第22話 暗い顔と面向かって取り調べ

・イザホのメモ

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「えっとね……勘違いしないでほしいけど、ボクが1番愛しているのはイザホだよ? ただ、気になる有名人のプライベートなところ……この場合は彼女がいたっていう事実……それを知っちゃうと、誰しもショックを受けちゃうものなんだ。想像していなかったからね。ボクもそれと一緒なわけで……」


 移動用ホウキで歩道の上を走っている中、前方に座っているマウはぶつぶつとなんか言っている。

 ナルサさんのことかな? 弁明するほどのことでもないと思うけど……っと。


 あやうく警察署を通り過ぎるところだった。

 ワタシは移動用ホウキを止めてからマウと一緒に降りると、その警察署を見上げてみた。


「こういうのって、紋章が発達する前から変わらないもんなんだよね」


 目の前には、豆腐のように白い建物が立っていた。豆腐って失礼な言い方かもしれないけど、なんとなく横に広いのがそれっぽい。


 形はともかく、ここが鳥羽差警察署。

 昨日の取り調べで出会った刑事のスイホさんの勤め先であり、ワタシたちとの約束の場所でもある。











 警察署に入って受付に行ってみたけど、スイホさんは取り調べをしている最中らしい。

 きっと、先に来ているフジマルさんかな?


 とりあえずワタシたちは、スイホさんが来るまで待合室のイスに座って待っていることにした。




 さて……


「……イザホ、さっそく目についちゃいましたか」


 もちろん。待合室っていうぐらいだから、喉が渇いた人のために用意しているはずだ。

 金色に輝く微糖のコーヒーを入れた、自動販売機が。


 人とぶつかりそうになりながらもサッとかわし、自動販売機の前に立ったワタシは、さっそく小銭を入れて例のボタンを押す。

 狙いに外れなし。金色に輝く缶は、ガゴンと音を立てて取り出し口に横たわる。


 それとともに、おつりの落ちてくる音が聞こえた……


「ん?」


 ……おかしいな。

 ワタシが入れたのは100円玉。そして微糖の缶コーヒーも100円のはずだ。

 おつりが出るなんて、ありえない……


「……あのう……もういいですか……?」


 横を見てみると、人が立っていた……




 え!?




「わっ!!? ご、ごめんなさいっ!」


 ワタシとマウは慌てて離れて、一緒におじぎをした。だって、その人の肩とワタシの肩との距離が、マッチ棒1本分ぐらいの幅だったから。


「あ……うん……いいよ……」


 その人……スーツを着た男性はコイン返却口からおつりを取り出すと、それを投入口に入れてブラックコーヒーのボタンを押した。

 もしかして、この人が小銭を投入口に入れたところでワタシたちが割り込んで、勝手に注文を進めていたのかな?

 まったく気がつかなかった……




 気を取り直して、イスに座ると微糖の缶コーヒーを構える。


 ここは警察署の待合室。

 人はあまりいないけど、隣の部屋から職員さんたちの声が聞こえてくる。


 朝から頑張る声が3割。静かな空気が7割。


 それを感じながら、ワタシは缶コーヒーのブルに指を当てる。


 プシュ


 静かな空気にひと声上げる缶コーヒー。

 ワタシは体中の紋章が震えるのを感じながらデニムマスクを下ろし、中身を喉へと案内する。

 ……ああ、舌に埋め込んだ紋章が、わずかな苦みと甘さを感じ取る。この味、この味が、ワタシの紋章に朝の目覚めを知らせてくれる。


「……」


 缶コーヒーをすべて飲み終わって横を見ると、マウがじっと前の席を見ていた。

 前の席には……さっきの男性がこちらに向かい合って缶コーヒーを飲んでいる。

 なにか気になることがあるの? マウ。


「イザホ……あの人、昨日の……」


 その言葉を聞いて、ワタシは危うく缶コーヒーの缶を落としそうになった。


 缶をいったん横に置いて、ワタシはすぐに左手のスマホの紋章を起動させる。


 モニターに映したのは、写真。

 昨日、裏側の世界で取ったあの写真だ。


「……やっぱりそうだ」


 その男性の髪は長く、後ろで束ねている。

 目の瞳孔の半分はまぶたで隠れていて、全体的に暗い顔つき。

 腰は曲っていて、スーツのネクタイは一応まっすぐになっているけど全然やる気が見えない。


 ……間違いない。

 昨日の裏側の世界で見た人物画のひとり……髪を後ろ髪を束ねている暗い顔のスーツの男だ!




「あぁ!! まったく……またこんなところで!!」




 その直後、女性の声が待合室中に響き渡った。

 暗い顔のスーツの男の前にツカツカと出てきたのは、真面目そうな刑事……スイホさんだ。


「“クライ”先輩!! いったい何時だと思っているんですか!?」


 先輩……!? 「それじゃあ、この人って……」


 目の前の男性はスイホさんの鋭いけんまくを無視しながら「あー、えっとー」と頭をかく。

 そして右手のバックパックの紋章からなにかを取り出して、それをワタシたちに見せた。


 これは……警察手帳?


「どおも……鳥羽差署の“播磨 暗井ハリマ クライ”……よろしく……」


 その手首を、スイホさんは握りしめた。


「よろしく……じゃないんですよ!! 先輩、昨日マンションで通報があった時も来ていませんでしたよねぇ!? その上で今日は寝坊ですかぁ!?」

「ああ……痛い……スイホ、ちょっと緩めて……」


 すごい表情でスイホさんはにらんでいるのに、クライさんは表情を変えずにただつぶやくだけ……


「イザホ、このふたり……どっちもボクたちの事件を担当しているんじゃないかな? なんだか、ドラマで出てきそうなコンビだし」


 ドラマのことはよくわからないけど、マウの言っている意味も分かる。

 このふたりのやり取り、なんとなく前から繰り返した恒例行事のような雰囲気が感じられた。










 その後、ワタシとマウはそれぞれ別々に取り調べ室に連れて行かれた。

 マウと一緒に入れなかったのはちょっと残念だったけど、別に危ない目に会っているわけじゃないからだいじょうぶだよね。


 取り調べをする刑事さんは、さっきのクライという人だった。

 ボソボソと聞き取りにくい声で質問して、ワタシがスマホの紋章による筆談で答えてもかすかに「んん」とうなずくだけ。

 別に悪い人ではなさそうだけど……

 なんだか、一緒にいるだけでテンションが下がってしまうような人だった。


 ワタシが人間ではなく、人格が宿った死体という名の作り物フランケンシュタインの怪物であることは黙っておくことにした。

 ワタシの見た目は姿の紋章で変えているものだと勘違いしてくれているのかな。

 部位によって大きさが違うことも気に留めていなかったから、逆に言いづらかった。

 同じ理由で、昨日のスイホさんからの取り調べも言わなかったけどね。


 結局、この取り調べではこちらにとって有意気な情報は得られなかった。











「あ! イザホ!!」


 待合室に戻ってきた。

 先に取り調べを終えていたマウはワタシの姿を見ると、まっさきに飛んできた。

 ごめんね。遅くなっちゃった。ワタシはマウを受け止めると、おでこをなでてあげた。




「イザホ! 人生初の取り調べはどうだったか!?」




 顔を上げると、昨日と同じ格好のフジマルさんが立っていた。


「そういえばフジマルさん……足、だいじょうぶなの?」


 マウが指摘した通り、フジマルさんは昨日、足を挫いたはずだ。それがなんともないように立っている。


「ああ! 治療の紋章を埋め込んだ包帯を巻いて安静させたからな!」


 なるほど、それですっかり治ったんだ。

 治療の紋章は生物の体にも効果がある。

 物に比べると治療に時間はかかるけど、足を挫いたぐらいなら一晩で十分だろう。


 フジマルさんは時計を見上げてうなずくと、ワタシとマウに顔を向けた。


「さて、もう12時か。それではイザホにマウ、一度事務所に戻る次いでに、一緒に昼飯を食べにいかないか?」

「たしかに、そろそろおなかがすいたころだけど……でも事務所に戻ってどうするの?」


 マウが首をかしげると、フジマルさんは「よくぞ聞いてくれた!!」と待合室中に声を響かせた。

 ……と思うと、口に手をそえてワタシたちに顔を近づけて小さな声を出す。




「事務所に戻ったら、我々は阿比咲クレストコーポレーション本社の紋章研究室に向かうぞ。さっきの取り調べの後、面白い情報をつかんだんだ……!」




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