第17話 テレポーター

 数日間、海上を飛んだ成果もあり見知らぬ漁港に辿り着いた。停泊している船には、日本語で【第三龍王丸】と書かれている。恐らくはこの船の名前だろう。日本語で名前が付けられているってことは、ここは日本か。それは好都合だな。母国語が通じる方が幾分かやりやすい。


 さてと。船での戦闘でこっそりとかっぱらった船員の帽子。これを被ってハゲを隠すか。隠せるのは頭頂部だけだけだ。これだと剥き出しの後頭部でハゲだとバレてしまうかもしれない。まあ、質問か何かされたら前髪はオールバック、後頭部は刈り上げていることにすれば、一先ずはハゲだとバレないだろう。流石に職質は回避できなさそうだから、警察の目を掻い潜ってウィッグを購入するか。


 とにかく、俺は今ハゲだとバレるわけにはいかない。いくら俺が無敵能力持ちでも、相手は俺の能力を知っていて、それに対処してきている。海上で俺を窒息させようとしたのもその証拠だ。俺はあらゆる傷、怪我は無効化できるけれど、決して死なない能力ではないのだから。


 それにしても……なるほど。この漁港にいくらかいるな。明らかに戦闘用のスキルを持ってますって雰囲気出している輩が。気配でわかる。まあ、俺を始末しようとしている奴らも先手を打って、俺がこの漁港に立ち寄るだろうとアタリを付けて来たか。俺の進行方向はバレているから当然と言えば当然か。俺は最初の襲撃者がいた方角しか知らない。だから、途中で進路変更するわけにはいかなかった。迂回でもしたら本土の方向を見失ってしまうからな。


 ここから先は気配を消してから進もう。感知タイプの能力者がいればそいつに俺が修行で得た膨大な気を感じられてしまう。こんな漁港に戦闘能力が高いやつがいるのは不自然だからな。


 俺はなるべく人目につくところを避けながら漁港の出口を探した。その時、俺の背後からつわものの気配を感じた。


「ちょっと、そこの帽子を被ってるキミ。いいかな?」


 振り返るとそこにいたのは見るかにパワー系って感じで剃りこみを入れている強面のプロレスラーみたいな男だった。一目見ただけでわかる。こいつは強い。俺の能力を考えれば負けるとは思えないけれど、ここで下手に戦闘して目立ったら応援を呼ばれる可能性がある。俺だって体力が有限の人間だ。物量で押し切られたら負けることだってあるだろう。


「僕ですか?」


「ああ。すまないね。キミ、結構顔が若い感じだけど高校生かな? こんな学校がある時間に何してんのかな?」


 チッ。俺の背後を見て声かけた癖に顔が若いとか言ってんじゃねえよ。明らかに探りを入れられている。


「確かに年齢的には俺はそのくらいですけど、高校に行ってなくて何が悪いんですか? 義務教育じゃないのに? 平日休みで昼間に出歩くことの何が悪いんです?」


「え、それは……」


 俺は正論で返す。事実、俺は高校を強制退学させられたから、高校生ではない。まあ、仕事はしてないから後半はハッタリだ。


「学歴差別されたような気がして不愉快です。2度と話しかけないでください」


 俺は不機嫌な雰囲気を醸し出して自然な流れでその場を立ち去ろうとした。しかし、俺が前を歩き始めた時に目の前に現れたのは……さっきの男だった。


「な……!」


 いつの間に? 瞬間移動したのか? 俺が背後を確認するとまたしてもその男がいる。どういうことだ?


「まあまあ、そう簡単に話を打ち切らないでさ。その髪どうしたの? 随分とツッルツルのピッカピカだけどさあ!」


「人の髪型にケチをつけないでください。俺は刈り上げるのが好きなんですよ」


 やはり、俺の頭部に不審を持って話しかけてきたか。


「そうか……なら、帽子を取って頭頂部を見せてくれよお!」


 背後から声がした。それと同時に俺の帽子がパッと取られた。こいつ……! 瞬間移動能力持ちか?


「やっぱりハゲだぁ! 見つけた。けへへ。ここで単独でお前を始末したら、俺の評価も爆上がりだぜ!」


「始末だと? できるものならやってみろ!」


 たかが瞬間移動能力持ちに俺が負けるわけがない。しかし、男は不敵に笑う。なんだ、このネットリとした絡みつく嫌な感じは。


「ふんぬ!」


 男が俺の手首をガシっと掴んだ。ものすごく強い圧がかかっている感覚が手首から伝わってくる。けれど、俺のスキルのお陰で全く痛くはない。


「あはは。お前凄いな。俺の握力は250キロ強だ。骨を砕けるほどだが全くダメージを受けてない。おもしれー能力だなあ!」


 なんて握力だ。こいつ前世がゴリラじゃねえのか? しかし、ダメージを受けないとはいえ、250キロの握力を振りほどくのは容易なことではない。恐らくパワーだけなら脳のリミッターを外した俺よりも上。


「この握力でお前の心臓を握ったらどうなるんだろうなあ!」


 男の両手がふっと消えた。そう思った瞬間、俺の左胸がきゅっとなにか締め付けられるような違和感を覚えた。


「あが……」


「ビンゴ。見えない位置にテレポートするから体内へのテレポートは正確な地点にテレポートするのは難しいが、一発で成功したようだなあ」


 心臓に痛みはない。けれど、苦しい。本来ならば握りつぶされるほどの握力がかかっているのだろう。しかし、俺のスキルは体内のダメージも無効化してくれるようで、即死は免れた。だが、それだけだ。全身に血液を行き渡らせる循環器の動きが制限されてしまった。いわばずっと休まずに動き続けていなきゃいけない臓器を止められている。物理的ダメージを無効化できても、生命維持活動を止められてしまっては、見えているのは死である。


「心臓を潰しての勝利は出来なさそうだが、心臓を止めたらお前はどうなるんだろうなあ。それでも不死身ならそれはそれでおもしれえけどよお」


 やはり、この男は俺を始末しにきただけあって強力な戦士だ。心停止で死ぬ前にやつの能力から逃れないと。俺は手をやつに向けて気弾を放った。死に物狂いで何度も何度もグミ撃ちをした。やつに気弾が命中する度に煙が巻き起こる。数十発撃ったところで土煙で男の姿が見えなくなった。しばらくして、煙が晴れた時に見えたのは、体が土煙で汚れているものの無傷な男の姿だった。


「あはは、軽いねえ。俺を倒すんだったらこの十倍の威力がないと話にならん」


 く、やはり、見た目通りのフィジカルモンスターか。パワーとタフさだけでも異常なのに、厄介なテレポートの能力も持っている。さて、どうしたものか。


 俺は持てる脳を稼働させて持てる知識の限りを尽くして奴を倒す作戦を考えた。幸いにも男はどう見てもオッサンである。既に人類が持っているスキルは研究され尽くしていて、新しくアップデートしたスキルを持っているのは若い世代のみ。つまりは、オッサン連中が持っているスキルには必ず弱点が見出されているはずだ。能力が知られているというのはそれだけで弱点だ。


 テレポート能力の弱点はなんだったか……確か、体の一部をテレポート。今回の場合はあの男の両手がテレポートしている最中は本体はテレポートできない。本体がテレポートするためには、必ず手を本体に戻さなければならない。だから、あの男は俺の気弾をテレポートで避けずにそのまま受け止めたんだ。


 そして、テレポートには射程距離が存在する。一瞬で地球の裏側に行けるわけでもないし、視界の外にテレポートしようとすると位置がブレて正確性に欠ける。


 ふむ、わかったぞ。この窮地を乗り越える方法が。これは時間との勝負だ。俺の体が心停止する前にやるしかない。能力を知り尽くして対策を取れるのはそっちだけじゃないってわからせてやる必要がある。

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