第11話 シリアルキラーのドローン少年

 独房の中というものは暇なものだ。目にする光景は毎日同じ。聞こえてくるのは見回りの看守が近づいてくるコツコツと言う足音だけ。今日もまた足音が近づいてくる。その音は俺の独房の前でピタリと止まった。


「88番」


 俺の受刑者番号を呼ぶ声。食事が運ばれてくる時間でもないのに、俺を呼ぶということは……“仕事”の話だろう。


「但馬牛のステーキが食いたい」


 俺の言葉に看守は鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしてみせた。


「まだ依頼の話をしてないだろ」


「俺はただ願望を言っただけだ。それとも、報酬で用意してくれるのか?」


「働き次第だな」


「んで……俺のスキルで始末して欲しいターゲットでもいるのか?」


 2年前。最高神ハーゲンによる大幅なスキルの改定が行われた。それにより、スキルがかなりの数追加されたが、新しいスキルを授かったのはほんの一握りの人間だ。当時、高校生だった俺もその1人だ。俺はこの強力なスキルで好き放題に犯罪行為をした結果、こうして独房にぶち込まれてしまったわけだ。


 だが、俺の持っているスキルは2年経った現在でも使いこなせる人間は俺しかいない。要は憎き犯罪者である俺のスキルを頼らざるを得ない状況なら、俺に頭を下げる必要があるのだ。


「いや、ターゲットは既に死んでいる可能性が高い。2年前に不毛の土地に島流しにされたからな。その死体を確認してきて欲しいのだ」


「そんなの俺に頼まなくても良いだろ」


「誰もあの不毛の島に行きたがらないし、無人機を飛ばすにしても莫大な費用がかかる。だが、お前ならステーキ一切れで動かせるからな」


「誰が一切れと言った。1年分はよこせ」


「強欲な奴だな。1週間分以上は出せん」


 1週間か。まあ、悪くないな。俺も正直1食分のつもりで要求したわけだし、それが1週間分に延長されたのなら、まあいいだろう。それにいくら但馬牛でも1年は飽きる。


「おーけい。わかった。その前にこの独房から出してくれ。この檻の中ではスキルが使えないからな……いくら、俺の能力の射程距離が地球全体をカバーできると言っても使えなければ意味がない」


「ああ。ただし妙な動きはするなよ。した瞬間、命はないものと思え」


「はいはい」


 看守が独房の牢を開錠してくれたお陰で俺は外に出られた。しかし、相変わらず手枷と足枷はされたままだ。


「モニターを用意してくれ。できればデカいのが良い。あんたらもこの目で確かめたいだろ?」


「わかった。用意する」



 看守に刑務所内の会議室のようなところに通された。俺はそこでスキル“ドローンリンクス”を発動させた。俺の目の前に5機のドローンが生成された。


「島の広さは知らんが、5機で足りるか? あんまり出しすぎるとこっちも体力的にも精神的にもキツい」


「その感覚はそのスキルを持つお前にしかわからないことだ。好きにしてくれ」


「了解」


 俺は作り出したドローンを窓から外へと飛ばした。持ち主はこの監獄に囚われた存在だと言うのに、ドローン共は呑気に外に出られるなんて羨ましいこった。


 飛ばしたドローンはカメラが内臓されていて、その映像は俺の脳内に入ってきて視覚情報として処理される。5つの映像を同時に処理するのは脳に負担がかかるから、現在は最後尾の1機だけ起動させて、残りのカメラ機能はオフにしている。この1機の情報を基に不毛の島へと向かった。


 全速力で飛ばした甲斐もあってか数時間後、俺が飛ばしたドローンたちは不毛の島へと辿り着いた。


「ふう。とりあえず目的地には辿り着いたけれど少し休ませてくれ。このドローンたちの燃料は俺のエネルギーとリンクしている。燃料代がかからないけれど、俺の体力がモタない」


「ああ、そうだな。これから島中の探索をしてもらうのだからな」


 既に疲労は溜まっているけれど、ここからが本当の仕事だ。このだだっ広い島の中から目的の人物を探し出す。中々に骨が折れる作業だ。


「お尋ね者の特徴とかはわかるかい?」


「どうせ白骨化しているだろう。特徴を訊いても無意味だ。お前はその人骨を探し出して、サンプルを持ち帰ってくれればいい。後はこっちで本人確認をする」


「了解……ここからはドローン5機分の映像をモニターに分割して映し出す。何か変わったことがないか看守様も見てくれ」


 俺はモニターに手をかざす。そして、エネルギーを送り込み、ドローンのカメラ映像と同期させた。最高神ハーゲンが与えてくれるスキルも時代に併せて進化する。ドローンが発明すらされてない時代や、モニターも存在しないような環境ならこのスキルは存在意義はなかったかもしれない。ドローンの生成にはイメージが必要だ。俺は本物のドローンを良く弄っていて構造を理解しているからこそ、このスキルを最大限に活かせる。そう考えるとこの時代に生まれて良かったと心底思う。


 ドローンの映像を俺と看守の2人態勢で確認する。その時だった、妙な映像が流れた。


「おいおい。看守さんよ。不毛の島って言うのは、人間が畑を作っているような環境を言うのかい?」


「何!? どういうことだ」


 ドローンが捉えた映像。それは、明らかに人為的な畑が堂々と存在していた。この畑は良く手入れされていて、長らく放置されている感じは全くしなかった。つまり、この島にはこの畑を維持している“何か”がいる。


「もう少し畑の映像を拡大できるか?」


「ああ。カメラをズームにしてみる。流石に気味が悪くて近づきたくねえからな」


 畑には何かの花が咲いている。俺は農家でもないし、植物に詳しくもないので何を育てているのか全くわからない。


「これはジャガイモを育てているな」


「へー。これジャガイモの花なんか」


「この不毛の土地にジャガイモなんてあるわけがない。何者かが人為的に持ち込んだとしか考えられない」


 俺はそういうこと事情はよくわからないけれど、看守が言うのなら間違いないのだろう。


「その島流しにされたやつが“農業系”のスキルを持っていた可能性は?」


「いや、ない。あいつが持っているスキルは“仙術”と“毛がない”だからな」


「毛が……なんだって?」


 聞いたことのないスキルだな。そういえば、さっき新スキルの持ち主だって言ってたな。だから聞いたことがなくて当然か。


「あ、おい! あそこの金髪の女がいるぞ」


 看守が指さした方向を見ると確かに金髪の女がいた。結構美人だ。


「あの女が島流しにあったやつか?」


 俺が確認すると看守は首を横に振った。


「いや、それはない。島流しにあったのは男で、しかもそいつはハゲだ」


「ハゲ? 今時ハゲなんているのか? 薄毛が治療できるこの時代に!? そりゃあとんでもねえ大罪人だぜ。一昔前ならともかく、保険適応で治せるこのご時世にハゲはな」


 とんでもない事実を聞かされてしまった。俺もこのドローンでかなり悪さをしてきた。カメラ機能を使って女湯を覗いたり、女子更衣室を覗いたり、ラブホの一室に密かに潜んでみたり、人を撃ち殺してみたり……と。その罪が積み重なって、俺は逮捕されてしまったわけだ。そんな極悪人の俺よりもハゲ罪深き者がいたとはな。


「ああ、そのハゲはハーゲン様のスキル由来によるものだ。神の力によって髪を失った。つまり、たかだか人間の医療技術やスキルで治せるようなものではない」


「なるほど。だから、不毛の島に追放されたのか。納得。じゃあ、俺はハゲを探し出せばいいんだな?」


「ああ。頼む。この島に人が生存しているなら、あのハゲも生きている可能性がある。畑がある以上、少なくとも食料は確保できるはずだからな」


 これは面白いことになってきた。現代社会においては、最早伝説上の生き物になったハゲ。その神話めいた存在をこの目……というかカメラ越しだけど見ることができるのか。


「なあ。もしそのハゲが生きている状態で見つかったらどうする?」


「ハゲに人権はない。それにあの島はどこの国にも属さない法律も何もあったものじゃない。好きにしろ」


「なるほど。それじゃあ久しぶりにハンティングゲームが楽しめそうだ……!」


 俺は舌なめずりをした。ハゲとは言え、合法的に人を殺せるチャンスなんて早々あるものじゃない。俺はこの状況を神に感謝した。

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