第13話 忘れんぼうな喫茶店店主とすぐ眠る娘

・イザホのメモ

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「喫茶店セイラムまでは移動用ホウキでは時間がかかる! そこで、そこまでは私の車で行くとするぞ!」


 雑居ビルの裏側にある駐車場。

 フジマルさんは1台の車を指さしながら勇ましく叫んだ。


「あの車ってさ、昨日、喫茶店セイラムにボクたちを迎えに来てくれた自動運転の車だよね?」


 もうすっかり慣れてきたのか、マウはフジマルさんのテンションに引くことはなくたずねていた。


「ああ! 私が初めて依頼主からもらった報酬で購入した、いわば宝物だ! もっとも、ローンはまだ払い切れていないがな!!」

「それって高らかに宣言することかなあ」




 青色の塗装を身にまとったフジマルさんの車の後部座席に、マウとともに乗り込む。

 中は昨日、喫茶店セイラムからマンション・ヴェルケーロシニに乗せてもらったときと変わらない。

 自動運転専用だから運転席にはハンドルはついておらず、代わりにハンドルの紋章が埋め込まれている。


 運転席に乗り込んだフジマルさんは自分のスマホの紋章を操作した後、それを緑色に光るハンドルの紋章に接触させる。


 ハンドルの紋章が青色に変わり、自動車はハンドルの紋章の判断に従って動き出した。




・車内の外を見る

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 車の窓の景色は、大通りから住宅地、そして山の中へと姿を変えた。


 横の窓を見てみると、崖の下に川が流れているのが見える。

 昨日、ワタシたちはここを通っていたんだね。真っ暗だったから見えてなかったけど。


 その時、自動車が少し速度を落とした。


「イザホ、近づいてきたよ」


 マウが指を指した先には、例の看板が立っていた。


 右斜め上の矢印と森の中のフクロウが描かれた看板に、“喫茶店セイラム 500m先”の文字。


 自動車は、看板に従って森の中へと入っていった。




 喫茶店セイラムの前にある駐車場に、フジマルさんの自動車は止まった。




「……昨日、ウアはここにいたんだな」


 フジマルさんは入り口の前に立ち、周りの景色を見渡していた。


「うん。といっても、喫茶店の外で見た時はすぐに逃げちゃったけどね」


 あの時、ローブの少女を見た位置に立つマウは、その側にいるワタシに確認を取るように顔を向ける。

 だいじょうぶ、会ってるよ。


「ここから入り口に近づいた時、急に振り返ってボクたちのことをにらんだんだ。肉食動物ににらまれたような感覚だったから、間違いないよ」

「そして、急に逃げ出したのか……もしかしたら、なにか目的があって来たところを……」


 そこまで言って、フジマルさんは首を振った。


「いや、根拠が薄いのに考察しても仕方が無い。先に店主から話を聞こう!」






 カランカラーンと、心地よい音が響き渡った。


 喫茶店セイラムの店内は昨日と変わらず、胸のモヤモヤが晴れるようなオレンジ色の明かりに照らされている。


 昨日と違うのは、窓の外が昼間であること。


 そして、カウンターの中に見知らぬ少女が立っていたことだ。


「……む……んん……」


 その少女は、カウンターに腕枕を置いてうつぶせに寝ていた。


「……まったく、相変わらずどこでも眠る子だ」


 フジマルさんは、カウンター席に座ると、ふーっと肩の力を抜いた。


「……えっと、フジマルさん? 起こさないの?」

「彼女の貴重な睡眠時間を奪うわけにはいかないだろう! それに、調査は急ぐものではないからな! ゆっくりと頭を休めようじゃないか!」


 ……フジマルさんの大声に対しても、その少女は動じることなく「すー」と小さな寝息を立てていた。




 その少女が起き上がったのは、ワタシとマウが席に座って1時間たった後だった。


「……んん……お客さん……?」

「おはよう! “リズ”!! 今日は聞き込みで来たんだが……“イビル”はいるか?」


 “リズ”と呼ばれた少女は、大きなあくびをしながらフジマルさんを見上げた。


「あ……フジマルさん、ごめんごめん。また寝ちゃった……ところで、そっちは連れの人?」


 こちらに向くリズさんに対して、とりあえずマウと一緒にお辞儀をしてあいさつをしておこう。


「ああ! 昨日引っ越してきた、屍江稻 異座穂シエイネ イザホとマウだ!」




 リズさんはワタシたちの姿をじっくりと見ると、眠たそうなまぶたがだんだん開いていった。




「……君たち、もしかして昨日、ここに来た人?」


 ワタシがうなずくと、リズさんはその場で飛び跳ねた。


「やった! まさか今日に会えるなんて!」


 ウサギみたいに何度も飛び跳ねるリズさん。

 ウサギのマウは驚いて両耳をリズさんに集中的に向けていた。


「え……えっと……もしかして、店長さんの娘さん?」

「うん! あたし、立部 凜柚タチベ リズ! 君たちのことはお父さんから聞いているよ。あの忘れんぼうのお父さんでさえ忘れなかったんだから、すごく興味があるの!」


 リズさんはサイドに流したロングウェーブの金髪に、後ろに大きな赤いリボンを付けている。

 黄色のノースリーブトップスに、緑色のワイドパンツ、そして人なつっこい笑顔は、先ほどの寝顔からは想像が付かないほどの活発さを感じさせられる。


「ところでリズ、イビルのことだが……」

「あ、お父さんはね……」




 その時、カウンター奥にある扉が開かれた。


「……呼んだか?」


 扉から出てきたのは、ソフトモヒカンにかけているメガネよりも印象的なおでこの広さ……

 喫茶店セイラムの店長さんだ。


「やあ“イビル”! 昨日はイザホとマウが世話になったな!」


 フジマルさんに声をかけられて、店長さんはワタシとマウを見て一瞬だけ右手を頭に上げようとしていた。


「……ああ、昨日のふたりか」

「ふう、また“すまん、忘れた”と言うかと思ったよ」


 マウは忘れられることに悲しいって思ったのかな。

 胸をなで下ろすマウに共感するようにうなずくけど、胸の中ではちゃんと覚えていて嬉しかった。

 

 フジマルさんは「さて」と本題に入ろうとした。


「今回はイビルに話があって来たのだが……昨日の出来事について、詳しく聞こうと思ってな」

「昨日……」


 店長さんは眉をひそめて、今度こそ右手の手のひらを頭に置いた。


「昨日……何かあったような気がするが……」


 つい昨日のことなのに、すっかりおなじみの光景になっちゃった。

 店長さんの前に立っているフジマルさんは予測ができたように笑みを崩さないし、リズさんは両手を上げて首を振っていた。


「フジマルさん、いつも通りにふたりきりで話してきたら? 書斎の部屋、入っていいから」


 リズさんからの提案に、フジマルさんは「ああ! そのつもりで来ている!」とうなずき、ワタシとマウに顔を向ける。


「というわけで、イザホ、マウ、私はこれからイビルからひとりで話を聞く!」

「え……ちょっと待ってよ。それじゃあボクたちが来た意味は……」


 マウは戸惑ったようにフジマルさんを見る。すると店長さんがせき払いをした。


「個人的には、1対1で話したほうが思い出しやすい。ふたりにはすまないが、リズの話し相手になってくれ」


 フジマルさんと店長さんは、カウンター奥の扉に入って行ってしまった。


 そういえば、店長さんの名前ってイビルって言うんだね。




「……イザホ、とりあえず、お昼はここで済ませちゃう?」


 ワタシとリズさんとともに置いて行かれたマウが、首をかしげながらワタシの顔を見る。

 ふと時計を見ると、昼の12時を過ぎていた。

 ここまで来るのに、車でも時間がかかっちゃったからかな?


「ねえ、ふたりはフジマルさんの助手なんでしょ?」


 カウンター席についたワタシとマウに、リズさんは顔を出してきた。


「うん。今日が初めての仕事なんだけどね」


 マウが答えると、リズさんは「よかったあ」と両手を胸に当てて一息ついた。




「それじゃあ、あたしの友達もすぐに見つけてくれるよね?」




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