第33話 夢見る女子中学生

・イザホのメモ

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 …… 「……」 「……」


 喫茶店セイラムの店内のテーブル席で、ワタシたちはリズさんを待っていた。

 ……30分ほど待ってもまだこない。

 マウはブッブッと鼻を鳴らし、フジマルさんは腕を組んでなぜか瞑想めいそうをしている。

 ワタシも、そろそろ朝食が食べたい……


「ごめん! 寝坊しちゃった上にトイレで二度寝しちゃった!!」


 カウンター奥の扉が開かれ、リズさんが飛び出してきた。

 今日はノースリーブトップスとワイドパンツではなく、白色のセーラー服姿。リズさんの通う、学校の制服かな。

 肩にはスクールバッグがかけられている。


「おおっ、おはよう! リズ!! ちゃんとぐっすり眠れたか?」

「うん。おかげで1時間目の授業はなんとか眠らずにすみそう」


 リズさんはテーブル席につくと、扉から店長のイビルさんが出てきた。

 さっきまでリズさんを起こしてもらっていたんだ。ここまでかかるとは思わなかったけど……


「ふう……ずっと待っててボクはもうおなかぺこぺこだよ。イザホ、君もそうでしょ?」


 うん。イビルさんはリズさんが起きてから作ると言っていたから、それまでずっと待たなきゃいけなかったからね。


「さて、イビルが朝食を作っている間に、先に打ち合わせをしておこうか!」

「うん、ちょっと待ってね……」




 フジマルさんの横に座ったリズさんが取り出したのは、1枚の写真。

 森の中の川を背景に、3人の人物が写っている。


 左には満面の笑みでピースサインをしている少女……リズさん。

 このころは小学生のころかな?


 右には控えめながらもほほ笑む少女……ウアさんだ。

 背丈はリズさんと同じ。


 そして真ん中には、ふたりよりも背の低い男の子が立っていた。

 Tシャツにハーフパンツという夏を感じる服装に、おかっぱの髪形が特徴的。

 だけど表情はどこかオドオドしていて、両手も後ろで組んでいる。


 その男の子に、リズさんは指をさした。




「イザホ、マウ、紹介するね。この子は“波戸内 安ハトナイ アン”。小学生のころ、ウアがあたしにアンを紹介してくれたんだ」

「それじゃあリズさん、この写真は……」

「そう、一緒に川に遊びに行っていた時の写真なの」


 写真に写るアンさんの顔を、マウと一緒に見る。


「このアンっていう人が、ウアさんが失踪してから怪しい本を持ち歩いているの?」

「うん。アンはウアととても仲良しだった。ウアの友達だったあたしも、アンと仲良くなれたの。だけど、ウアが消えてからアンは……」


 たしか、口を利かなくなったんだっけ。

 胸の中で記憶の整理をしていると、フジマルさんが人差し指を立てた。


「アンはリズとウアが通っている“鳥羽差瑠渡絵私立小中一貫校とばさるどえしりつしょうちゅういっかんこう”の小学生……今年で4年になるな」

「小中一貫校って言うから、中学生であるウアさんやリズさんとも校舎内で関わることができるってわけだね」


 マウの言葉に、リズさんは「あたしとウアは中3だよ」と指を3本立てた。


「それでリズ、我々はどうやって校舎内に侵入すればいいんだ?」

「えっとね……」


 リズさんがスクールバッグから取り出したのは、1枚の用紙。


「なるほど、授業参観か……」

「授業参観って、いわゆる参観日ってことだよね?」


 マウの確認に、フジマルさんとリズさんはうなずいて答えた。

 ワタシは参観日と聞かれてもあまりピンとこなかったけど……授業参観を知らせる用紙の内容を見て、なんとなく分かってきた。

 今日の4時間目と5時間目の時間帯は、実際に授業をしている様子を見に行くことができるそうだ。


「でも、ボクたちはリズさんの保護者じゃないよ。部外者が勝手に見に行ってもいいものなの?」


 マウが首をかしげていると、カウンターに手を置いていた店長のイビルさんがせき払いをした。


「私の代わりにリズを見に来たと言えば問題はないだろう。一応、保護者であることを示す名札をフジマルに渡しておく」

「ああ! くれぐれも名札を渡すことを忘れないようにな!!」


 フジマルさんはイビルさんからワタシたちに目線を戻す。


「よし……リズ、我々にこう動いてほしいという希望はあるか?」

「えっとね……」




 リズさんの希望は、主にふたつ。


 ひとつは、アンさんの調査を行う時間帯だ。

 4時間目と5時間目の間は、お昼休みとなっている。もちろん、アンさんはそこでどこかに消えてしまうだろう。

 そこで、4時間目が終わる直前でワタシたちはすぐにアンさんの教室に向かい、お昼休みになったらすぐに尾行を初めてほしいという。

 5時間目の後はそのまま帰宅のため、チャンスはその時しかない。


 もうひとつは、絶対に騒ぎを起こさないようにという注意。

 イビルさんの代わりとはいえ、学校の職員たちにとってワタシたちは初対面だ。

 もしも尾行の最中に不審者だと勘違いされたら、依頼したリズさんの印象まで悪くしてしまう。




「騒ぎを起こさないって、わりと細かいところまで気にしているんだね」

「うん。周りに迷惑かけたら、余計にアンと仲が悪くなっちゃうから」

「リズは昔からよく寝る分、よく考えるからな!」


 フジマルさんが褒めると、リズさんは「えへへ」と隠すことなく笑みを浮かべた。


 その時、おなかの音が一斉に鳴り始めた。

 マウ、フジマルさん、リズさんのおなかの音が一斉になって、ちょっと面白い。


「そういえばお父さん、ごはんは……」




 イビルさんは先ほどと変わらずにカウンターに手をついている。

 ワタシたち4人に一斉に見られて、ようやくハッと目を見開いた。




「……すまん、作るのを忘れていた」




 イビルさんは時計を見ると、すぐにカウンターの下に手をかけた。


 リズさんとの打ち合わせが終ったから、この後はそのままリズさんを学校に送る予定だ。

 だけど……今から作ると、学校が始まるまでに間に合わないかも……




 その時、イビルさんはこちらに向けてなにかを投げてきた。


 人数分あるなにかを、ワタシたちはそれぞれ受け取った。


 これは……




 バナナ? 「バナナ?」「バナナ?」「バナナ!」











 朝食はフジマルさんの車の中で、みんなとバナナを食べることになってしまった。

 もちろん、今日もコーヒーは飲めなかった。


「バナナはすぐにエネルギーになるから、忙しい朝にピッタリなの。あたしが遅刻しそうな時に備えてお父さんが用意してくれるんだ」




 先ほど、バナナ片手にそう解説していたリズさんは今、助手席で爆睡している。




「あれだけ眠ったのに、また眠っちゃうんだ……」


 つぶやくマウに、フジマルさんはここで伝えるべきだと言うようにうなずいた。


「リズはもともと眠るのが大好きだった。しかし小学6年生のころから、どこでも眠るようになったんだ。もっとも、学習には支障は出ておらず、友人たちともうまくつきあえているみたいだから、心配する必要はないだろう」


 リズさんは今も寝息を立てて寝ている。


「……ううん……ウア……」


 小さく寝言をつぶやいている。

 夢を見ているのかな……リズさんって今までどんな夢を見てきたんだろう?

 ワタシはこの街に来てから初めて夢を見たけど……リズさんは人間だから、これまでも夢を見てきているよね。




「……ねえ……テイさんも……そっちに……いるの……?」




 ワタシたちはリズさんの寝言で一斉に顔を見合わせた。

 テイさんは紋章研究所の所長で、犯人に狙われていると思われる人物画の6人のうちのひとり……

 そして、昨日殺されて人格なき死体インパーソナルにされた。


 テイさんの扱いは、死体の行方がわからなくなったこと、現場である裏側の世界につながる羊の紋章が消えたことから、ウアさん殺害に関わる失踪事件として処理されているはず。

 それなら、どうしてリズさんが……?


「……ま、まあ、偶然だよね。昨日起きたばかりの事件をリズさんが知っているわけないし」

「あ……ああ、夢が本当のことになるという正夢もあるからな!」


 苦笑いするマウとフジマルさん。

 だけどリズさんの寝言はまだ続いていた。




「……テイさんのお母さんを……利用するなんて……」




 再び顔を合わせたちょうどそのころ、車は鳥羽差瑠渡絵私立小中一貫校とばさるどえしりつしょうちゅういっかんこうの前で止まった。

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