第10話 情熱的な探偵と、缶コーヒーを飲む助手と、ウサギの助手と

・イザホのメモ

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 目の前のテーブルに、ワタシは空っぽになったプラスチックの器を置いた。


「ふーふー、ボクって熱い物はちょっと苦手なんだよね。まあそれは別として、このチーズの入ったトースト、結構いけるよ」


 ワタシの左隣の席に座るマウは半分ぐらいのトーストに息を吹きかけていた。さっきから、一口食べては舌を出している様子をよく見る。


「ああ! このコインスナックは値段も手頃で、出来上がるのも早い! そしてなにより、外食やコンビニで買う時とは違ったレトロな雰囲気がたまらない! 私は毎日の朝食はここで済ませているほどだ!!」

「え、毎日……? よく飽きないね……」


 ちょっと引いているマウに対して、ワタシの右隣の席に座っているフジマルさんは大きく口を開いて笑った。


「マウ! 君とは今日あったばかりだが、なるほど、イザホの言っていたとおりおしゃべりなウサギだ!」

「それって褒めてるの?」




 さすがに毎日じゃ飽きてしまいそうだけど、確かにここの自動販売機で購入できる食べ物はなかなかの味だった。


 ワタシが購入したのはラーメン。

 ラーメンを食べるのは初めてだけど、あっさりしたスープとつるっとした麺の食感が面白い。スープに関しては、匂いを嗅いだマウによればしょうゆベースらしい。

 これが300円近くで食べられるなら、非常にコストパフォーマンスがいい。朝食代に困った時には本当にここで朝食を取る日が続きそうだ。

 飽きないといいけど。


 ……そうだ、朝食代。思ったよりも安かったから、朝食代が浮いちゃった。

 余ったお金はどうしよう。貯金をしてもいいけど……




「ねえイザホ、せっかくだから、待望のアレ、飲む?」




 ……“アレ”!! マウに言われて、反射的に後ろの飲料の自動販売機を見た。


 ……ある!! 金色に光る、微糖の缶コーヒーッ!!




 ワタシは飲料の自動販売機の前に駆け寄ると、100円玉を投入し、間違って違うボタンを押さないように左胸に一度手を当ててから、目的のボタンを押した。


 ガゴンという音が響き渡ると、取り出し口から金色に輝く缶を取り出す。


 缶のフタに付いているブルを小さな右手の人差し指と親指でつかみ、一気に立ち上げる。


 プシュ


 この音を聞くと、毎回ぞくっとくる。

 死体であるワタシは実際に鳥肌なんて立たないけどね。

 でも、音を聞くだけでワタシに埋め込んでいる全ての紋章が、震えるような錯覚に陥る。


 ブルを元の位置に戻すと、次にワタシの口をふさいでいたデニムマスクを下に下ろす。

 この時だけは、たとえお気に入りのデニムマスクであっても邪魔をさせるわけにはいかない。


 空いた穴の下に下唇を付け、ワタシの喉へと一気に流し込む。


 ……ああ、舌に埋め込んだ紋章が、わずかな苦みと甘さを感じ取る。この味、この味が、ワタシの紋章を幸福にさせる。




「……変わったな」

「え? フジマルさん?」

「ん、あ、ああ……なんでもない。ところでマウ、イザホは昔からコーヒーが好きなのか?」

「うん。と言っても、イザホが初めて缶コーヒーを飲んだのはボクと出会ってしばらくしてからだから、つい最近だけどね」

「なるほど、そういうわけか」


 ……? ふと、マウとフジマルさんの会話が気になって、ふたりに目線を向ける。


「おっとすまない、イザホ。大切なコーヒータイムを邪魔してしまった」


 一瞬だけ、フジマルさんの顔が曇っていたような気がする。ただ、不安な様子というより、昔と比べて何か思っているような雰囲気だったけど……


「そういえばさ、フジマルさん……今日は事務所で何をするの?」


 マウが見上げながらたずねると、「いい質問だ、マウ!」とフジマルさんはうどんの容器を持ったまま、席から勢いよく立ち上がった。


「実は今、私はある依頼を受けている! イザホとマウ、君たちふたりには助手として、この依頼を手伝いつつ仕事内容を身につけてもらう! いわば習うより慣れろというやつだ!!」




 ワタシとマウは、この鳥羽差市で活動する私立探偵であるフジマルさんの助手として仕事を行うことになっていた。


 学校に通うにしても、ワタシは人間じゃなくて紋章によって動く死体だから、法律上では通うことができない。

 記憶を移植していれば受けられるけど、移植されていないから法律ではマウと同じ“愛玩用ペット”として取り扱われている。

 一応、ある程度の知識は紋章で身についているから無理に通う理由はないけど。


 だから、お母さまの親戚であるフジマルさんの元で働いて、生活費を稼ぎながら人との付き合い方を学ぶことになっている。

 フジマルさんは私立探偵だから、10年前の事件にも近づくことができるかもしれないし。












 ワタシたち3人は、コインスナックの外に出ていた。


「よし……イザホとマウ、ふたりは“移動用ホウキ”を持っているか?」


 フジマルさんは左手の人差し指で右手の手のひらを指さした。

 よく見てみると、フジマルさんはワタシと同じように右手にバックパックの紋章を埋め込んでいる。


「うん。1本しかないけど、ボクはイザホと一緒に乗れるからだいじょうぶ」


 そう答えて、マウはワタシの顔を見つめた。わかってる。すぐに取り出すから。




 右手のバックパックの紋章に左手を入れて、ホウキを思い浮かべる。


 そして取り出せたのは、折りたたまれた赤色のプラスチックの棒だった。


 それを変形させて、120cmほどの長さの棒にする。


 一方の棒の先端は四角形となっており、その一面にはホウキの形をした紋章が緑色に輝いていた。シルエットに例えるなら、掃除に使うデッキブラシかな?

 この“ホウキの紋章”に触れると、青色に変わり、手を離すと地面に平行になる形で浮かんだ。これが、“移動用ホウキ”だ。




「よし、それでは招待しよう!! “瓜亜探偵事務所ウリアたんていじむしょ”へと!!」


 フジマルさんはワタシのものよりも汚れが目立つ、緑色の移動用ホウキにまたがった。

 そして、前に重心を傾けると、徒歩以上自動車以下のスピードで走り始めた。


「イザホ、早く行かないと置いて行かれちゃうよ」


 マウの言う通りだ。

 ワタシは自分の赤い移動用ホウキにまたがって、その前方にマウがまたがったのを確認してから、前に重心をかけてフジマルさんの後を追った。











 大通りに出ると、ワタシたち3人は歩道に設置された点字ブロックの左側を、移動用ホウキで駆け抜けていく。


 横断歩道の先の信号が赤色になった。ワタシとフジマルさんは後ろに重心を傾けて、その場に一時停車する。


 ふと、右側の道路を見てみると、古い路面電車が道路の真ん中で停車した。


 その路面電車の線路を挟む道路には、自動車が信号待ちで止まっている。


 そのうちのひとつの自動車の中を見てみると、白衣を着たウェーブロングの髪形の人が手に埋め込んだスマホの紋章をつついている。ハンドルがないから、自動運転専用の自動車だ。


 目線を前に向けると、すでに信号が青になっていた。

 フジマルさんは移動用ホウキで既に先に行こうとしていたので、ワタシもすぐに重心を前方に倒した。


・フジマルの話を聞く

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「えっと……ここが事務所?」


 アーケード街に続く歩道の前で止まり、移動用ホウキから下りると、左に立つ建物をマウと一緒に見上げる。


 そこにあったのは、4階ほどの雑居ビル。

 ところどころに黒カビが目立っていて、下手したらマンション前のコインスナックよりもボロボロかもしれない。


「ああ! ここの2階に我々の探偵事務所がある! いわば探偵の仕事においての拠点となる場所だな!」


 辺りの歩道には通っている人がいるのに、既に移動用ホウキをバックパックの紋章に仕舞ったフジマルさんは、誇らしげに雑居ビルを見上げてうなずいていた。


「……ねえイザホ、フジマルさんって、やっぱり変わっているよね」


 マウはフジマルさんには聞こえない声でワタシに話しかけてきた。

 まあ、騒がしいのは昔から変わらないし……個人的にはこの雑居ビル、面白そうに見えるけど。


「さあ! さっそく我々の拠点を見に行こうではないかっ!!」


 すっかりヒートアップしちゃったフジマルさんは、周囲からの目線をものともせず、雑居ビルの入り口へと胸を張りながら入っていった。

 ワタシたちも、フジマルさんの後に続かなきゃ。

 さすがにあの入り方は恥ずかしいから、普通に入ろっか。






 ……入り口に入ってすぐに、ワタシはマウとともに立ち止まった。




「……」


 入り口付近の壁には、行方不明の人物が写ったポスターが貼られていた。


 その写真に写っているのは、黒髪のおさげの少女。


 写真ではセーラー服を着ており、大人しそうな表情に生気のある肌色、そして黒い目をしていた。




「ふたりとも、どうしたんだ?」


 声に反応して奥を見ると、フジマルさんが階段に足を乗せていた。


「あ、うん。なんでもない」


 マウが答えると、ワタシたちはフジマルさんの元に急いだ。






――ねえ、楽しんでくれた?――




 階段を上る中、一瞬だけ空耳を聞いた。




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