第18話 頭を使った勝利
「ふふ、ははははは。お前の心臓が俺の手の中で必死に鼓動を使用としているのを感じるぞ!」
オッサンの力がぐっと強くなる。これだけ強い力で握り続けていても握力が減衰しないのは中々にスタミナもあるということか。なら、俺がやるのは1つだ。俺は覚悟を決める。チャンスはたった1回。失敗したら、負けるパターンに入る。
俺は心の中で「行くぞ」と呟き、天駆の術を発動させて空高く飛んだ。今の俺に出せる全速力だ。1メートル、いや、1ミリメートルでも高く飛ぶんだ!
「うお! ど、どうした?」
オッサンは俺の狙いに気づいていない。まだだ。まだ飛ぶんだ。
「あ、しまった! く……! チッ、射程距離外に入ったか」
テレポートには射程距離がある。どうやら、あのオッサンの本体の位置に対して、射程距離外に俺……いや、俺の体内に入っているオッサンの手が出たようだ。それは、つまり……オッサンは、現在テレポート能力を使えなくなったことを意味する。
理屈は簡単なことだ。テレポーターは体の一部をテレポートさせることができる。できるが、その間は本体がテレポートできない。必ず、テレポートで分割した体の一部を再び本体とくっつける戻しを挟まなければならない。
そして、その戻し作業もテレポート能力で行う。テレポーターの本体の射程距離内に体から分離したパーツがあれば、それを戻せる。普通ならば特に問題はない仕様だ。しかし、パーツが移動した場合が射程距離外に移動した場合、いわば本体とパーツの距離が遠くなりすぎる。その場合、テレポーターは自分のパーツを自分の本体に戻せなくなる。
先程も言った通り、新たにテレポート能力を使うには、自分のパーツがテレポートしている状態を解除しなければならい。だから、あのオッサンは俺に近づいて、自分の射程距離内に移動する必要がある。
だが、悲しいことに空を飛べるスキルを持たない人間は空を飛べない。テレポーターも上空へのテレポートを繰り返せば疑似的に空を飛ぶことができるが、今はその能力が封じられていて、射程距離内に近づく手段が存在しない。
そうなると……どうなるか。あのオッサンはただのパワーとタフネスがあるだけの一般人となる。
とりあえず、第1段階はクリアだ。もし、手をテレポートで戻されていたら、オッサンは再びテレポート能力を使えるようになる。そうすれば、一瞬だけ拘束は解除できるものの、オッサンは再度テレポート能力を使えるようになり、能力で上空にいる俺を追いかけることができる。
再び追いついた時に、何らかの方法で俺を地面に叩きつけて、再び同じことをすればいいだけ。2度目は警戒されて、この手は使えなくなる。つまり、この作戦が失敗したら俺はじり貧になって更に厳しい戦いを強いられたことだろう。
そして、第2段階。テレポート能力を失ったオッサン。そいつをこれから料理してやる。俺は筋斗雲を呼び出した。呼び出す先は……あのオッサンの足元だ!
「うお、な、なんだこの雲は!?」
オッサンは自分の足元に急に雲が出てきて驚いた。だが、その一瞬の驚きによる硬直。それが命取りだ。俺は筋斗雲を操作して、オッサンを海の方向へと全速力で飛ばした。
「あっ!」
オッサンも気づいたようである。筋斗雲が海の真上についた時点で俺の勝ちは確定した。まあ、高速で動く雲から飛び降りれば、まだ勝ちの目はあっただろうけど、それはそれで体にかなりのダメージが入る。
俺は筋斗雲は解除した。雲が消えた瞬間、オッサンの体が海へと真っ逆さまに落ちる。手がない状態のオッサンがロクに泳げるはずもなく、必死でもがくもどんどんオッサンの体が沈んでいく。
ここから先は俺とオッサンの根くらべだ。海で溺れているオッサンと心臓を抑えつけられている俺。どちらが先に死ぬかの。頼む……早く、そろそろ、俺の意識が……遠のいて……
「がば、ばは……」
オッサンの必死な声が聞こえる。オッサンの握力がどんどん緩んでいく。それと同時に俺の心臓がドク……ドク……と循環を始める。血の気が段々引いて意識が遠のいていたけれど、どんどん意識が鮮明になっていく。ちょっとずつ、再び体に血が巡るようになった。
やはり、人間がパワーを発揮するには呼吸が必要不可欠だ。海に落されてしまったオッサンが溺れている状態であるのならば、力が弱まっていくのは必至。胸に異物感はあるものの、心臓を抑えつけられていないのであれば、こんなものは脅威でもなんでもない。
「ハァー……ハァー……」
俺は深い呼吸を何度もして意識を整えた。オッサンが海に沈んでから1分ほどが経過しただろう。もう、オッサンの手もほとんど力が入っていない。死んではいないと思うものの、これ以上は命に関わる。テレポーターが死ねば、射程距離に関わらずに分離したパーツは本体に戻る。だから、俺の体内に入っているこの手は問題なく処理できるが……
「流石に死なすわけにはいかないだろ!」
俺は再び筋斗雲を呼び出した。そして、海中にいるオッサンを砂浜に引き上げた。
オッサンはゲホゲホ言いながら水を吐いている。俺は天駆の術を使ってそんな息も絶え絶えなオッサンのところに向かった。
「テレポート能力を解除しろ」
「げほ……げほ……」
「早く!」
俺はオッサンの脇腹に蹴りを入れた。溺れて死にかけていたオッサンは流石に弱っていたのか、これにはダメージを食らったようで、すぐに俺の体内にあった手を自分のところに戻してくれた。
胸にあった異物感が消えて、俺はこの場をさっさと立ち去ろうとした。
「ま、待ってくれ……なぜ、俺を……助けた」
オッサンからしてみれば不思議な話だろう。近づけばオッサンは再びテレポートを使用可能になる。そうすると別の攻撃手段を使って追い詰められるかもしれない。あのまま、オッサンを海に落してまま、見殺しにした方が俺は安全だった。
「俺がしたいのは、
俺は海を見つめた。やっと本土に戻って来れた俺だけど、この海の遠い無人島に1人島流しにされたことは昨日のことのように覚えている。正直言って、父さんも社会も世界も憎い。けれど――
「俺がされたこと以上のことを誰かに返すのは復讐とは呼ばない。復讐を楯に他人を必要以上に傷つけるのは……クズのやることだ。俺は自分が思う正しさを貫きたい。だから、他人の命までは取らないと決めたんだ」
オッサンは黙っていた。呼吸も整って来たところだし、そろそろ、俺に攻撃を仕掛けられる状態になってきているだろう。しかし、このオッサンから敵意が感じられない。オッサンはオッサンで自分の中に何か男気めいたものがあって、今の俺に攻撃するのはそれに反する。と言ったところか。
「オッサン、名前を聞かせてくれ」
「
「ああ。波照間さん。色々と敵の戦力とかも聞いておきたいけど、アンタにも立場とかあるだろうしな。俺はもう行く。2度と会うことはないだろうけど、アンタのことは忘れないよ」
再び立ち去ろうとする俺。だが、波照間さんは俺に向かって一言。
「いや、2度とじゃない……俺たちは最初から会わなかった。それで良い」
俺は後ろを向いたままコクリと頷いて、波止場を後にした。本土に来て、早々かなりの強敵と出会った。もし、けがないのスキルが無ければ、早々にやられていたほどだ。中々に手厚い歓迎だったが、こんなことで摩耗している場合ではない。俺にはまだやるべきことがあるのだから。
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