第42話 作り方




 運動場にある倉庫の裏側に、リズさんはワタシとマウ、アンさんを連れてきた。


「ごめんね。あたしの寝言のせいで嫌な思いをさせちゃって」


 リズさんは両手を両膝につけて、アンさんと目を合わせた。


「……」


 アンさんはマウの後ろに隠れる。

 マウの方が小さいから、ぜんぜん隠れてないけど。


「ねえリズさん……実はボクたちも、リズさんを学校に送っている時に寝言を聞いたよ。リズさんって、予知夢ってやつを見ることができるの? もしかして、それがよく眠る原因?」


 予知夢……

 今まで耳にしたことがないけど、知能の紋章はその知識を持っていた。夢を通して、未来の出来事を予知すること……

 マウの推理も、うなずけるけど……


「ぶっ!」


 リズさんはそれを否定するように、吹き出して笑った。


「いやいやいや、ないないないない! 超能力者じゃあるまいし!」


 おなかを抱えて笑うリズさんに対して、ワタシたちは口を開けることしかできなかった。


「ふー、笑い疲れちゃう。夢ってさ、自分の記憶を元にして作られるんだよ? 自分が見たことや聞いたことのない未来のことなんて、夢に出てくることはないよ。過去を参考にした予感ぐらいはあるだろうけど」

「……それじゃあ、ウアさんのことは実際にその目で見たってこと? それに、昨日のテイさんのことも……」


 リズさんは「んー」と目を空に向けて、首を振る。


「はずれ。この目で見たんじゃなくて、この耳で聞いたんだよ。実際に見た人から」

「そのリズさんに教えた人って!?」「リズお姉ちゃんに教えた人って!?」


 マウとアンさんが、一斉に体を前に出した。

 アンさんは眉を上げると、すぐにマウの後ろに戻っちゃったけど。


「……黙秘権、だよ」


 口の前に人差し指で作ったバッテンを当てて、リズさんは笑みを浮かべていた。




 マウは次の言葉が思いつかないのか、しばらく黙ったまま首をひねっていた。


 ワタシも、どんな言葉をかけるべきなのかわからない。


 黙秘権とは、警察の取り調べを受ける人が都合が悪くて話さないことができる権利のこと。ワタシたちは警察じゃないけど、リズさんにハッキリと主張されたから、これ以上ウアさんたちのことについて聞くのは悪い気がする。




「……ねえ」


 マウの後ろにいたアンさんの声に、リズさんは嬉しそうに口を開ける。


「なに?」

「……リズお姉ちゃん」


 アンさんは、勇気を出すようにマウの前に出てきた。


「……ウアお姉ちゃんが殺された時、リズお姉ちゃんはその場にはいなかったんだよね? リズお姉ちゃんは、殺していないんだよね……!?」


 アンさんが信じたくなかったこと……


 それって、リズさんがこの事件の犯人かもしれないという、疑いだったんだ……


「当たり前じゃん。ウアはあたしの友達だよ?」


 リズさんに頭をなでられたアンさんは、照れくさそうに下にうつむいた。


「ねえアン、これからイザホとマウと3人でお話がしたいの。だから続きは明日でいいかな?」

「……あの人たち、信用できるの? 特にあのお姉ちゃん……」

「だいじょうぶだって、イザホは首が落ちたって平気なこと、知っているから」


 ……やっぱり、なにかがおかしい。

 リズさんは、あの場にはいなかったはずだ。


 だとしたら……


「それに、イザホはああ見えてアンと同い年なんだよ?」


 !? 「えっ!?」


 声を上げたのはアンさんじゃなくてマウの方だった。

 たしかに、アンさんは小学四年生だから10歳だ。だけど、ワタシが10代後半の背丈をしているのに、作られて10年であることも……知っている……?




 アンさんは自分なりに解釈するようにうなずくと、リズさんから離れてその場から立ち去って行く。


 途中で振り返り、口の周りに手を当ててワタシの方に顔を向ける。


「ねえ! イザホお姉ちゃんにマウ! 絶対に悪い奴、捕まえてね!!」


 笑顔で叫んで、アンさんはげた箱へと去って行った。




「……リズさん」

「わかってるってば、マウ」


 3人だけになった倉庫の裏側で、リズさんはワタシの大きな左手を握った。


「……やっぱり、ウアのお父さんとおんなじ手だ」


 同じようにワタシの右手を手にとって、大きさの違う左手と比べていた。




 その顔は、今までのリズさんとは大きく違った雰囲気だった。


 まるで、物を鑑賞して感情に浸っているような……


 まるで、自分の罪を見つめているような……


 まるで、用意しているものが明かされることを、楽しみにしているような……


 そんな、笑みだった。




「ねえイザホ……君の作り方、知りたいでしょ? だからこの鳥羽差市に来たんだよね?」




 ……ワタシの……作り方?


 ワタシがこの鳥羽差市に来たのは……ワタシの存在理由を見つけること。


 お母さまのひとり娘の代わりとして作られた死体なのか。

 それとも被害者6人の意思を受け継いだ存在なのか。

 それとも被害者たちとは関係なく生きるべき存在なのか。


 10年前の事件について知って、それがわかれば十分なのに。




「おとといさ、ウアのお母さんのことで話した……会社の社長っていう紋章の話、覚えている?」




 あれはたしか、喫茶店セイラムでウアさんの行方の手がかりを聞いて、リズさんがウアさんの母親であるハナさんについて話していた時だ。


 会社の社長という紋章……それは、ワタシたちが埋め込んでいる紋章ではなくて、“会社の社長であるから”という言葉のたとえ話だった。

 正直、紛らわしいたとえだったけど。




「ウアのお母さんは、会社の社長だって自分に言い聞かせることで、他のことを忘れることができた。こんな感じに、紋章で表すとわかりやすく説明できると思うの」




 リズさんは左手を空に掲げた。


 もう空は、夕焼けになろうとしている。


 その左の手のひらには、スマホの紋章が埋め込まれていた。




「あたしたち人間は、いろんな紋章を体に埋め込んで活用している。イザホは、つなぎ合わせた死体にいろんな紋章を埋め込まれて作られた。でも紋章って、あたしが考えてできたわけじゃないし、作ったりしたわけでもない」




 スマホの紋章が埋め込まれている左の手のひらを空に向けて、左手の小指と右手の小指をくっつけた。




「紋章は、他の誰かから埋め込まれて、初めて自分で使うことができる。紋章は、自分では作れない……でしょ?」




 まるで何かを抱えるようなしぐさで、首をかしげる……


“いい? イザホ、敬意オマージュはね……他の誰かから影響を受けて、自分を作り上げることなの。自分は、自分では作れないの”


 ……どうして胸の中で、お母さまの言葉が浮かんだんだろう。




「だから、いろんな人に紋章を埋め込んでもらって、あたしたちは作られるの。本当の紋章じゃなくて……“心としての紋章”。その人がスゴイって思えたり、逆によくないって反面教師にしたり……時には勝手につけられたり……でも紋章をどう使うかは、自分で決めることができるんだよ」




 ……リズさんって、本当に不思議な人。


 ワタシには、リズさんの言っていることが理解できなかった。




「ねえリズさんってさ……意外に大人っぽいよね。ボクはよくわかっていないけど、それも“心としての紋章”のおかげ?」




 マウに尋ねられたリズさんはうなずくと、親しい友達を見たかのような、笑顔を向けた。




「ウアと一緒に見たあの景色を見た時……あたしは初めて、この言葉の意味がわかったよ」




 リズさんの後ろの倉庫が、一瞬だけ廃虚の壁に見えた。


 10年前の死体を見つけた、顔も知らない小さな女の子のように。











 その後、リズさんと別れたワタシとマウは、フジマルさんと合流して、フジマルさんの車に乗り込んだ。

 リズさんはひとりで電車を使って帰ると言っていた……今となっては、居眠りする心配をかける気分ではなかった。




 自動運転の車は瑠璃絵小中一貫校を立ち去り、鳥羽差警察署へと向かった。


 車の中でフジマルさんはスイホさんに今日のことを連絡した。

 するとスイホさんは、今日は捜査会議で忙しいため話を聞くことはできず、裏側の世界に続く羊の紋章が埋め込まれた本を受付に渡すように指示をした。

 なぜフジマルさんが黒い本を持っているのかをマウに聞いてみると、どうやらワタシが首と胴体をつなげて起きるまでに、フジマルさんがアンさんから借りたんだって。


 鳥羽差警察署の受付の人に黒い本を渡すと、次は阿比咲クレストコーポレーションの本社にある紋章研究所に向かうことにした。

 今回の裏側の世界で、ワタシは左上に埋め込んだスマホの紋章を、ブリキのネズミにかみ千切られた。その紋章を、あらためて埋め直してもらうためだ。




 自動運転の車の中、ハンドルのない運転席でスマホの紋章をつついていたフジマルさんは「おっ!?」と声を上げた。


「どうしたの? フジマルさん」

「スイホから連絡だ! 昨日、ふたりが裏側の世界から持ち出した筆箱、その持ち主が見つかったかもしれないとのことだ!」


 スイホさんがフジマルさん宛に送ったメール。

 その内容によると、筆箱の中に入っていた定規からワタシのものではない指紋が検出されたという。

 筆箱の中身には手をつけてなかったから、ワタシの指紋はつかなかったんだ。


 その指紋は、小学生ぐらいの子供のものだったという。


「それがアンさんのものだとしたら……昨日の裏側の世界で筆箱を落とした仮面の人間は、アンさんの知り合いだったということ?」


 マウの推測に、フジマルさんは白い歯を見せてうなずいた。




 紋章研究所にたどり着いて、ワタシたちの紋章を埋め直してもらった。

 これで、今まで使えなかったスマホの紋章が起動できる。さっそく、メモを確認しなきゃ……


・イザホのメモ

https://kakuyomu.jp/shared_drafts/gio1egWzTdXdEKT1hwSVysBGeiYZxYxs


・空腹を気にする

https://kakuyomu.jp/shared_drafts/NOZJeS5T4OHYjhYz4EtkKEtTvM9htCIk











 その後、ちょっと早めの夕食を済ませたワタシたちは、マンション・ヴェルケーロシニで車から降りて、フジマルさんと別れた。

 明日、また警察署にいって今日のことを話したあと、また探偵事務所で今後のことを話し合うことを約束して。




 夜、1004号室のワタシとマウは、パジャマに着替えてベッドの中に潜り込んだ。


 時計はもうすぐ21時を指そうとしていた。


「それじゃあイザホ、おやすみなさい」


 うん。おやすみなさい。




 側にあったスイッチを押して、照明を消した。











 ……だけど、ワタシの体に埋め込んだ紋章はちっとも眠ってはくれなかった。


 なんども体を動かしては、たまに時計を見る。




 22時……23時……0時……1時……




 さっきから飽きるようなことしかしていないのに、全然眠たくならない。


「……イザホも、眠れない?」


 ナイトキャップを被ったマウに声をかけられて、うなずく。


「そっか……ボクもなんだよね……なんだか、今日のことで頭がいっぱいってかんじ」


 ワタシもそうだよ。


 リズさんの不思議な言葉……


 人格が宿った死体という名の作り物フランケンシュタインの怪物には、その言葉の意味がわからなかったけど、リズさんはワタシの作り方を教えてくれたつもりだ。


 だから、ワタシの存在理由を知るきっかけになると思うと、忘れることはできなかった。

 ワタシの正体を知っていたことが、疑問だけど。




 もうひとつ疑問がある。


 今日の裏側の世界では……殺された人も、インパーソナルもいなかった。


 昨日まで起きていたことが起きないと、なんだか変な気持ち。


 それに今思えば、アンさんは人物画の6人には含まれていなかったはずだ。


 もしかして、今日の裏側の世界は……昨日までの裏側の世界と、事情が違っていたのかな?




 いろいろ考えていると、寝室に着信音が鳴り響いた。




「……? こんな時間に誰だろう……?」


 マウのスマホの紋章だ。

 スマホの紋章を起動させて電話に出たので、ワタシも一緒に耳を澄ましてみよう。




「はい、もしもし……」


「……マウちゃん、それにイザホちゃんも、起きてるな?」


 この声は……喫茶店セイラムの店長であるイビルさんだ。


「イビルさん? こんな時間にどうしたの?」











「リズを、見なかったか? まだ帰ってきていないんだが……」




 時計は、深夜の2時を示していた。









――ACT4 END――

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