療の紋章が埋め込まれた包帯で、つなぎ合わせたんだ。




・イザホのメモ

【×××】




 スマホの紋章からメモを確認しようと思ったけど、ワタシの左の手のひらに埋め込んだスマホの紋章は光を失っていた。

 裏側の世界で、ブリキのネズミにかみ千切られたんだっけ。治療の紋章で傷を塞いでも、紋章は復活しないから。後でスマホの紋章を埋め直さないと……




「!! マウ、あれを見せてくれ!」

「あ、うん。ちょっと待ってね……」


 マウは自身のスマホの紋章を起動させると、モニターをワタシに見せてくれた。




 そこに写っていたのは、図書室。

 裏側の世界の出口である羊の紋章の前に、誰かが立っている。


 黒いローブを着ている人影。

 身長は本棚を超えており、黒いローブを身にまとっている。

 左手で首のないワタシの胴体を引きずっており、右手にはワタシの首を抱えていた。


 その人影の頭からは、ツノが生えている……


 この形は……




「イザホ、この人は……いや、こいつは……“バフォメット”だよ」




 10年前の事件を引き起こしたと言われている……羊の頭をした大男……!

 今までも裏側の世界で絵として目にしてきたけど……こんなところで実際に姿を現していたなんて……


 それなのに、ワタシがこの目で見たのは、刃物で反射したツノだけだった。




「出口である羊の紋章の前に立っていたバフォメットは、ボクたちの姿を見るとイザホを乱暴に捨てて走り去っていったよ……」


 マウにつづいて、フジマルさんが腕を組む。


「私とアンを襲った化け物も、そいつだった。あいつは何かを探し求めていたようで、かつ誰にも姿を見られたくなかったんだろうな。目が合った瞬間、こちらの胸ぐらをつかんで壁にたたきつけられたんだ」


 フジマルさんはおなかをさすりながら説明してくれた。そういえば、裏側の世界で再会したときにフジマルさんはおなかに手を当てていた気がする。


「ボクはあのブリキのネズミに襲われたかと思ってたよ」

「ああ、アンを逃がすためにあいつをおびき寄せたら、例の校舎に入ってな……ブリキのネズミもバフォメットを侵入者と判断して襲ってきたから、その隙に逃げ出したんだ……」


 ワタシの胸の中には、都市伝説の中だけの存在だったバフォメットの姿が鮮明になってきた。


 バフォメットは、実在していた。


 そして、この現代に起きている事件にも、関わっている。


 10年前の事件と、現代に起きている事件。


 それをバフォメットがつないでいる。


 人格が宿った死体という名の作り物フランケンシュタインの怪物の存在理由を見つけるために、避けて通れないことがハッキリした。




 ふと、アンさんに顔を向けてみた。


 アンさんの手には、端末のようなものを持っていた。

 それをスマホの紋章のように、画面に指を置いている……


「それ、スマートフォンってやつだよね?」

「……!!」


 マウが声をかけると、アンさんはすぐにスマートフォンと呼ばれる端末を後ろに隠した。

 スマートフォン……スマホの紋章は、紋章が普及される前に使われていたスマートフォンと呼ばれる端末の機能を紋章で再現したものだと、マウに聞いたことがある。


 マウは悩むように黙り混んで、フジマルさんの顔を見る。


「ねえフジマルさん……アンさんが羊の紋章が入った本を持っていた理由の一因がデリケートな問題だったらさ……ボク、どう聞けばいいのかな?」


 それに対してフジマルさんはうなずく。任せてくれと言っているように。


「アン、これは私の勘を頼りにした勝手な推測であり、違っていたら反論してくれ」


 アンさんと顔を向き合い、フジマルさんは一呼吸置いた。




「君は“紋章アレルギー”を持っている。そのことでクラスメイトと親しくできなかったものの、ウアとリズはそれを受け入れ、仲良くなった……しかし、ウアの失踪をきっかけに、君はある理由からリズも信用できなくなった……それでリズからも距離を置くようになったと、私は勝手に考えている」




 アンさんは静かにうなずき、そして話を始めた。


 スマートフォンを持っている左手には、紋章が埋め込まれていなかった。




 ワタシは、昨日殺された紋章研究所所長のテイさんの話を思いだした。


 紋章アレルギーとは、紋章を埋め込むと体が拒絶反応を起こして、よくて呼吸困難……最悪死に至るアレルギー反応。紋章アレルギーを持っている人は、体のどこにも紋章を埋め込んでいない。


 瑠璃絵小中一貫校では、生徒たちには教科書の紋章を埋め込ませて学習に利用している。

 だけど、紋章を埋め込むことのできないアンさんは、授業に追いつくために勉強するのに必死で、クラスメイトと話すことがあまりなかった。それがいつしか紋章を埋め込んでいる他人に嫉妬心を抱いているとクラスメイトに勘違いされ、より距離が離れてしまったという。


 そこに手を差し伸べたのがウアさんだった。

 たまたまウアさんの絵を見ていたアンさんに声をかけ、事情を知り、受け入れてくれた……


 そのことから、ウアさん、そしてその友達のリズさんと親しくなったという。




「それが、1カ月前にウアさんが行方不明になって、リズさんとも距離を置くようになったんだよね……」


 マウが確認すると、アンさんはうつむいてしまった。


「ボクたちは、この事件を追いかけている。だからさ、教えてくれないかな」


 ……アンさんの体が、震えている?


「追いかけたって……」


 体を震わせ、ゆっくりと、アンさんは顔をあげて……




「事件を追いかけたって……ウアお姉ちゃんは帰ってこないんだ!!」




 くしゃくしゃな顔を、ワタシたちに向けた。




「ウアお姉ちゃんが消えた次の日、リズお姉ちゃんが教室で寝ていた! 寝言を言っていた! どうして死んじゃったのって!!」


 涙声で、必死に叫んでいる。


「僕、わかりたくなかった……ウアお姉ちゃんが死んだなんて……リズお姉ちゃんがそれを知っているなんて……わかりたくなかった!!」


 リズさんは、ウアさんの死をわかっていた。


 それも、失踪から1カ月後にわかったワタシたちよりも早く……


 少なくともウアさんが失踪してから、たった1日で……夢の中で……


「だから、誰かが置いた本を僕の机の上に見つけた時……面白い本の中の秘密基地の中で、忘れたかった……!! 忘れたかっただけなのに……」


 涙を床に落としながら、アンさんは鼻水をすすった。




「そっか……そういうことだったんだね」




 廊下から聞こえてきた声に、ワタシとマウ、フジマルさん、アンさんは入り口の扉に目を向けた。




 ガラリと扉が開かれると、その女子中学生は大きく伸びをする。




「ねえフジマルさん。イザホとマウ、それにアンと4人で話してもいい?」




 教室に入ってきたリズさんは、眠たそうに目をこすった。

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