第10話 飛ばねえハゲはただのハゲだ
断崖絶壁。俺の足元1センチメートル先。そこから先は奈落の世界が広がっていた。ここから落ちれば普通の人間ならば助からない。しかし、俺はどんな攻撃を受けても怪我をしないスキルを持っているはずだ。ここから飛び降りたところで絶対にダメージは受けない……はず。
俺が持っているもう1つのスキルは仙術。髪の毛で実体のある分身を作ったり、肉体を硬質化したり、空を飛べたりする。それくらい汎用性の高いスキルではあるが……それらの仙術を習得するためには厳しい修行を行わなければならない。事実、俺もこれまで10数年生きてきて習得できた術は髪の毛分身だけである。熟練の達人ならば、強力なスキルではあるが、俺みたいな若い世代が持っていても使いこなすのは難しい。
だが、俺は世界に復讐をするために強力な仙術を身に付けなければならない。俺は怪我をしないスキルを持ってはいるものの、それだけでどんな敵でも勝てるという保証はない。例えば、ダメージを与えないけれど無力化する技。拘束技や吸収系の能力で力を奪われたら物理的に無力化されるし、幻術や催眠と言った精神操作系にも耐性があるとは限らない。無敵のスキルではあるが、いくらでも付け入る隙がある。1度無力化されたら最後。牢獄に閉じ込められたら、何の意味もなくなる。
だから、仙術である程度の戦闘能力を確保しておく必要がある。仙術だけじゃない。基礎的な身体能力も俺は一般的な高校生並だ。世の中には、ゴリゴリの戦闘民族だっている。世界に復讐すると誓った以上、そうした人物とも相対しなければならない時も出てくる。だからこそ修行するんだ。
まず、俺が身に付けたいのは、
この天駆の術の習得方法。それは、空中で自身の流れる気を解放することだ。それは体にかかる重力がかかればかかる程、習得が早くなるという研究結果が出ている。つまり、地上でのみ頑張るよりかは、高所から落ちながら気を解放する方が各段に習得が早くなるというものだ。
だから、俺はこの崖の上に立っている。下腹部の当たり、具体的に言えば玉がひゅんひゅんしてきた。怪我はしなくなっても玉ヒュンという生理現象は発生するようだ。
俺は息をのんだ。俺が会得したスキルは“けがない”ではあるが、これが本当にどんな怪我をも無力化する。そういう保証はどこにもない。ただ、単に俺の推測でしかない。もし、万が一その推測が外れていた場合、高所から落ちたらまず助からない。
俺はその場から立ち去り、落ちても死なないような高さの崖から挑戦することに決めた。この底が見えない崖に挑むのはまだ早いな。
◇
崖と呼ぶかどうかは微妙な高さのところに俺は立っていた。大体高さは2階建ての家と同じくらいの高さだ。流石にここから落ちたとして死ぬことはないだろう。でも、最悪怪我をすることは考えられる。いや、落ち着け。俺のスキルはけがない。怪我ないなんだ。だから不安に思うことはない。
ここから飛び降りて天駆の術を練習する……よし、決めた。俺はここから飛び降りる! 俺は仰々しく助走をつけて崖へとダイビングした。自身の体を流れる生命エネルギー。その気を凝縮し解放するイメージ。解き放て!
鈍い音が聞こえた。俺の後頭部が地面へと激突した。髪というクッションがない状態での激突。本来なら正に目から火が出そうな程の痛みがあるはず。しかし、俺は全く痛くないし、ぶつけた箇所を触ってみても傷もコブもない。本当にノーダメージだ。
ここから落ちてもノーダメージなことが確認できたので、俺は再度崖を登りまた飛び降りて天駆の練習をしようとした。崖を登るのも一苦労であった。この時、俺はさっきの崖で飛び降りなかったことが英断だと悟った。落ちてノーダメージだったとしても、崖を登る手段がないのだ。あの高さの崖を普通の男子高校生の身体能力で登ることは不可能である。よって、天駆の術をマスターしない限り、俺はあそこから出られないということだ。
もし、俺があの時、臆病風に吹かれてなかったら。そう思うだけで身震いしてきた。
「すー……はー……」
俺は深呼吸をして心を落ち着かせた。仙術を使うには、心を落ち着かせること。それが何よりも重要だ。乱れた心は気の流れを滞らせる。仙術使いは精神修行も対で行わなければならない。心を乱したら負けは必至だ。
「行くぞ! 天駆ッ!」
俺は落下中に思わず叫んでしまった。その気迫が功を成したのか、俺の体が数秒の間、数センチふわりと浮いた。しかし、それだけでまた俺は落下して地面に激突した。
「今のは……成功したのか……?」
いや、自在に飛べるようにならなければ成功とは言えない。でも、成功の足掛かりは掴んだ気がする。気の流れは今の感じでいいはずだ。このまま、修行を続ければ絶対に空を飛べるようになるはずだ!
◇
日がすっかり暮れてきた。完全に太陽が沈む前にマルガリータの所に戻ろう。
「ふんふんふーん。お、カムロー! なんだその鳥は旨そうだな」
俺が左手で持っている気絶している鳥。逆さづりで足を持たれているソレをみてマルガリータは興味津々といった様子だ。
「ああ。この鳥か。捕まえてきた」
「捕まえた……? 石を投げて撃ち落としたの間違いじゃねえのか? そうしないと鳥は取れないぞ」
「いや、自力で追いかけっこをして捕まえた。この術でな!」
俺は天駆の術を使用して数センチ浮いて見せた。その光景を見てマルガリータは目を丸くして驚いている。
「カムロ! お前空を飛べるのか! いいなー」
「ああ。まさか俺も1日で飛べるようになるとは思わなかった」
天駆の修行が1日で終わる。通常ならばありえないことだ。しかし、俺のスキルは“けがない”だ。飛び降りたらダメージを食らうようなところから何度も飛び降りることができる。普通だったら、体にかかる負担を考えると1日にそう何度も高所から飛べないのだ。何度も何度も跳ぶと衝撃が体に蓄積されて、やがてそれは大ダメージになる。だから、どこかで修行をセーブしなければならない。
しかし、怪我を気にせずに修行を行える俺。その分、修行の効率は各段に上がり1日で天駆の習得が可能になったのだ。多分、そういう理屈で天駆の習得が早まったのだろう。
なんにせよ故障の心配をしないで修行に
毛を全て失くして家族にも見放されて、この不毛の大地に来たときは人生に絶望をした。しかし、パンドラの箱が最後に希望が残ったように、このスキルも俺に希望をもたらしてくれた。
まあ、それでもこのスキルの存在を許すことはできないがな。それでも発現してしまった以上は仕方ない。このスキルと向き合って最大限利用して、成り上がっていくしかないんだ。
俺はつるつるの頭を触り、より一層、俺を見捨てた世界に対する復讐を誓った。
「マルガリータ」
「なんだ? カムロ」
「もし、俺がキミ以外の世界の全てに復讐するって言ったらどうする?」
「うーん。まあ、好きにすればいいんじゃないのか? カムロがそうしたいなら私は止めないさ」
「そうか……マルガリータ。この世で信じられるのはお前だけだ。だから、マルガリータだけは復讐の対象から外してやる」
「まあ、なんだかしらんがありがとうな。見逃してくれて」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます