第40話 絵が見守る家とブリキのネズミ

・イザホのメモ

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 天井の裏に立つブリキのネズミの大群に、ワタシたちはにらまれている。


「フジマルさん……ブリキのネズミって、どうやって襲ってくるの?」

「絶対に近づかせるんじゃないぞ……その場にある家具で、やつらをまとめてつぶすんだ……!!」


 ワタシは近くにあったイスの足を、フジマルさんは机の足を、マウは掃除用具入れの中にあったちりとりを……


 それぞれ手に持って、ブリキのネズミと目を合わせた。




「どろぼー」




 その声を引き金に、ブリキのネズミたちは一斉に飛びかかってきた。


「来るぞ!!」


 フジマルさんの声とともに、ワタシたちは手に持っているものを前にかざした。




バツンバツン




 雨粒が傘にぶつかるような音が、イスの腰掛ける部位から聞こえてくる。


 すぐにその部位から、カサカサとよじ登ってくる。


 ワタシはすぐにイスを近くの壁にたたきつけ、腰掛ける部位からブリキのネズミをはたき落とす。


 ブリキのネズミが起き上がる前に、イスの背もたれをかかげ、力任せに降り下ろす。




バギィ




 イスの背もたれに押しつぶされ、ブリキのネズミたちは手や足、首、義眼、そして金属の破片を空に飛ばした。


 紋章によって動いていたブリキのネズミには、血も内臓も、歯車すらもない。

 ワタシと同じように、紋章の魔力だけで動いているのだから。




「うりゃうりゃ!!」




 マウは飛び上がり、ちりとりを巧みに操り、壁や床にブリキのネズミごと押し当ててる。

 ただのハエたたきではない。防衛本能で一瞬のミスを起こさないように、自身を守っている。




「でうらぁっ!!」




 フジマルさんは豪快に机を振り回し、大量のブリキのネズミを空に飛ばす。

 無表情なまま空を飛ぶブリキのネズミたちに、さらに追い打ちをかけるように机の表面で壁にたたきつけた。




「! いっ!!」


 マウが突然、声を上げた。


 右手からは、血を吹き出している! ブリキのネズミがかみ切ったんだ!


「このっ……」


 マウはブリキのネズミを回転させて吹き飛ばすと、再びちりとりを振り回し始める。だけど右手が痛むのか、動きが遅くなっている……




「くそっ!!」


 今度はフジマルさんだ! 

 フジマルさんは首元に近づいていたブリキのネズミをつかみ、壁に放り投げる。


 ブリキのネズミは、明らかにフジマルさんの首元にかみつこうとしていた。

 生き物の首には、たしか頸動脈けいどうみゃくと呼ばれる血管があったはず。その血管が切れると……生き物は大量の血液を出して、死亡する!


 ブリキのネズミが販売中止になった理由がはっきりした。

 彼らは侵入者を、殺害して排除するんだ!




「イザホッ!! 腕!!」




 マウの声とともに、左手にかみ切られた感覚がした。




 左の手のひらを見ると、ブリキのネズミがスマホの紋章をかみ千切っていた。


 スマホの紋章は赤く点滅して、消えた。

 紋章は削られるとその力を失うから。


 やがてすぐに、耳たぶの無線の紋章も食いちぎられた。


 次々とブリキのネズミが、ワタシの体を駆け上がっていく。


 彼らの目指しているのは……




 ワタシの左胸だ。




 ワタシの左胸に埋め込んでいる、知能の紋章、人格の紋章、動作の紋章……そのどれかに……!!




 彼らは、ワタシが生き物ではなく、紋章によって動く人格が宿った死体という名の作り物フランケンシュタインの怪物であることを理解している!!




「イザホ!! すぐにふりほどくんだ!」


 フジマルさんとマウとの距離も、離れている。

 ふたりとも、自分を守ることで必死だ!




 ワタシは体中を駆け上がるブリキのネズミを手ではたき落とす。


 だけど、間に合わない! ワタシが1匹を落とすと、5匹がワタシの体につく!


 なんどもはたき落としても、ブリキのネズミはお構いなしに進んでいく……!




 ……!!




 ワタシの視界に、小さな右手が目に入った。




 そこには、群れから外れた仲間外れのブリキのネズミ。




 よく考えれば、この枝のように細い右手は、左手と比べて床から遠い。


 だから、左手はすぐにかみ千切られても、右手は他の部位を通って向かわないと届かなかったんだ。




 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない……!




 ワタシは仲間外れのブリキのネズミが目指していた紋章に、左手を伸ばした。




 ワンピースの中に、ブリキのネズミが入る感触を感じた。











 ワタシは懐中電灯とイスを放り投げ、全身を震わせた。









 まるで、電流が流れ込んだような、断末魔のけいれんのように。










 いや、違う。断末魔なんかじゃない。




 自分自身に、電流を流し込んだのだから!











 ブリキのネズミたちは、木を揺すられた果実のように床に落ちていく!




 ワタシは自分自身に、右手の甲に埋め込んだスタンロットの紋章で、自分自身を感電させた。


 この紋章を起動させると指先に出てくる半透明の棒に触れると、触れた物体にスタンガン並の電気を流し込むことができる。

 それを自分自身の首筋に当てたことで、ワタシの体に電流が駆け巡り、体についていたブリキのネズミたちを落とすことができた!




 ワタシは死体だから、しびれはするけど痛みは感じない。


 それに、生きている人間より、電流を流された時のしびれから回復するまでが早い。昨日の裏側の世界で、しびれさせた仮面の人間とワタシの反応の違いから学んだ。


 床に落ちたブリキのネズミたちが起き上がる前に、ワタシはイスをつかみ、すくい上げるようにブリキのネズミたちを吹き飛ばす。




「イザホ! マウ! 一度外に逃げるぞ!」




 フジマルさんは床に机を押しつけながら叫んだ。


 それにマウもうなずく。ふたりもなんとか危機をしのげたようだ。




 フジマルさんとマウは近くの出口から教室を出た。


 距離の離れていたワタシにとっては、ふたりとは別の出口の方が近い。


 床に落ちていた懐中電灯を拾うと、ワタシはその出口に向かい、




 教室から逃げ出した。










 暗闇の廊下を懐中電灯の光を頼りに突き進んで、気づいた。




 さっきからマウとフジマルさんの姿が見えない。はぐれてしまったんだ。




「どろぼー」

「どろぼー」

「どろぼー」




 だけど、立ち止まれない。



 後ろから、まだ確実にブリキのネズミたちが近づいてくる。




 学校というものがこんなに迷いやすいなんて、想像もつかなかった。




 !!




 曲がり角にさしかかった時、懐中電灯の光を、人影が横切った。


 もしかして、フジマルさん!?




 ワタシは人影が通った方向に曲る。




 その先には、たった今、音を立てて閉じた扉があった。


 あの大きさは……倉庫……?




 ワタシは迷わず、その扉の中に飛び込んだ。











 扉を閉めると、再び後ろからドンドンと扉をたたく音がなる。


 どうやらブリキのネズミは、自分から扉を開くことは出来ないみたい。

 だけど、いずれはこの部屋に入ってくる。その前にこの部屋から出ないと……




 目の前の扉から後ろを振り返ると、懐中電灯の光がテーブルを照らした。




 テーブルの上にあったのは……ドールハウス。

 その中に、ふたつの人形が飾られていた。




 ひとりは背が高い整った体格の人形……手を広げている。


 もうひとりは黒いローブを着ていて……背の高い人形の首に、刃物を刺している。




 その様子を見守っているのは……ドールハウスの壁に描かれた絵。




 ……よく眠る女子中学生のリズさんだ。

 リズさんが頬づえをついて眺めている目。それが、人形たちの殺害現場を眺めているように描かれている。




 この人形のローブ……外せないのかな?


 ワタシはそのローブに手を伸ばしてみた。











 ……だけど、触れなかった。



 首元に、大きな刃物が当てられたからだ。




「ミルナ」




 刃物が反射して、ツノらしきものが見えた。











 首に刃物が押し込まれるとともに、ワタシの視界が止まった。










 まるで、ビデオの映像が止まったかのように。










 音も、なにも聞こえない。









 やがて、映像も暗闇へと変わった。










 目の紋章も、耳に埋め込んだ聴覚を補う紋章も、今はまったく機能していない。


 たぶん、首を切断されたからだと思う。




 ただわかるのは、手足とともに残った胴体が、引きずられていく感触だけ。


 でも、動かなくなった死体になっていない。まだ、いろいろ考えることができる。


 普通の人間とは違って、ワタシには脳がない。

 脳の役割を補う知能の紋章と人格の紋章が、胴体に埋め込まれているから。


 きっと体も動かせると思うけど、やめておいた。


 視覚や聴覚が失われた状態では、引きずる相手にとても抵抗できないから。




 見ることも聞くこともできないでいると……


 だんだん眠くなっていくものなのかな……




 マウの顔を胸の中に浮かべながら、


 ワタシは体に埋め込んだ紋章たちが眠っていくのを感じた。



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