第26話 体に刻まれる紋章

・イザホのメモ

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 フジマルさんの説明に、テイさんたちは戸惑いながらも納得してくれた。


 次の予定は、ワタシとマウに必要な紋章を埋めてもらうこと。警察からの聞き込みはそれからにすると言っていた。


「と、とりあえず……次はそっちのふたりの紋章だったね……ちょ……ちょっと準備してくる……アグス、くるんよ」

「あ、はい……」


 そう言って、テイさんとアグスさんは会議室から立ち去った。

 特にテイさんは……顔を真っ青にしながら。




 しばらくして、スマホの紋章で時刻を確認すると、今は16時半だった。


 テーブルの周りに人数分用意されたパイプイス。

 ワタシはそのひとつに腰掛け、膝にマウを乗せている。

 フジマルさんはこれまでの内容をスマホの紋章に記録しており、クライさんは相変わらず暗い顔で壁を見ている。


「まさか、イザホちゃんがあの事件の死体だなんて……」


 スイホさんは手帳に書き込むためのボールペンを机に置き、テーブルに肘をつけて髪を人差し指で巻き付けていた。


「……スイホさん、10年前の事件について知っているの?」


 パイプイスに腰掛けているワタシの膝元のマウが、スイホさんにたずねる。


「ええ……わがままいうのもなんだけど、その話はできればしたくないんだけどね」


 深くついたため息が、その言葉が本当であることを知らせているようだった。


 スイホさんは10年前の事件と関わりがあったみたい。

 もしかしたら、ワタシの体に使われている被害者の6人と関係があるのかも……できれば聞きたいけど、今はそっとしておいたほうがいいかもしれない。




「だあーーっ!!?」




 その時、どこからか悲鳴が聞こえてきた。


「……?」「今のは!?」


 クライさんはゆっくりと、スイホさんは声を張り上げて、悲鳴が聞こえてきた方向に顔を向ける。


「今の……アグスさんだよね……!?」


 マウが耳をピンと張り詰めてワタシを見る。


「あの方向はたしか、資料室のはずだ……よし、このフジマルが見に行こう!!」


 フジマルさんは勢いよく席を立つと、会議室の出入り口の扉に向かっていく。


「ねえイザホ……ボクたちも探偵助手として、ついていったほうがいいかな?」


・フジマルとともにアグスの様子を見に行く

https://kakuyomu.jp/shared_drafts/JZEfKGWmLeO4liiT1dai1VkPzX4aQWos




 会議室に帰ってくるとフジマルさんは、アグスさんは資料室に資料を取りに行っており、その際に棚の資料を落としただけという内容を説明した。

 ……心配して損だったなあ。




 その後、会議室で待っていると、会議室の扉が開かれた。


「テイ先生の準備ができたっす。イザホさんにマウさん、来てくださいっす」


 アグスさんの声に、ワタシとマウはうなずくと、席を立った。











 案内されて来たのは、先ほどの実験室の前。


「それじゃあ、俺っちはこれで失礼するっす」


 アグスさんはおじぎをすると、ひとりで元来た道を戻ろうとしていた。


「ちょ、ちょっと? どうしてアグスさんは帰っちゃうの?」

「いえ……実はテイ先生に言われて、俺っちはふたりを案内し終えたら会議室に戻ってろって言われたんっすよ」


 ……マウは露骨に嫌そうな鼻息をブッブッと鳴らす。


「それじゃあ、俺っちはこれで……」


 アグスさんが帰って行くと、床に足をついているマウは心配そうにワタシを見上げる。


「本当にだいじょうぶかなあ……あの人とだけって、嫌な予感がするんだけど……」






 研究室では、先ほどガラス張りの壁があった場所に、ベッドが置かれていた。

 毛布やシーツどころかマットすら置かれていない、横になるためだけのベッド。そばには医療用ワゴンがある。


 その横に立っていたテイさんは、ゆっくりとこちらを向いた。


「……」


 テイさんに近づこうとしたワタシたちだったけど、途中で立ち止まる。


「テイさん……なにか、たくらんでいない?」


 大嫌いな相手とはいえ、マウは強い警戒心を見せるような言葉遣いになっていた。無理もない。


 テイさんの表情は、どこか穏やかだ。

 まるで、大好きな人と久しぶりに会うような、今にもうれしさで抱きついてきそうな顔……紋章にしか興味がなかったテイさんが、そんな顔をしている。


「たくらんでいる……ねえ……ある意味、そうかも知れないねえ」


 言葉のニュアンスも、どこか温かみがある。


 まるで、さっきとは別人のような振る舞い……ワタシも違和感を感じていた。


「……イザホが人間じゃなかったから、でしょ? さっきの会議室で知る前は、ぜんぜんそんな顔を見せる気配がなかったもの」

「とりあえず、先に紋章を埋めようじゃないか。フジマルからの依頼だろう?」


 手招きするテイさんに対して、ワタシは足を出すのに少し時間がかかった。




 ベッドの上に腰掛けると、テイさんは近くにあったワゴンの前に移動する。

 そのワゴンの上の段には、棒状の物が突き刺さったコップが入っている。コップの中はさまざまな色の液体が見える。


「紋章を埋め込むには、魔術の材料を液状に混ぜたものを、埋め込む対象に絵の形になるように高温で流し込む必要があるんよ」


 テイさんはワゴンの下の段から、分厚い本を取り出し、ページをめくり始める。

 あれって、魔術を記した本なのかな?


「昔は確か、魔術の材料をインク代わりにしてペンで出していたんでしょ? 埋め込む場所を間違えたりちょっとでも形がゆがんじゃったら、効果がなかったり半減しちゃったりするんだよね」


 ワタシの隣で腕を組むマウに対して、テイさんは「よく知ってるんやね」と答える。


「今ではあらかじめ紋章の形を刻んでいた専用の焼き印に、魔術の材料の液体をつけてやってるんよ。これなら、誰がやっても埋め込むことができるだろう?」


 テイさんは本とワタシの耳元を交互に見た後、コップに入っている棒状の物を取り出した。




 その棒状の物の先端には、丸い焼き印が付いている。


 トランシーバーの形をしていた。


 先端からは墨汁のように黒い液体がコップの中にぽたぽたと落ちている。


 焼き印の反対側にあるスイッチをテイさんが押すと、熱で液体の色が黒色から紫色に変わり、あめ細工のように固まり始めた。


 次にテイさんはワタシの右耳をそっとつかみ、耳たぶに焼き印を押し当てた。


 肉が焼けるような音が聞こえ、かなり温度の高い熱が感じ取られる。

 けど、ワタシは特に苦痛には感じなかった。痛みは感じるけど、それはあくまで情報として知能の紋章に伝わるだけだから。


 その内、耳たぶになにかが流れ込むような感触がすると、テイさんは焼き印が離れた。


 これで紋章が埋め込まれたのだ。




「こんどはボクの番か……」


 マウは帽子を脱ぎながら、ワタシの右耳を見てつぶやく。

 するとテイさんは焼き印を水の入ったコップで覚まさせながら笑った。


「紋章を埋め込まれるの、怖いん?」

「全然平気だよ! ボクが心配しているのは、テイさんが変な紋章を埋め込むことだけだい!」


 ムキになっちゃったマウに対しても、テイさんはトランシーバーの形をした紋章を埋め込む。


 耳の付け根に焼き印を当てられると、マウは思わずまぶたを閉じ、体を震わせていた。


 生き物は痛みを感じると苦痛に感じるらしい。体の異常を素早く感知するためだという。

 だけどワタシに埋め込まれている知能の紋章は、苦痛がなくても体の異常を感知することができた。

 知能の紋章を埋め込んでいるはずのマウは、頭の脳みそが痛みを苦痛だと感知してしまうみたい。


 焼き印をのけると、そこには紫色に光るトランシーバーの形をした紋章が埋め込まれていた。


 紋章は何回か点滅すると、やがて待機中を示す緑色になった。





「えっと……これが“無線の紋章”?」


 マウと顔を見合わして、お互いに埋め込んだトランシーバーの形をした紋章を指さしてみる。


「ああ、その紋章が体に埋め込まれると専用のアプリがスマホの紋章にダウンロードされるから、開いてみ」


 テイさんが説明しているそばで、ワタシとマウのスマホの紋章が音を鳴らしながら黄色く点滅した。一緒にすぐに開いて、専用のアプリを起動してみる。


 画面の指示に従って設定を終えると、次にテイさんの指示でフジマルさんの電話帳を登録する。


 しばらくすると、耳元でピピッという小さな音が聞こえてきた。着信音かな?


「その紋章に触れ続けることで連絡できるからね」


 ワタシは耳たぶをつかみ、マウは耳の付け根に触れて、それぞれ無線の紋章を起動させてみた。




「イザホ!! マウッ!! 聞こえるかっ!!」




 突然の大声に、思わず背伸びしちゃった。

 マウは隣でジャンプしちゃったみたい。


「びっくりしたあ……フジマルさん、そこまで大声じゃなくてもいいよね?」


 と言いながらも、「……って、これで聞こえているの?」とワタシの顔を見る。


「ああ! ばっちり聞こえているぞ! ちなみに、声を出した時に骨を伝わってこの紋章に声が届くから、大声じゃなくてもいいぞ!」

「じゃあ、なおさらさっきの大声はいらないじゃん……ところで、どうしてこの紋章を埋め込むの?」


 横にいるマウ自身からと、無線の紋章から聞こえてくるマウの声にうなずく。

 連絡だけだったらスマホの紋章で十分なような気がするけど。


「埋め込む理由はふたつある。ひとつは、スマホの紋章のモニターを開く手間がなくなることだ」


 ……ああ、そっか。

 スマホの紋章のモニターに目が向けられない時でも、耳たぶをつかむだけで連絡ができるんだ。


「もうひとつの理由……その無線の紋章は、書物によれば次元を越えるという。まあ、本当かどうかは確証がないがな」


 フジマルさんの説明に、マウはうんうんと2回うなずいた。


「そういうことね。裏側の世界にボクとイザホだけが引きずり込まれたとしても、つながる可能性があるってことだ」

「その通りだ! それじゃあ私はこれで失礼するぞ! 他の紋章もテイに埋め込んでもらってくれ!」


 その言葉を最後に、紋章からピピッと音がなり、フジマルさんの声が聞こえなくなった。




「それじゃあ、次はイザホ、横になってあんたの左足を見せてもらおうか」


 ワタシはうなずくと、ベッドに横になり、ワンピースの裾をちょっとだけ上げた。




「……」


 テイさんはワタシの左足に触れたまま、なにも言わなかった。


 ワゴンの中から焼き印を取りだそうとするそぶりすらしていない。


「テイさん……?」


 マウの声にテイさんは眉を上げ、




「……ふふ……あははは……」




 しばらくして、ひとりで笑い始めた。






「やっぱりおかしいよねえ。このわかっただけで、妙に初対面の相手を懐かしく思えるんやから」



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