第25話 紋章に対する検視

・イザホのメモ

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 ワタシ、マウ、フジマルさん、スイホさん、クライさんの5人は、紋章研究所の所長テイさんと助手のアグスさんに連れられ、実験室を後にした。




 通路を通り案内された場所である会議室に、6人と1匹が入っていく。


 会議室の中には、中心に紋章が埋め込まれた大きなテーブルが置かれている。


 その紋章は、ビデオカメラのような形をして緑色に光っていた。




 テイさんは左の手のひらの紋章でなにかを操作すると、それを紋章に押しつける。


「この紋章はビデオの紋章って言って……」

「おっとアグス、ここはうちに説明させておくれよ」


 ビデオカメラの形をした紋章は青く光ると、そこから半透明の人の体が出てきた。


 この体は……ウアさんだ。

 頭部のないウアさんが、机の上で横たわっている。


「このビデオの紋章は、いわゆるホログラムを出すことができるんよ。今、病院に置かれているウアという被害者の死体を読み取ったものが、これね」


 思わず、ワタシたち5人はそれぞれの手のひらに埋め込んでいるスマホの紋章を見る。よく考えれば、このスマホの紋章を起動させると半透明のモニターが出てくるよね。


「やっぱり自分のスマホの紋章を見ると思ったよ。そのスマホの紋章で出てくるモニターは、このビデオのホログラムと同じものなんよ。先に生まれたとされるのはビデオの紋章だけど、その使い方を明らかにする前にスマホの紋章が使えるようにになったんやけどね」


 テイさんとアグスさんがテーブルの向こう側に回ると、ワタシたち5人はテーブルの手前側に集まって、ホログラムのウアさんの死体を眺める。

 死体には、ところどころに紋章が赤く照らされていた。

 テイさんたちはあくまでも埋め込まれた紋章についての検視だから、主にこれらの紋章の説明になるのかな。


「こうして見ると……イザホが刺した場所以外、傷跡はひとつも見当たらないね」


 ワタシの腕の中で、マウがひとこと呟いた。

 実験室でのテイさんとの口喧嘩からずっと持ち上げたままだったけど、床に下ろしていたらテーブルの高さの関係で届かなかったからちょうどいい。


 それにしても、たしかに死体には傷ひとつない……ここにある死体には。


 マンション・ヴェルゲーロシニの1002号室での裏側の世界で見た絵のひとつには、殺されてた現場の様子が描かれていた。そこでのウアさんは眼球がまぶたごとえぐられていたはずだ。

 ただ、その頭部がないから、死因はどうなるんだろう……


「……」

「……ちょっとアグス、なにぼさっとしているん?」


 テイさんに肘で小突かれた助手のアグスさんは、びっくりしたようにテイさんを見る。


「え? 俺っちが説明するんっすか?」

「当たり前じゃないか。うちは紋章以外、興味ないんやから。うちがやった場合、やる気がないようにぶつぶつとつぶやくしかできんよ」


 ふと、スイホさんは一瞬だけクライさんに目を向ける。

 ……テイさんがぶつぶつと説明した場合、クライさんみたいにやる気のない声になるのかな。たしかに、それでは困る。


「まあ、テイ先生が言うなら、俺っちが説明しますね」


 そういうとアグスさんは、自身のスマホの紋章を操作をしながら、紋章の検視結果について説明を始めた。




 ウアさんに埋め込まれた紋章……これらのほとんどは、死んだ人物を生き返らせるのに必要な数種類の紋章とほぼ同じものだそうだ。


 AI代わり……インパーソナルにされたウアさんの場合は脳みそ代わりの知能の紋章と体を動かすための動作の紋章も、もちろんあった。


 生き返らせた死体と比べておかしな点はひとつだけ。それは、“記憶の紋章”と呼ばれるものがないことだ。


 記憶の紋章とは、本とペンが重なった形をしている紋章。

 この紋章を埋め込むことによって、その紋章にあらかじめ移植しておいた人格と記憶が、埋め込んだ対象に移る。

 通常、死んだ人間を生き返らせるために、この紋章が使われるらしい。

 知能の紋章や動作の紋章とともに死体に埋め込むことで、類似的に生き返らせるのだという。


 これについて、ワタシは胸に手を当ててみた。


 ワタシには知能の紋章と動作の紋章が埋め込まれており、記憶の紋章の代わりに物に人格を与える“人格の紋章”を埋め込んでいる。

 この人格の紋章を記憶の紋章に見立てて考えてみよう。


 記憶の紋章が埋められていなければ、ただ感情のない、ロボットのような存在になっている。知能の紋章によって命令を聞き、それを実行することはできても、自分の意思はないからだ。

 それなら、ウアさんの死体は……




「……あの……イザホちゃん……?」


 突然、クライさんの声がして横を向く。

 クライさんが暗い表情でこちらを見ている……でも、さっきとは違って、なんだか心配しているような表情だ。


「……イザホちゃん……具合……悪いの……?」


 ? 別に、ワタシはどこも悪くはないけど……


「イザホ、その胸を押さえるポーズだよ。なんだか、心臓に痛みを感じたようなポーズに見えるから」


 腕の中にいるマウの言葉で、ようやく気づいた。

 ワタシは左腕でマウをかかえて、右腕で自分の左胸を押さえていた。


「……本当に……だいじょうぶ……?」

「だいじょうぶだいじょうぶ!! 普通の人が考えるときに頭を抱えるように、イザホは左胸に手を当てるクセがあるだけだから」


 マウの説明に、ようやくクライさんはいつもの表情に戻った。

 ……相変わらず暗いけど。




 フジマルさんはウアさんの死体を眺めてうなずいた。


「ウアの死体には記憶の紋章が埋め込まれてはおらず、誰かの命令を知能の紋章が受け取って行動していた……それならば、犯人はウアの死体に命令して、母親のハナやリズ、イザホの元に現れるようにさせたのか……?」


 その考察にスイホさんは首をひねる。


「それなら犯人は、なにか目的があって被害者を操りたくて、被害者の殺害に及んだってことになるわね……でも、被害者はどのように殺されたのかはわかっていない……ですよね?」


 顔を上げるスイホさんに対して、アグスさんは眉をひそめて腕を組んだ。


「ええ。今、遺体の死因については病院が検視を行っているっすけど、体に目立った傷がないことから、今のところは失われた頭部に死因があることが有力だと言っていたっす」


 ウアさんの死体からわかることは、こんなところなのかな。

 でも、次の調査に対する手がかりは、ワタシたちにとってはあまり手に入らなかったかな。スイホさんたちにとっては、死因を確認する必要があるけど。

 あとは、テイさんからウアさんについて知っていることを聞くしかない。

 裏側の世界にテイさんの人物画が飾られていた理由が、わかるといいんだけど……




「ところでさ、このビデオの紋章、どのような技術でできていると思ってるん?」




 ん? 「は?」「あっ……」「え?」「……」「また始まった……」




 突拍子もないテイさんの言葉に、フジマルさんは察したように口を開け、アグスさんは目元に手を当てて、クライさんは変わらない表情で……

 ワタシ、マウ、スイホさんは目を丸くした。


「……話を脱線させるつもりなの?」


 マウがまたブッブッと鼻を鳴らしながら不満を述べる。


「うちはこの紋章について語るのが目的で、事件とかどうでもいいんよ。そんなことよりもさ、このビデオの紋章はうちのお気に入りの紋章のひとつなんやけどね……」


 テイさんはなんだかウキウキしたように肩を揺らしながら、入り口付近の壁際に移動した。

 あまり気にも留めていなかったけど、壁にも緑色のビデオの紋章が埋め込まれている。


 テイさんが触れてビデオの紋章が青色に光ると、そこからホログラムが現れて……


 入り口付近に、5人の人間と1匹のウサギが映し出された。


「これは……我々か?」


 フジマルさんが指を指すと、まるで鏡映しのようにホログラムのフジマルさんも指を指す。


「ああ、今、そっちの目の紋章で映したあんたたちの姿が、こうしてリアルタイムに表示しているんよ」


 よく見てみると、ホログラムの向こうに目の紋章が青く光っている。いつのまにと思ってしまうほど、全然気がつかなかった。


「このビデオの紋章は、魔力の材料の種類によって違う対象しか映さない。今の状況なら生物のみ映すようにしてあるから、周りの家具などは映していないんよ」


 確かに、ホログラムのウアさんの死体を乗せた台は、壁際のビデオの紋章から出ているホログラムには映っていない。生きているものじゃないと反応しないのかな……

 いや、関心している場合じゃない。ビデオの紋章は確かに気になるけど、それよりも先にテイさんにウアさんとの関わりを……



「……あの……」


 その時、スッとクライさんが手を挙げた。




「……それなら……どうしてイザホちゃんは……映っていないんです……?」




「!!」「!?」


 テイさんとアグスさんは、同時にビデオの紋章から出されているホログラムに目を向けた。




 ワタシの姿は、ホログラムには映し出されていなかった。


 ワタシに抱えられているマウは、ホログラムでは宙に浮いていた。




「ああ……そういえば、イザホの秘密はマウ以外知らなかったな」


 フジマルさんは首筋を人差し指でなで始めた。どう説明しようか迷っているみたい。




 ワタシが映し出されていない理由……


 それは、ワタシが人格が宿った死体という名の作り物フランケンシュタインの怪物であるから。


 死体は生きているものではないから、生物には含まれない。




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