第21話 お隣さんからのプレゼント
まぶたを開けると、見慣れない天井が見えた。
……いや、昨日も見ているはず。
体を起こして、寝室を見渡す。
昨日の朝よりは違和感が薄いけど、まだここがワタシの家だって慣れていないみたい。
「……んん……イザホ……? もう朝……?」
ワタシの横でナイトキャップを被ったマウが眠たそうに起き上がった。
もしかして、ワタシが起こしちゃった? 手を合わせて謝ろう。
「ふぁぁぁぅ……全然問題ないよ」
大きく口を開けて、小さな歯を見せながらマウはあくびをした。
「昨日は結構疲れちゃったからね……イザホは眠くないの?」
マウにたずねられて、ワタシは左胸に手を当ててみた。
10年前の事件の死体がつなぎ合わされた存在であるワタシは、
生き物が休息して記憶を整理するように、知能の紋章も定期的に眠る必要がある。だからワタシにも眠気というものは備わっている。
だけど、昨日は深夜0時に寝たのに……時計は7時前を指しているから、あまり眠れなかったはずなのに……眠気は感じなかった。
やっぱり、昨日の出来事が気になっているのかな。
・朝食を作る
【https://kakuyomu.jp/shared_drafts/qm3RTLmUqcSY1BtdqY4tyvsnwoik4zN1】
朝食を食べ終わったワタシたちは、出かける準備を始めた。
行き先は、
「昨日、結構しゃべったと思うんだけど……今日はもっと聞かされるってことだよね」
1004号室の扉を開けて、マンション・ヴェルケーロシニの外廊下に出る。
腕を組みながら外廊下に出てきたマウの今日の服は、白衣に紺色のキャップ。
マウいわく、研究員をイメージしたコーデだって。なんで研究員なのかって聞いてみると、今日の気分だから、らしい。
「それに見合う情報が入ればいいんだけどねえ。せめて、次の調査先が決まるぐらいの手がかりは」
ワタシもそう思うよ。
今日は警察の取り調べが終わったら、一度事務所に戻ってこれからどうするかフジマルさんと話し合う予定。
それまでに次の手がかりがあればスムーズに調査が進むけど……
「あ……イザホさんにマウさん?」
突然、横から声をかけられた。
横を見てみると、そこに立っていたのは1つ目の男性。
短パンにTシャツを着こなしている肌は青く、短髪の上からはツノが生えていた。
男性が立っているのは、1003号室の前だから……
「もしかして、ナルサさん?」
「ああ、よかった。オレの声を覚えてくれたんだな」
紋章ファッションデザイナーのナルサさんだ。
見た目が違っていたから、すぐには気づけなかった。
「普段の生活でも自分の作品を着こなしている。その姿は毎日変わるって本当だったんだあ……今日のはサイクロプススタイルだよね」
マウからキラキラしたまなざしを向けられて、ナルサさんは照れたように頭をかいた。
……いや、照れているからじゃない。
なんだか、言い出しにくいことを言おうとしているような……
「……ナルサさん、どうしたの?」
「あ、いや、なんでもないんだが……昨日は大変だったろう?」
マウと顔を見合わせて、納得したようにうなずく。
「ウアさんの件のこと?」
「……やっぱり不謹慎なことを聞いたかもしれない。人の死体を見たって言うのに、オレは野次馬みたいに聞いてしまった」
立ち去ろうとしたナルサさんの腕を、マウは飛び上がってしがみついた。
「ちょっと待って。確かに不謹慎かも知れないけど、ボクとイザホは全然平気だよ。逆に、これからボクたちが不謹慎なことをナルサさんに聞くかもしれないし」
ナルサさんの1つ目は、何を言っているのか理解できないように瞳を縮めていた。
「……ウアさんについて何か知っていること? まるで探偵の聞き込みだな」
「一応、探偵助手としての聞き込みだけどね。昨日は警察から事情聴取を受けたと思うけど、ボクたちにも教えてくれる? どんなささいなことでもいいから。無理にとは言わないけど」
ナルサさんは1つ目のまぶたを閉じて考え込み、やがてマンションの壁に目線を向けた。
「残念だけど、昨日についてはオレからはなにも言うことがない。このマンションは防音設備が整っているから気づかなかった。部屋に遊びに来ていた
確かに、昨日の夜もマンションの住民たちが騒ぎ出したのは、警察が到着してからだ。
このマンションは隣の部屋の音すらなにひとつ聞こえないほど防音設備が整っている。だから、ウアさんの部屋で壁にたたきつけられても騒いでいなかったわけだ。
「……」
……マウ? 白目が出るほど目を見開いて口を開けているけど、どうしたの……?
「あ!」
その時、ナルサさんはなにかを思い出したようにポンと手のひらを拳でたたいた。
「たいした情報ではないとは思うけど……1週間前かな、オレの恋人の提案でハナさんにプレゼントを渡すことにしたんだ」
!? ちょっと聞きたいかも!!
ワタシはスマホの紋章を操作し、モニターに文字を打ち込み、それをナルサさんに見せる。
“その時のハナさんの様子は”と。
「ああ、相変わらずぶっきらぼうだったな。だけど、プレゼントを手にとってもらった時、一瞬だけ驚いたような……」
その時のハナさんは、近所に対しても会社の社長として振る舞えていたってこと?
そのプレゼントって、どんなものなんだろう?
スマホの紋章に文字を入力していると、どこからか着信のシグナルが鳴り始めた。
ワタシのスマホの紋章は、変わらず青い光を放っているだけだけど……。
「あ、ちょっとごめん」
ナルサさんは左の手のひらで黄色に輝いているスマホの紋章を起動させて電話に出た。
いくつかの相づちを入れると、すぐにモニターを閉じてこちらを見た。
「悪いけど、これから仕事の打ち合わせに行くんだ。続きは今度にしてくれないか?」
そう言ってナルサさんは、
「……」
……そういえば、さっきからマウが動かないんだけど。
どうしたの? ちょっと肩をつついてみる。
「ナルサさんに……彼女がいた……?」
……そういえば、ナルサさんの話に何回か“彼女”とか“オレの恋人”とか……言っていたような気がするけど……
どうしてそんなに驚いているのか理解できないワタシの横で、
ヘナヘナと、マウはその場に座り込んじゃった。
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