第11話 瓜亜探偵事務所

・イザホのメモ

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「ふたりとも、さっきは例のポスターが気になったんだな?」


 雑居ビルの2階、瓜亜探偵事務所の入り口の扉のノブに手をかけたフジマルさんが振り返って、こうたずねた。


「えっと……うん。そうだけど……」

「そうか。実は今回の依頼はいわゆる行方調査でな……まあ、詳しい話は中で話そう」


 どこか複雑そうに眉を潜めて、フジマルさんは扉を開けた。


「ようこそっ!! 瓜亜探偵事務所にっ!!」











 中は思ったよりも奇麗に整頓されていた。


 ただ、なんだか違和感を感じる。


 壁や床はコンクリートむき出しなのに、家具はみんなモダンシックなものばかり。


 応接間のテーブル下には、黒猫が描かれたゴブラン折りのカーペットが敷かれている。




 テーブルを挟む位置に設置されていた2台のアームソファーのうち、入り口から見て手前のソファーに腰掛ける。

 マウはワタシの左隣に飛び乗った。


 ふと右を見ると、コンクリートむき出しの壁際に設置されている、柱時計があった。




「失礼な言い方になるかもしれないけど……なんだか、中途半端な内装だよね」


 正直な感想を述べるマウに対して、フジマルさんはまるで気にしていないように笑みを浮かべながら、反対側のアームソファーに腰掛けた。

 その手には、書類を入れる封筒があった。


「ああ! シュールなオシャレさがあるだろう?」

「シュールなオシャレさ……なの……?」


 マウが戸惑っているのもお構いなしに、フジマルさんは「さて!」とひと声上げる。

 そして、手にある封筒からいくつかの書類、そして写真を取り出した。


 広めだった眉間が少し狭くなった。




「今回の依頼……それは、行方不明となった少女の行方調査だ」


 写真には、雑居ビルの入り口で見たポスターに写っていたものと同じ少女が写っていた。

 黒髪のおさげの髪形、大人しそうな表情に生気のある肌色、そして黒い目……


「名前は“阿比咲 有愛アビサキ ウア”。鳥羽差瑠渡絵私立中学校とばさるどえしりつちゅうがっこうに通う中学3年生の少女だ」


 写真を指さし、説明を続けるフジマルさん。


「1カ月前、絵のコンクールに提出する作品を仕上げると言って自宅から出て以来、行方がわからなくなった。母親は警察に捜索願いを出したものの、いまだに見つかっていない。そこで、我々に行方調査の依頼をしたというわけだ」


 マウとふたりで写真を眺めて、顔を合わせた。


「イザホ、間違いないよ……」

「私の調査でわかったことは、喫茶店セイラムの前でウアは、担任教師と会話をしていたということだけだ。それ以外は、まったく進展していない……」


 フジマルさんは勝手に話を続けたかと思うと、いきなりソファーから立ち上がった。

 

「しかしっ! 諦めるわけにはいかないっ!! 私の愛するこの鳥羽差市のどこかで、ウアはまさに危機に陥っているのだろうっ!! イザホ! マウ! 君たちの力を貸してくれ!!」


 …… 「……」




 ひととおり語り終えて満足したのか、フジマルさんは一息つくと眉間を元に戻して腰に手を当てた。


「少し堅苦しい雰囲気になってしまったな。しかし、そう緊張することはない! 今から麦茶を入れるから、心を落ち着かせてから今後の調査について話そう!」

「いや……最後の叫びで、すっかり現実感なくなっちゃったんだけど」


 マウの声を無視して……というよりは、マウの声が聞こえていないのか、フジマルさんは早歩きでマウの左側にあるキッチンに向かった。


 麦茶をコップにそそぐ音が聞こえる中、マウはのど元の声の紋章に両手を当てて、キッチンの方向を向いた。


「ねえ、ちょっと言っていいかな?」

「ああ! なんでも質問していいぞ! 少しの手がかりであっても、それがきっかけとなって調査が進展することもあるからな!」


 ……少しどころか、大きく進展しそうだけど。

 マウはワタシの顔を見て、確認をとる。


 だいじょうぶ。ワタシも同じこと、思っているから。




「さっきの写真の人だけどさ……昨日、会ったよ?」


 盛大にガラスが割れる音が、事務所に響き渡った。











「なるほど、昨日はそういうことがあったのか……」


 掃除用のホウキを使い、ガラス製のコップの破片をマウの持つちりとりに入れながらワタシはうなずく。

 探偵助手としての初めての仕事は、事務所の床掃除になっちゃった。


「うん。あの時は殺されるかと思ったよ」




 先ほど確認した、行方不明となった女子中学生の“ウア”さんの顔。

 その顔は、裏側の世界に連れ込みワタシたちを襲ったローブの少女とうり二つだった。

 違っていることといえば、ローブを着ていたこと、目が紋章の入った義眼であったこと、そして、頭部を蹴り飛ばしても動き続けていたこと……




 コンコン


 その時、出入り口の扉からノックの音が聞こえてきた。


「? お客さん?」

「そうだった……実は今日、依頼の中間報告を依頼主にすることになっていたんだ」


 こぼした麦茶を吸い取った雑巾を手に、フジマルさんは首筋を人差し指でなではじめた。


「まあいいだろう! ふたりの探偵助手には経験が必要だ! 依頼主とのやり取りもしっかり身につけさせなければならないな!」




「それだった早くこの扉を開いてくださいよ、瓜亜探偵事務所の所長さん」




 扉からは、女性の声が聞こえてきた。



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