第19話 親より先にハゲる親不孝があるか

 なんやかんやで上手い具合に物資を調達した俺はハゲ隠しの帽子を被って、長距離バスに乗り自分の生まれ故郷を目指した。仙術で空を飛んで行っても良かったけれど、連戦で疲れていて空を飛ぶのもしんどい。いくら、けがないでダメージを無効化してもスタミナ切れまでは防ぐことができない。


 とにかく、これからの戦いは休息も重要だ。俺も目的は復讐……そして、ハゲが差別されない世界を創ることだ。そのためには、この国で、いや、世界を支配している上級国民共をぶっ潰す必要がある。あいつらが作ったハゲを差別する風潮、法律。そんなもののせいで俺がこんな目に遭っているんだ。


「次は~幾猛町いくもうちょうです。お降りの方は降車ボタンを押してください」


 車内アナウンスが聞こえたので俺はボタンを押した。バス停から自宅まで徒歩4分圏内。久しぶりに俺を島流しにしたクソ親父の顔を拝めると思ったら、わくわくしてきたぜ。


 バスを降りて大地を1歩1歩踏みしめて自宅へと向かう。随分と長い旅行だった。けれど、やっと自宅に帰れる。そして、視界に入る俺がかつて住んでいた家。父親、母親、妹の瑠奈。あいつら今頃なにしてやがるのかは気になる。


 俺が意を決してインターフォンを押そうとした瞬間、急にドアがバッと開いた。そして、親父が飛び出して来て俺に覆いかぶさってきた。


「頼人! 伏せろ!」


「わっ……!」


 俺は押し倒されてしまった。地面に激突するもダメージも痛みもない。その時だった、俺の頭があった位置に矢が飛んできた。その矢は俺の家の中の壁に刺さる。そして、次の瞬間、その壁がドロドロと矢が刺さった位置を基点に溶け始めた。


「と、父さん!? これは一体……!」


「頼人! どうして戻って来た! 折角、お前を安全な島に逃がしたのに!」


「え?」


「説明は後だ! 個室VDバーチャルディメンション!」


 父さんは地面に手刀を叩きつける。地面が裂けてその中が黒い空間が広がっている。


「父さん……これは?」


「入るぞ!」


 父さんは俺の手を握って無理矢理黒い空間の中に飛び込んだ。空間の中は真っ暗で何も見えない。上にあった俺たちが入って来た次元の裂け目がパッと閉じた。


「父さん。説明してくれ!」


「まず、最初に謝っておく。すまなかった……! 頼人! あの時はああするしかなかったんだ」


 父さんは俺に向かって深々と頭を下げた。父さんは父さんでなにか事情があったのかと察せざるを得ない。先程まで、父さんに感じていた怒りが一旦は収まるのを感じた。


「順を追って説明しよう。どうして、俺がお前を島流しにしたのか。そして、この世界の本当の支配者ってやつを」


「本当の支配者……?」


 父さんは頷いた。


「時間がない。俺の能力の個室VDは2時間以内に出ないと2度と出ることができなくなる。この制約がなければ、お前をここに匿えたが……まあ、それはいいだろう」


 そういえば、俺は父さんのスキルを知らなかった。こんな能力を持っていたんだな。


「まず、お前が命を狙われている理由は2つある。1つは、その“けがない”のスキルだ。俺は軍の要人と繋がっている。その“要人”が言うには、ハーゲンが作った新しいスキルを持っているものは殺せ。始末できる正当な理由が出来次第……と」


「え?」


「お前が無人島でドローン使いと戦ったことを知っている。現にそのドローン使いも始末されている。お前もそれを感じ取っただろ?」


「……ああ」


 俺はドローン使いをマーキングした。そのマーキングが途中で消えたということはそういうことなんだろう。


「お前が新しいスキルを持っていること……それは、既に俺たちは知っていた。その本当の能力もな」


「どうして……」


「母さんの観察眼スキルだ。高レベルの観察眼スキルは、相手のスキルとその性能を知ることができる」


 そういえば、母さんの観察眼スキルによって、俺がハゲであることを見抜かれてしまったんだったな。


「俺は母さんからひっそりとメッセージを受け取っていた。お前の覚醒したスキルの正体をな。でも、いくら有能なスキル持ちでもハゲであるならば、可哀相だ。医者に診てもらえば治せるかもしれない……そんな期待も無駄だったがな」


 父さんは悲しそうな表情をした。確かに、あの時の父さんは本当に俺を治す気でいてくれたと思う。そういう気概が父さんの態度から感じられた。


「もし、お前の本当のスキルが攻撃を無力化する“怪我ない”だったとしたら、お前は軍の実験体になってしまう。どうすれば、殺せるか……のな」


「え?」


「確かに、お前を懐柔すれば軍にとっては大きな戦力になる。しかし、それ以上に軍は、新たなる“けがない”の持ち主が現れることを危惧するだろう。そのハゲが自分達の味方になるとは限らない。そう考えた時に、現状取れる最も賢い選択肢はなにか……」


「まさか……!」


「そう、けがないスキル持ちを殺せる方法を予め実験しておくことだ。実際のスキルの持ち主。つまり、お前を使ってな」


 なんてことだ。待てよ。それじゃあ……


「例え、俺がどんなに“軍”に協力的な姿勢を見せても殺されることは確定ってことか?」


「ああ、流石、俺の息子だな。そこに気づくとは。だから、俺はお前を逃がす方法を必死で考えた。軍がお前の持っているスキルの正体に気づく前にな。そして、俺は下手を打ってしまった……稔木にお前が新しいスキルを持っていることがバレてしまったことだ」


「あ……!」


 俺のハゲを見てくれた薄毛治療の先生……!


「幸いにも、奴は怪我ないの部分までを見抜くことはできなかった。でも、奴に頼人が新しいスキルを持っていることがバレてしまった。ということは、その情報がいつ軍に入ってもおかしくない。事実……俺たちはつけられていた」


「つけられていた? 一体誰に……?」


「軍の関係者さ。だから、俺はお前を追放する時に一芝居を打った。不毛の大地に追放する。そうすれば、お前は生きていけずに息絶えるだろう。軍にそう判断させるためにな」


「そう……だったのか」


 父さんは俺を守るためにそこまでしてくれたのか?


「頼人……そして、これだけは言っておかないといけないことがある。この世界の本当の支配者だ。そいつの名は……最高神ハーゲン。やつはこの人間社会に紛れ込んでいる。そして、自分の悪口を言ったものを決して許さない」


「え?」


「それが、お前が狙われる2つ目の理由だ。お前は、ハーゲンの悪口を言ってしまった。俺だけではなく、稔木の前でもな。その瞬間、お前はハーケンのブラックリスト入りしたわけだ」


 なにを言っているのかわからない。


「ちょ、ちょっと待ってくれ父さん。最高神ハーゲンって、概念的な存在じゃないのか? それが人間社会にいるって?」


「ああ。そして、ハゲは悪という風潮を作り出したのもハーゲンだ。もし、お前がこれから先、平穏な人生を送りたいって思うんだったら……ハーゲンを倒すしかない」


「か、神を……?」


 そんな荒唐無稽こうとうむけいなことを言われても……俺は精々、上級国民。大臣とかその辺を倒せば終わる話だと思っていた。でも、倒す対象が神だって……?


「頼人。それと……マルガリータには会ったよな?」


「あ、ああ。彼女には色々と助けられた」


「そうだろう。お前が飢えないように、わざわざ彼女がいる島に送ったんだからな」


「え? マルガリータは父さんの差し金だったのか?」


 次々と明らかになる事実に俺の頭混乱してきた。


「差し金というよりかは……あいつは元から無人島に住みたいとか言ってたからな。そこで丁度いい島があると紹介したんだ。マルガリータが、不毛の地とされる島に行ったのはたまたまだったけれど、それで敵の目を欺くことができたんだ。良しとしようじゃないか」

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ハズレスキル『けがない』のせいで、ハゲた俺。ハゲはいらないんだよと不毛の大地に追放されるが、このスキルの正体はどんな攻撃も無効化する『怪我ない』だった。今更"けなし"たことを謝れてももう遅い 下垣 @vasita

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