第32話 青の早朝




 どこからか大きな音が聞こえてきて、ワタシは夢から覚めた。


 このアラーム音は……スマホの紋章からだ。

 ワタシはもふもふした触感のあるものから手を離し、スマホの紋章を起動させる。


「もうちょっとなでてよ……って、ちょっとまって!?」


 昨日設定しておいたアラームを停止させると、マウが跳ね起きた。


 ワタシのスマホの紋章のモニターには、時刻が5時30分であることを知らせていた。


「……ふう、よかった……寝過ごしたかと思ったよ。イザホになでられる夢を見てたからさ」


 マウは胸をなで下ろすと、ベッドのシーツに落ちていたナイトキャップを被り直す。

 そういえば、右手にマウをなでた後のような感触が残っている。夢の中ではお母さまになでられたはずなのに。


「それじゃあ、出かける支度をしよっか」


 ぴょんとベッドから降りたマウにうなずいて、ワタシもベッドから離れる。


 今日は依頼のために、早く起きることにしていた。

 寝室から出て、着替えよう。











 マンション・ヴェルケーロシニの1004号室から出て、外廊下から見える空模様を見てみる。


 空は水色ではなく、青色だった。

 下を見下ろすと、まだ街頭がついている場所が見える。そろそろ消えるとは思うけど。


「太陽が直接当たらないだけで、こんなに雰囲気が違うんだね」


 マウの言う通り、太陽はまだ山から少しだけ顔を出している程度だ。

 ワタシたちがお屋敷で暮らしていたころは、毎日太陽が出た時間に起きていたから、こんな不思議な体験は初めて。


「それじゃあイザホ、早く下に行ってフジマルさんを待とうよ」


 今日のマウは学ランに学生帽と、まるで学校の生徒のような格好をしている。今日の依頼に会わせているのかな?


 ワタシとマウは、エレベーターに向かって歩き始めた。


 隣に住んでいる紋章ファッションデザイナーのナルサさんとも会わなかったことも含めて、なんだか特別な日のような錯覚をした。











 エレベーターから1Fのエントランスに降り立つと、マウは出入り口の自動ドアの向こう側を見つめる。


「フジマルさんは……まだ来ていないみたいだね」


 今日、ワタシたちはフジマルさんと合流した後、喫茶店セイラムに向かう予定だ。

 リズさんからの依頼された調査の打ち合わせを、喫茶店セイラムで行う。だから今日は朝食は取らずに、喫茶店セイラムで食べることにしていた。


 今日こそはコーヒー、飲めるかなあ……




「おふたりとも、いかがなさいましたか?」


 管理人室の扉が開かれるとともに、低く大人びた声が聞こえてきた。

 このマンション……ヴェルケーロシニの管理人さんだ。


「誰かをお待ちのようでしたら……こちらで待っていただいても構いませんよ?」


 誘うように開かれた扉を見てから、マウはワタシの顔に目線を移した。


「イザホ、お誘いに乗ろうか?」


 そういえば、昨日はマウがナルサさんに彼女がいたことでショックを受けたから、先を急ぐことを優先して管理人さんと会わなかった。

 せっかくだし、管理人室でフジマルさんを待とうかな?


・マンション・ヴェルケーロシニの誘いに乗る

https://kakuyomu.jp/shared_drafts/L2t5aWr3S6R4FfjtFKDU16FFoVGYU63D






 外に出ると同時に、フジマルさんの車がマンション・ヴェルケーロシニの前に止まった。


「イザホ! マウ! 待たせたな!!」


 車のサイドグラスが降りると同時に、運転席からフジマルさんの顔が出てくる。


「フジマルさん、遅いよー」

「いやあ、アラームをスヌーズに設定し忘れたもんだから、二度寝をしたら思ったよりも熟睡してしまった!」


 その割には身なりはきちんとしているように見える……いや、よくみるといつもの無造作ヘアーよりもねぐせが多い。

 この車は自動運転専用だから、車内で身なりを整えたんだ。


「さて、それじゃあふたりとも車に乗ってくれ! 喫茶店セイラムで依頼主と打ち合わせをするぞ!」











 ――ウアの友達が、なんだか様子がおかしいの――


 フジマルさんの車の後部座席で、昨日のリズさんの言葉を思い出す。


 リズさんの話によると、ウアさんには仲のいい年下の男の子がいたという。

 その男の子は普段からあまりクラスメイトとは関わりを持たなかったけど、ウアさんやリズさんには心を開いていた。

 ところが、ウアさんの行方がわからなくなると、男の子はリズさんとも口を利かなくなったという。その上、毎日奇妙な本を持ち歩くようになった。

 それとともに、男の子に対して奇妙なウワサが流れたという。


 休み時間の間だけ、彼は学校からいなくなる。




「そういえば昨日のリズさんの話……勘違いしそうなんだけど、授業中には普通に出席しているわけだよね? その男の子」


 ふとわれに返ると、マウがフジマルさんにリズさんの依頼について確認をしていた。


「ああ、授業が終わると教室から出て行き、始まるころにはちゃんと戻ってきているようだ。ただ、彼が教室から出て行った後を見たものはおらず、出て行く時には必ず決まって奇妙な本を持ち歩いていた……リズはそう言っていたな」


 このことについてリズさんは、ウアさんの事件と関係があるかもしれないと推測していた。 

 1ヶ月前はウアさんが行方をくらました日。

 それだけでは必ずしも事件と関わりがあるとは断言できない。ワタシも紋章研究所の件では1カ月前に紋章の道具が盗まれたことについて、事件に結び付けようとしていたけど。


 ただ、少しでも可能性があるなら……調べてみる価値はある。

 事件を調べているのはワタシたちだけではなく、鳥羽差署の警察も動いている。捜査に関してはあちらの方が人員や道具で優れているよね。

 それゆえに動きづらい場所もある。学校ではやっているウワサだけでは動かないだろうとフジマルさんは言っていた。

 動きづらい場所は、少人数の私立探偵であるワタシたちが調査する。そのことを踏まえて、フジマルさんはリズさんの依頼を受けることにした。


 それに、昨日の3回目の裏側の世界で手に入れた手がかり……あの仮面の人物が落とした筆箱。

 学校は、筆箱が多く使われている場所のひとつだ。あの筆箱の持ち主も、もしかしたら……




「あ、イザホ。……そろそろ降りる準備をしよう」


 マウは窓の外の看板を指さして声をかけてきた。


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