第12話 依頼主への中間報告

・イザホのメモ

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 ワタシとマウは、出入り口から見て奥側のソファーにフジマルさんと座っている。

 3人が座れるスペースはなかったので、フジマルさんの右隣にワタシが座って、ワタシの膝の上にマウを乗せることにした。


「……それで、そっちの若者とウサギが新しい助手さん?」


 出入り口側のソファーで足を組んでいるのは、メガネをかけたオフィススーツ姿の女性だった。

 ベリーショートの髪形がスクエア型のフレームのメガネと合わさって、無駄を省いた知的な印象を与えている。


「所長さん、あたしが来ること、ふたりには話していませんよね?」


 にらまれたフジマルさんは、再び人差し指でなでながら顔をそらす。

 女性はソファーの横に置いていたビジネスバッグから小さなファイルを取り出し、そこから1枚の名刺を机の上に置いた。


 “阿比咲クレストコーポレーション代表取締役 阿比咲 華アビサキ ハナ


 ……名字から見て、行方不明になったウアさんの母親かな?

 名詞の名前をじっくり見ていると、「まさかこんな大物が……」と、ワタシの膝に座っているマウがつぶやいた。


「イザホ、阿比咲クレストコーポレーションって聞いたこと、あるでしょ?」


 阿比咲クレストコーポレーション……? なんか聞いたことがあるけど……


「ほら、ボクたちが乗っていた移動用ホウキ! あれ、阿比咲クレストコーポレーションっていう会社の商品なんだよ」


 そうなんだ。ワタシが使っている移動用ホウキを作った会社の代表が、この“ハナ”っていう人……ごめん、あまりピンとこないや。

 ふと目線を前に向けると、ハナさんはひとつ咳払いをした。


「阿比咲クレストコーポレーションでは、移動用ホウキの他にも、紋章を活用した商品の開発をしています。興味を持ったら本社に見学に来てください」




 事務的な口調で名詞を差し出してきたから、受け取ったほうがいいのかな……?


「……!?」


 あ、ハナさんの指に大きな左手で触れちゃった……


 ハナさんは一瞬だけ眉を上げたけど、すぐに手を離し、ワタシからフジマルさんへと顔を向けた。




「それじゃあ、今度はあたしが話を聞く番ですね。時間がないから、手短に」




 フジマルさんは、これまでの調査の内容をハナさんに伝え、それに加えてワタシたちが喫茶店セイラムで遭遇した出来事を話してくれた。

 話を聞いていたハナさんはうなずいて相づちを打つも、どこかあきれたように、目線は下を見ていた。


「……別に収穫がないからといって、まだ確証のないことを言う必要はないんですよ。そもそも、裏側の世界などにわかに信じがたいですが」


 ハナさんの言葉にマウは少し鼻息を荒くしたけど、何も言わなかった。

 本心はすごく何か言い返したいみたいだけど。


 フジマルさんはひと呼吸してから、ハナさんと向き合って眉間を寄せた。


「わかっています。しかし、わらにもすがる思いとはまさにこのことです。我々は遭遇した場所である、喫茶店セイラムに向かい、そこでともに巻き込まれた人物である――」


 その時、どこからかブザーのような音がなった。


「……時間です」


 フジマルさんがまだ話している最中なのに、ハナさんは左手の手のひらを眺めながらソファーから立ち上がった。


「これから会社で会議があるので、これで失礼します。なにか進展がありましたら、メールで通達するようにお願いします」


 事務的な挨拶のあと、ハナさんは出入口に向かって移動し始めた。




 ……ハナさんは出入口に手を掛ける際、もう一度ワタシの方に目を向けた。


 もしかして、この大きな左手を見てる……?


 そう思った直後、ハナさんは何事もなかったように事務所から立ち去っていった。











「正直、ボクはあの人苦手だな……」


 ハナさんが立ち去った後、ワタシの膝から下りたマウはブッブッと鼻息を荒くしていた。

 その横で、資料の後片付けをしていたフジマルさんが眉間を緩めて笑みを浮かべていた。


「苦手って、ハナの性格か?」

「あ……ま、まあ、そうだけどさ……」


 マウは聞かれるとは思わなかったのか、戸惑ったようにワタシの顔を見る。


「1番おかしいって思ったのは……娘が行方不明になっているのに、なんか冷たいんだよね。まるで、気にしていないような……」

「たしかに、第一印象ではそう思えるかもしれない。しかし、こう考えれば付き合いやすいぞ」


 フジマルさんはワタシに資料をまとめた封筒を渡すと、腰に手を当ててマウに目を向けた。


「彼女には何か理由があって、あんな態度をとっている……とな」


 何か理由がある……ワタシは思わず、マウと顔を合わせて一緒に首をかしげた。

 それって本当に理由があるのかな?


 それとも、そう考えることで嫌な気持ちにならずに済むってことなのかな……?




「さて! 一度頭を切り替えよう! その資料を資料棚に戻したら、喫茶店セイラムの忘れんぼうに詳しい話を聞かないとな!」


 フジマルさんに「資料棚はこっちだ」と案内されたので、ワタシは封筒をかかえてマウと一緒にフジマルさんの後を追った。

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