第24話 紋章研究所で散る火花

・イザホのメモ

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「……やっぱり来たんですね、フジマルさん」


 阿比咲クレストコーポレーションの本社の入り口の前で、真面目な刑事のスイホさんは頭をかかえていた。


「ああ! 私の助手たちに新しい紋章を埋め込んでもらおうと、テイに相談に来たんだからな!」


 ワタシとマウの前に立つフジマルさんは、胸を張ってごまかした。

 まあ、スイホさんたちもわかってはいると思うけどね。


「……別に……どうでもいいと思うけど……」


 スイホさんの隣に立つ、暗い刑事のクライさんは、相変わらずボソボソとつぶやいている。

 それに対してスイホさんは、自分の髪の毛を人差し指に巻きつけるしぐさを見せた後、クライさんをにらんだ。


「クライ先輩、わかっています? フジマルさんは別にいいとして……イザホちゃんとマウくんは狙われている可能性があるんですよ!? それをフジマルさんは安易に連れ歩いて……」


 まったく表情を変えないクライさんを見ていると、ワタシのワンピースの裾をマウが引っ張った。


「ねえイザホ……もしかして、スイホさんたちもあの人物画の6人が次に狙われている可能性があることに気づいているのかな?」


 ……多分そうみたい。

 人物画の6人の誰かが次の犠牲者になるかもしれないと考えると、そこに近づくと犯人と遭遇する確率が高くなる。人物画の6人の写真についてはすでに警察に提供しているから、きっとスイホさんはもともと狙われていたワタシたちに危険が及ぶことを心配しているのかな。

 でも、それでも手を引くことはできないけど。それに、スイホさんとクライさんも人物画の6人に入っている。


 ふと、フジマルさんはこちらをちらりと見て、ウインクをした。

 いい考察だぞ、マウ……そう言っているみたいに。











 ワタシたちはスイホさんたちとともに本社のビルの中に入り、受付を済ませると、エレベーターで地下5階へ向かった。


 パイプが露出している天井の下、クライさんを先頭に通路の中を通っていく。


「ねえフジマルさん、テイさんとは会ったことがあるの?」


 マウにたずねられたフジマルさんは「もちろんだ!」と声を上げた。確か、人物画の6人とは全員顔見知りだったんだよね。


「私がこの街を愛しているように、テイは紋章を愛している。まるで昆虫採集に夢中な少年のようにな!」


 へえ……それじゃあ、フジマルさんみたいに大声でしゃべったりするのかな?


「あ、ちょっとクライ先輩、部屋、過ぎていますよ?」

「……あ」


 スイホさんの声かけで、ワタシたちは少し来た道を戻る羽目になった。

 クライさん、ずっとボーッとしていたもんなあ。




 “実験室”と書かれた扉の前に到着すると、クライさんはその扉をノックした。


「……すみません……鳥羽差署のものですが……」


 扉からは、なんの返事も返ってこなかった。


「……クライさん、もうちょっと声を出してもいいんじゃない?」


 マウが話しかけると、代わりにフジマルさんが答えてくれた。


「いや、たとえ私が大声を出したとしても、テイはこの扉を開けない。いや、聞こえないと言ったほうが正しいな!」


 クライさんは黙ったまま、扉を開けた。











 その瞬間、けたたましい音が部屋からあふれてきた。


 音をならしているのは、大きなブルドーザー。ワタシたちから見て右側から走ってきている。


 向かっている先である左側にあったのは、ガラス張りの壁に囲まれた空間。

 そのガラスには見たことのない紋章が青色に輝いており、囲まれた空間の中にはマネキン人形が置かれていた。


 やがて、ブルドーザーはガラス張りの壁に激突した。


 ガラスの一部が割れ、いくつかがマネキンに突き刺さる。


 ……でも、思ったよりも被害が少ないように見えた。

 ガラスは割れたけど、ブルドーザーの中心あたりの部分だけで、他の場所や支えるフレームは形すら変わっていない。


 自動運転の車が普及する前の時代に起きた事故について、過去にマウに見せてもらったことがある。

 自動車がコンビニに突っ込む動画だ。その時は自動車の前半分がコンビニの中に入っており、中に置いていた品物も含めてぐちゃぐちゃになっていたはず。

 それがこのブルドーザーは、ガラスの壁の向こうには貫通していなかった。




 やがて、そのガラス張りの壁に囲まれた空間の後ろから、大柄な男性が現われた。

 やや肥満体にも見えるその男性の髪形は角刈りで、白衣を着ている。テイさんじゃなさそうだけど、ここの研究員さんかな?

 男性はガラス張りの空間の中に入り、ガラスの破片が突き刺さったマネキンを調べ、その場で首を振った。


 それとともに、ブルドーザーの運転席の扉が開いた。




「もうちょっと魔力の強度を上げるしかないんかねえ……」




 ブルドーザーから降りて、割れたガラス張りの壁を見ている人……


 ポニーテールに白衣を着た女性……この人がテイさんに間違いない。

 違う点は白衣を着ていることだけど、白衣はボタンを留めておらず、その下のTシャツは人物画と同じものだった。




「……あのう……すみませえん……」


 クライさんがボソボソと声をかけると、テイさん……ではなく、近くにいた大柄な男性がこちらに来た。


「ああ、すみませんっす。ちょっと耐久性を高める紋章の実験中で……」


 男性はこちらに来ると、ワタシたちを見て目を丸くした。


「えっと……鳥羽差署の人たちっすよね? どうしてフジマルさんが……」


 フジマルさんはサッとワタシとマウの後ろに立つと、ワタシたちの肩に手を置いた。

 ……ワタシとマウの身重差でちょっときつそうかも。


「ああ! この子たちがテイに用事があるからな! ついでに聞きたい情報もスイホたちとともに聞くつもりだ!」


 フジマルさんの大声でも、男性の後ろのテイさんは振替えることすらしなかった。


「ああ、どうも。俺っちは佐生 亜樟サノ アグスって言うっす。テイ先生の助手を務めています。それであちらにいるのが……」

「テイ先生、でしょ?」


 アグスという研究員さんが自己紹介していると、マウが前に出てきた。


「ボクの名前はマウ。それで、こっちがイザホだよ」


 ワタシはマウの言葉に合わせてお辞儀をする。

 そういえば、マウとふたりで自己紹介をするの、鳥羽差市に来て初めてだったような気がする。


「ああ、よろしくっす。先に言っておくと、テイ先生は見ての通り、今は実験に夢中でなにも聞く気がないので、検視結果は俺っちが説明します」


 たしかに、テイさんはガラス窓に夢中だった。フジマルさんみたいに叫んだりはしないけど、紋章に夢中なのは聞いた通り。

 それに対して、このアクスっていう人……なんだか気さくで関わりやすそう。


「はあ……とりあえず……検視結果の方から説明してください……」

「OKっす。ここで説明するのもなんですから、こっちに……」




 勝手に移動をし始めたクライさんとアグスさんの肩を、スイホさんとフジマルさんがそれぞれ掴んだ。




「クライ先輩、今回はテイ先生にも用事があるんですよ!」


 クライさんはこの時ばかりは初耳であるように、眉を上げていた。


「え……でも……どうせ話は聞いてくれないからってことに……」

「事情が変わったんですよ! 本当は大人しくしてもらいたかったんですけど……」


 スイホさんから視線を向けられて、フジマルさんはニヤリと笑った。


「マウ! 君は紋章についてどう思う!?」


 マウはびっくりしちゃって、まばたきを繰り返した。


「えっと……紋章っていっても……普段ボクたちの生活に欠かせないものでしょ?」




 突然、テイさんは目を光らせて、こっちをにらんだ。




「……!?」


 すっかりキツネににらまれたように全身の毛を逆立ったマウの耳元に、フジマルさんはそっと声をかけた。


「すまん、この方法はテイにとって見知らぬ顔が言わないと、意味がないんだ」




 その直後、テイさんはこっちに走ってきた!!




 ……マウの鼻の先にギリギリ触れない位置で止まったテイさんに、隣にいたワタシも思わず全身の紋章が震えた。


「あんた……紋章は“生活に欠かせない”程度のもんじゃないんよ」


 テイさんはそう言ってマウを持ち上げた……


 え!? ちょっと待って!! マウをどこに連れて行くの!?

 ワタシは慌てて、テイさんからマウを奪い返した。


「なんなん、あんた“飼い主”? うちはそのウサギちゃんに、紋章について教えてあげんといかんよ」

「飼い主ィ!?」


 あ……マウ、すごく怒った。


「まるでボクがペットみたいな言い方じゃないか!! あとそれから、ボクはマウっていう名前があるんだからね! “おばさんっ”!!」

「別におばさんって言われる歳だから、あまり気にせんけどね。ウサギちゃん」

「ギヌヌヌヌヌゥ!!」


 ワタシの腕の中で、マウは今にもかみつこうとテイさんに向かって三日月の白目を見せていた。

 こういうのを、火花を散らすっていうのかな?


「おっと、そこまでだ!」


 その間を、フジマルさんは割って入る。


「テイ! このふたりに、紋章の素晴らしさを語る機会を与えよう! ウアの遺体の検視結果をテイ自身が説明し、テイが知っていることを我々にすべて話す。その後、ふたりに私がこれから注文する紋章を埋め込んでくれ!」


 フジマルさんの熱弁に、テイさんは「わかったよ」と腕を組んで胸を張った。


「このウサギちゃんと飼い主の小娘に、紋章とは何かを徹底的に教えるからね! アグス! 部屋を変えるんよ!」


 アグスさんは「う、うっす」と戸惑ったように、研究室の出口に向かうテイさんを追いかけていった。

 次にフジマルさんが、その次にすっかり忘れられかけているスイホさんとクライさんも続く。




「イザホ、本当にあの人信用できるかなあ……ボク、はっきりいって大っ嫌いなんだけど」


 マウはワタシの腕の中であぐらをかいて腕を組み、ブッブッと鼻を鳴らしていた。


 すっかり不機嫌になったマウの頭をなでで、なだめてあげよう。

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