第16話 操釣り竿(マリオロッド)
俺は水中の中でなんとか投網を引き千切れないか考えた。現状、切断できる武器を持っていない俺にとってはこの投網は厄介すぎる代物だ。投網の網目は割と荒くて小魚程度ならすり抜けてしまいそうな程だ。だが、人間である俺は当然ながらここから出ていくことはできない。
投網の結び目はとても硬くてとても正攻法で解いている時間はなさそうだ。かと言って脳のリミッター解除して無理矢理引きはがすこともできそうにない。水中ではなくて、水の抵抗がない地上ならばまだ対処のしようがあったのに。くそ、自力じゃどうにもならないのか。なにかの間違いで敵さんが俺を引き上げてくれさえすればワンチャンありそうだけど、残念ながら相手は俺を殺す気できている。そんな情けは絶対にかけてくれないはずだ。
俺の前方に黒い魚影が見えた。その魚影はこちらに段々と近づいてくる。あれはクジラか!? どうしてクジラがこんなところに……って、海だからいてもおかしくないか。でも、なぜこちらに近づいてくるんだ。いや、クジラの頭から何か張りつめた線上のものが飛び出ている。あれは……まさか! フィッシャーマンの能力の1つ。
フィッシャーマンの最大級の奥義とも呼ばれて釣り針を相手の脳に刺したらその相手を意のままに操ることができるという反則にも程がある能力だ。釣り針はとても硬くて生物の頭蓋骨程度ならば貫通してしまう。それをあのクジラの頭に刺したんだ。
まさかあのクジラを利用して俺に攻撃をしかけるつもりか? でも、クジラの攻撃なんて俺には通用しない。全くの無駄行動だ。そう思っていた矢先、クジラは思いきり口を開けた。クジラの口の中には多くの小魚がいて、その小魚たちが一斉に放たれてこちらに弾丸のような速度で泳いでくる。
小魚たちは網の目をすり抜けて網の中に入って来た。そして、俺の回りにまとわりついてきたのだ。なんだこいつら。まとわりついて俺の動きを阻止するのが目的か? 俺はそう推察したがすぐに自分の考えが間違ったことに気づいた。小魚たちは俺が空膜の術で作った空気を吸い始めた。いくら呼吸量が少ない小魚とはいえ、この数の小魚に空気を吸われてしまっては、すぐに空気と気が途切れてしまう。
しかし、小魚を潰そうにも数が多すぎる。まずい。早めに対処しないとあっと言う間に空気を吸いつくされてしまう。
どうする。どうしたらいい……俺はこの状況に絶望した。この小さな魚たちが俺の空気を確実に蝕んでいく。クソ、こいつらが邪魔すぎる。全員ぶち潰したい……! あ、そうか。その手があったか。これは逆にチャンスかもしれない。上手く行けばこの状況を打開できる。
◇
「艦長。やつはそろそろ死にましたかね?」
「もう少し待とう。奴はダメージを無効化するチートスキル持ちだ。ここで仕留め損なったら取り返しがつかなくなる。この海というフィールドがなければ奴を追いつめることなどできんのだからな」
そろそろ引き上げても良い頃合いかと時計を見た瞬間、船体が大きく揺れた。波風は全然立っていないのになぜだ?
「か、艦長! これは一体!?」
「落ち着け。船が沈んだら一巻の終わりだ」
またも船が揺れに揺れている。その衝撃はまるで水面下で爆発が起きているようだった。爆発……? いや、そんなわけがない。やつは投網で捉えている。網をすり抜けるほどの小さな気功波だったらここまでの威力が出るわけがない。気功波は遠距離攻撃できるものの、遠くへ行けば行くほど威力が減衰する。やつの位置からだとここまでの衝撃を与えられるはずがない。
「館長! このままでは船が沈んでしまいます」
「わかってる!」
神室 頼人! 奴が何かしたのは間違いない。でも奴は何をしているんだ。いや、そんなことはどうでも良い。
「投網を引き上げろ!」
「いや、しかし」
「いいから! 奴が何かしたのは間違いない。引き上げればその攻撃は止むはずだ」
◇
小魚に気を注入。その小魚を捕獲して船に向かって泳がせる。そして、船底に近づいた途端に魚に注入した気を遠隔操作で爆発させる。気功波エネルギーは放った地点より遠くへいけば威力は減衰する。水の中ならその減衰もさらに激しい。だから、気功波エネルギーをある容器に入れる必要があった。それが魚だ。注入されたエネルギーは遠くへ行ったところで減衰しない。むしろ爆発、着弾した時点を起点とするために小魚の大きさ程度のエネルギーでも減衰さえしなければ、船にそれなりの衝撃を与えらえる。1匹1匹の衝撃はとても小さなものだ。しかし、イワシが群れを作って大きな魚に見せかけるのと同じように、数多くの魚でこれを実践すればその衝撃は大きなものとなるんだ。
俺の視界が上昇する。どうやら、異常事態に気づいた敵さんが俺を引き上げようとしているらしい。流石の敵も船を壊されたらたまったものじゃない。だから、壊される前に引き上げて攻撃をやめさせようとしているんだな。
いいぜ。乗ってやるよ。どっちみち、俺は海の上に出ないといけないんだからな。
「ぷはー! はあ……はあ……」
俺の顔が海の上に出た。それと同時に空膜を解除して大きく深呼吸をした。天然の空気は空膜で作り出した空気と違って美味しい。その実感は正に生きている証拠だ。
「ふんぬ!」
水の抵抗がなくなれば、こっちのものだ。脳のリミッター解除からの馬鹿力で網を引き裂いた。俺は網から飛び出して、船の上に降り立った。
「き、貴様……!」
俺に投網を投げつけた板前風の男が俺を睨みつけている。
「船が沈まないように俺を引き上げたのは賢明な判断だ。しかし、俺と相対するのは愚かな判断だ」
俺は拳法の構えを取った。投網にさえ気を付けていればこんなやつらは恐れるに足らない。俺は絶対に攻撃を食らわないのだから肉弾戦ならば100パーセント勝てる。
「舐めるな! 操釣り竿! こいつで貴様を操れば私にもまだ勝機はある。食らえ!」
敵は破れかぶれで釣り竿を振るった。釣り針が俺の頭に引っかかる。この釣り針が刺されば皮膚を裂き、頭蓋骨を砕き、そのまま脳に侵入して洗脳が完了する。しかし、俺の皮膚は引き裂かれないし頭蓋骨も決して砕けない。
「ひ、ひい……そんな。操釣り竿も効かないなんて」
「ハァ!」
俺は板前風の男の鳩尾に向かって思いきり掌底を入れた。
「がは……」
俺の強烈な一撃を受けて口から血を吐く男。当たり前だけど攻撃されるとダメージを受ける。俺にはその感覚がないから逆に新鮮に感じた。
「ていや!」
更に回し蹴りで男の後頭部を強打した。男は叫び声、うめき声をあげることすらできずにその場に倒れこんだ。
「なんだたった2発でダウンか。あっけないな」
「ひ、ひい」
周りの船員たちが船の上で逃げ惑う。どうせ船の上ならば逃げ場がないのに、無駄なことを――
敵のボス各である板前風の男とその部下の船員たち。そいつらをボコボコのボッコボコにしてやって俺の気は晴れた。このまま海に落として魚の餌にしてやりたい気持ちになったけれど、俺は殺しはしない。流石にその一線を超えるつもりはない。それにこいつらだって命令されてやってきただけだ。真の巨悪は本土にいる。
俺は不殺の誓いを胸に再び筋斗雲を呼び出して、本土へと向かった。待っていろ世界。待っていろフサフサ共。貴様らの毛根を死滅させるほど震え上がらせてやる! ハゲをバカにした報いは必ず受けさせる。それが俺の復讐だから。文字通り髪の毛一本残さないつもりだ。
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